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『学生ラグナロク教』編
第42話《そして『負け組』は敵地へと向かう》
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アヤノンは走る。
瓦礫や亀裂の入った壁その他もろもろが視界に入り込むが、そんな事はお構いなしに。
アヤノンは走る。
途中でニュースの生中継があっていても、その撮影場をお構いなしに横切る。
アヤノンは、走る、
走る!
ガタンと戸を開く音が盛大に鳴る。花崎女医はビクリと肩を震わせ音の鳴った方を振り向いた。
「なんだ…………貴方たちだったのね」アヤノン一行───アヤノン、マリナーラ、ジェンダー、カクテル刑事のメンバー───を見た女医は短く吐息をつくと、「急いで来たのは分かるけど、もう少し落ち着いて来てちょうだいな。一応、こんな建物でも病院やってるんだから」
しかしそんな声は聞こえんと言わんばかりに、女医が扱った患者に一行は駆け寄る。まるで遺言を聞くためだけに集まった一族のようにその患者の周りを囲んで、ギプスやら点滴やら酸素マスクやらが繋がれたツインテールの美少女の様子を伺った。
患者の名前はセリア・マルコフというらしい。
女医はカルテを見てようやくツインテール少女の名を知ったのだが、どうやら彼らとその患者は知り合いらしかった。
見ていた刑事は悔し涙の代わりに歯を噛み締めた。
ビルから落とされた、らしい。
複数の証人によると、セリア・マルコフは黒いフードの集団によってビルから落とされたそうだ。それが一体どういう経緯でそんな事態に至ったのか。そんな事は所詮底辺のぺーぺーの刑事が知るはずもない。というか、知る由もないはずだった。
だって当然だろう。なんで警察は早く動いてくれなかったのかとか言われても、警察だって全ての犯罪を確認できてる訳じゃないし、そもそも証拠すらないのであれば、動くことすら敵わないのだから。
だが、今回の案件はまったくの例外である。
刑事はもう分かっていた。
ラグナロク教の狙いは──グレー=ルイスの心深くに眠る、真の狙いは──。
「…………アイツら、なんだよな」福本アヤノンが震えた口を動かして言う。「………あのラグナロクとかいうイカれた連中がやったんだよな」
「…………そうだぜぇ」
答えにくかった。それが己の心を知らずのうちに縄で締め付けてるようで。
だが、刑事には答える義務があった。
「奴らの目的は最初からこれだったのさぁ」
刑事は昏睡状態のセリアを見据える。
「狙いって…………どういうことですか」とジェンダーは尋ねる。
「………ラグナロク教創始者、グレー=ルイス。こいつは単に学生の自由とか、今の世の中に不満があるとか、そんな事でラグナロク教を開設したわけじゃねーってことよぉ」
「ま、まさか、セリアを殺すのが本来の目的とか言うんじゃあ───」
「わりぃが…………当たってるぜお嬢ちゃん」
福本アヤノンはボケッとして回答の理解に苦しんだ。
「…………は?」
「その通りだって言ってんだぁ。ラグナロク教は学生の自由のためじゃねぇ。セリア=マルコフという人間をこの世から抹殺するために結成されたのさぁ」
「どういう…………ことだよ。なぁ、刑事さん」
フラついたような声でアヤノンは尋ねる。
刑事は知り得た全ての『真実』を未熟な少年少女らに突きつけた。
「…………セリアが、グレー=ルイスの娘を自殺に追いやった?」
「当時の捜査情報はそうなってるぜぇ。俺の後輩が血眼に探したやつだろうから、当時『捜査ミス』とかいうのがなけりゃー事実だぁ」
「そんなっ……………」
マリナーラが口許に両手を添え、涙目で嘆く。
別に仲が良かったわけじゃない。むしろ敵対に近いような感覚だったはずだ。ドッチボールの時だってそうだったではないか。
けれど、これだけは信じられなかった。
『セリアがとある少女を自殺に追いやった』だなんて───。
「…………それでも」アヤノンの声が渦巻く。「………だからってセリアをこんな目に遭わせたラグナロク教を、俺は許さない」
「アヤノンちゃん……………」
「マリナーラ。確かにこいつはどこかお嬢様感があって、少しイラついた奴だったけど、だからって人を苛めるような奴だとは、俺は思わない。仮にそれが真実だとしても、裏で何かあったはずだ。だから…………」
続く言葉が重く沈んでいくのをアヤノンは感じた。
自分がバカみたいな事を言っているのは分かっている。まだ出会って1週間しか経たないというのに、どこにセリアを信じる根拠があるのだと言われたら痛いところだが、
───そうじゃない。そんなものじゃないんだ。
アヤノンはただ単に信じたいだけなのだ。
自分と関わってきた人間がそうでない事を信じたいだけで、アニメやマンガで聞くようなカッコいい根拠なんてものは存在しないのだ。
こんなの、ただの現実逃避にすぎない。
───けど、現実逃避でもいい。
アヤノンは信じている。
セリア=マルコフという人間が、アヤノンが過去に出会った人間たちと、同類であるわけがないと。
「…………はぁ。お嬢ちゃんたちも中々頑固な奴らだねぇ」
薄く笑みを浮かべた刑事は、目覚めのカクテルを一杯飲み干す。
「───ぷはぁ! ああ、目が覚めた! やっぱこんな重っ苦しい雰囲気は嫌いだぜぇ!」
「…………あんた、今はそんな雰囲気にもなれないわよ」と花崎女医からの忠告。
「うっせぇ! お嬢ちゃんたちがセリア=マルコフと知り合いだっていうから連れてきてみれば、こんな潰れた面子ばっかなんだぞぉ!? 全然盛り上がらねぇ!」
「盛り上がる時じゃないでしょ今は…………」
バカバカしいのか刑事には声だけの対応で、女医はカルテをじっと目で読んでいる。
すると刑事は、いよいよ酔いがまわったような威勢で、
「おいお前らぁぁ! なんでこんなところでしくしくお葬式みてぇな顔してんでぃ!」
「刑事さん……………」
アヤノンは顔を上げる。と思うと、マリナーラもジェンダーもだった。
「おめぇら許せねえんだろ? ラグナロクとかいうヘンテコ集団が。ならここにいる暇はねえぞ!」
ドン! と足を踏み鳴らす。
「やられたらやり返す、それが世の基本だろぉ? だから……………ぶっ飛ばしに行こうぜ、お嬢ちゃんたちよぉ」
「俺たちで、ラグナロク教をコテンパンをしてやんのさぁ!」
ああ───そうか。
信じたいならそうするのが当たり前だよな、とアヤノンは独りでに頷き、
「…………なんだよ、そうだよな」とアヤノンは納得したように、「迷う必要はないんだよな。俺たちにできることって…………今はそれしかねーんだよな」
「しょ、正気なのです!?」
「ん? なんだよマリナーラ。お前その気じゃないの?」
「た、だってなのですよ。相手は訳のわからない連中が山程いる集団なのですよね? 私たちみたいな『負け組』が行ったところで、勝てるわけ…………」
「…………僕は行くよ」
その声の主は一体だれか。理解するのに、そう時間はかからなかった。
「ジェンダー……………くん?」
小さな声でマリナーラが呼応する。
「だって…………僕もあいつらのこと許せないし、それに………あそこには、僕の友人がいるんだから…………」
シーナ・ルートピア。
アヤノンとラグナロク教が初めて出会った日に、彼女の前に現れた赤髪の少女がそれである。
ラグナロク教の準リーダーに位置する人物であるのは明確だった。アヤノンと初めて交戦した際には、彼女を中心とした陣が展開されていたのだから。
「うん? そちらの新しいお嬢ちゃんも何かの関係者かぁ?」
「…………刑事さん」アヤノンは少々呆れたように、「………女じゃなくて男だよ、ジェンダーくんは」
「………………ん?」
首をかしげ、薄く生えた髭に軽く触れながらジェンダーを観察する。
「えへへ……………僕、男なんですよ……………」
ジェンダーはというと、軽く照れて頭を掻いている。
「…………こいつはたまげたなぁ」ようやく理解が追い付いた刑事は、花崎女医を振り向き、「なぁ花崎先生よぉ。これはあんたの人体実験で生まれた合成人間かぁ?」
「いつ私がそんな怪しげな実験したのよ?」
「いやだって………………………なぁ?」
「そう言われても私と結びつける理由が分かんないわ」
「ほら、医者ってみんながみんな頭イカれてるっていうだろぉ?」
「……………………………ふーん」
*しばらくお待ち下さい。
「いだだだだだだっ!? やめろ、やめろマッドサイエンティスト! あ、ヤバいバカ、腕折れる、折れるぅぅぅぅぅぅ!」
「だれがマッドサイエンティストよ!?」
刑事を床に足で押し付け、腕を反対方向にねじ曲げる花崎女医の顔は、例えるなら『マッドサイエンティスト』が妥当であろう。お湯を沸かしたかのように顔を真っ赤にする刑事に容赦なく女医の関節技が叩き込まれるが、その時都合よく刑事のケータイが呼び鈴を鳴らした。
気分を弾ませてくれそうな心地よいリズムに、刑事の表情はパッと明るくなる。
「お、おい、電話電話! 出るから取り敢えず離せぇ!」
張り付くように離れない女医を引き剥がすように遠ざけると、刑事はすぐに呼び出しに応答した。
「はい、もしもしぃ?」
『先輩! 暁、やりましたよ、ついにやりましたよ!』
相手は後輩の暁女性警官である。
「なんだおめぇか」
『むぅ…………なんですかその期待外れな反応はっ!』
「いや、今回ばかりはマジで助かったぞぃ。俺の命はおめぇに救われたわ」
『……………?』
あと少し続いてたら入院間違いなしであったから。
「ま、それはおいといてだ。暁、何か用かえ?」
『ふふ…………そう聞いてくれるのを待ってたんですよ! 聞いて驚かないでください。なんと暁、例の《ラグナロク教》の本拠地を突き止めたんですよ!』
「ああ、それを待ってたぜぇ。にしてもよく突き止めたな?」
暁刑事に昨日、手が空いてる時でいいから、ラグナロク教の本拠地を突き止めて欲しいと頼んだときは、長くて2週間はかかると計算を出していた。まさかこんな早く結果が出ようとは。
暁刑事は嬉しそうな声で、
『だって暁、昨日から寝ず食わずで調査に出てましたからね! お陰ですぐに分かっちゃいました!』
「………………………………なんかぁ、すまん」
暁刑事はバカ正直な努力家だ。何事にも手を抜かず、命令の為ならば自らの体を削ってでも事件解決に貢献しようとする。
それが彼女、暁刑事の魅力であり弱点でもあった。
「…………おい暁、今日はもう帰って寝ろぉ。後は俺たちが何とかするぞい」
『ダ、ダメです先輩! 私も連れていってくださいよ!』
「お前今でも無理して電話してんだろい。ムチャはすんな。体調管理のできない奴は刑事失格だと思えぃ。だからそのためにもさっさ帰って寝ろ」
あ、ちょっ────そこで電話は途切れた。
刑事は電話を切っていた。
「刑事さん、どうしたんだよ」アヤノンが不安そうに尋ねる。「まさかラグナロク教に動きでもあったのか?」
「んいや、良い方の情報だ。ラグナロク教の本拠地が判明したらしいぜぃ」
「マジか!?」
少女たち(1人男子)の間でどよめきが充満する。
「これはもしかして、アヤノンちゃん…………」
「ああジェンダーくん。神様は俺たちにチャンスをくれたみたいだな」
「け、結局行っちゃうのです?」
マリナーラはあくまで控えめだ。
「マリナーラ、俺たちはその気だけど…………お前はイヤなら来なくてもいいぞ? 今回ばかりはお前は関係ないしな」
「うぅ……………そう言われると胸が痛いのですぅー」
マリナーラは自分だけ仲間外れのような環境が一番嫌いなのだ。それを打ち破るためならば、どんな危険事でも付き合うのが彼女である。
だぁー、もう! と言わんばかりの地団駄を踏んで、
「分かったのですよ! 関係ないけど首を突っ込んでやりましゅ───」
思わず下を噛んだ。
それに気づいた頃には、マリナーラは顔を真っ赤にして両手で顔を覆った。
病室に、どっと笑いが生まれた。
*
マリア・ルートピアのもとに電話がかかってきたのは、すでに午後5時を過ぎた当たりからである。
今日は珍しくこの時間帯から帰路についていた。
マリアちゃんいつもがむしゃらで働いてっから、今日はこれで切り上げていいよ───貫禄のついた中年の店長にそう言われ、こうして帰路についてみたは良いものの、帰っても姉のシーナ・ルートピアは『ラグナロク教』に打ち込んで帰って来ていないのを思いだし、仕方ないので近くのオシャレな喫茶店で時間を潰していたのだ。
そんな彼女だからこそ、ケータイの電話鈴が鳴って彼女は今面食らっている。
───こんな一人ぼっちの自分に、一体だれが?
『もしもし、マリアちゃん?』
この───女の子のような甘い声は───
「…………ジェンダー……………?」
『うん、僕だよ。久しぶりだね』
家族ぐるみから仲の良かった、マリアの親友、ジェンダーからだった。
「どうしたの? そっちから電話してくるなんて珍しいわね、わね」
『マリアちゃん、今お姉さんどうしてる?』
「…………お姉ちゃんならどっか行ったわ」
『……………、』
「もしかして、心配してくれてるの? 大丈夫だよ、だよ。もう私たち姉妹の関係は───」
『お姉さんを助けに行かない? マリアちゃん』
そこで少女の口は止まった。まるで時間が全てキレイに止まったかのように。
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