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『学生ラグナロク教』編
第38話《『最弱』と『ひんにゅー』》
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『えー、昨日に起きた2件の事件についてですがね、これは一体何が起きてるのでしょうか?』
『分かりませんねぇ。最近世の中が物騒すぎて、何が起きても驚かない自身がありますよ、私には』
『けどさ、それそっちゅう起きたらたまったもんじゃないよね。不安で眠れもしないし』
『それはインタビューでも触れられていましたが、すでに身を守るため自宅に立て籠る人が続出してるとか………』
『えっ。それ大丈夫なの? 社会が回らないじゃん。それは出た方がいいと思うなぁ』
『じゃあ貴方はそれで命を狙われても良いって言うの? とんだ勇者ね』
『あのさー、さっきから思ってたんだけど、後ろめたい事がないなら大丈夫だと思うんだよね。それを逆手に取ってズル休みする奴がいてもおかしくないよね?』
『それはそうですが、だからと言って安全だと完璧には言えませんよね? 警察ではテロリストの仕業という見解もあるようだし………』
『はぁ………今時テロリストなんてあるのかなぁ~?』
『…………ちょっといいかしら? 貴方はどうしてそうやって他人の意見をはね除けるのかしら。見てて吐き気がするわ』
『え、なになに? 僕に意見? 三流のフリーライターが偉そうに口開くなよ。このアラフォーの独身ババアが』
『───いいわ。ちょっと表に出なさい』
『ちょっ………困ります! 今はニュースの時間で───』
『面白れぇな、アラフォーババア。いいぜ。相手になってやるよ』
『だから、ここでは止めてください───だから、ちょっとォォ!?』
【しばらくお待ち下さい】───
国道B-1号線のとあるビルに取り付けられた巨大モニターに流れたテロップに、皆がざわつき始める。
朝早くから仕事に出るものたちは、この巨大モニターを見るのが日課である。ここで朝の情報を獲得し、浮いた脳の隙間にそれを嵌め込む。そして会社で皆でそれを話題にワイワイ騒ぐ。
これが毎日という日常の形である。
しかし、今日はそれが出来なかった。人々は不満の声を漏らし始める。天気は快晴だと言うのに、地上はすでに曇り空である。
───なんだよあのボンボン坊っちゃんみたいな奴。お前の方が偉そうだっつーの
───今日はいつになく盛り上がったけど、盛り上がりすぎだろ。
───ていうか、あのフリーライターさん、独身だったんだぁ。
翌日。
異世界に降りたったアヤノンは、まずモニターに目を向けていた。
「こりゃあ酷いな………もう少し落ち着けよ………」
ポケットから見ていたフォルトゥーナも口を開く。
「なんであの人たちはケンカしてたの?」
「うん? それはアレだ。意見の食い違いってやつだよ」
「意見の食い違い………それって悪いことなの?」
「別に悪いことじゃないぜ。けどさ、あんな風にケンカの原因を作るくらいなら止めてほしいな。もちろん、意見交換は必要だけどさ」
「そういうものなの…………」
「それより………知らなかったよ。まさか花崎先生の病院でも騒動が起きてたなんてな………」
「この前居た病院のところ?」
「うん。謎めいた教団に、テロ事件か…………。これがどこかで繋がってたら、二時間サスペンスドラマが出来あがんぞ」
「それは流石にイヤなのですよ」
その時、後ろからいつもの少女が声をかけてきた。
「マリナーラ、お前毎朝俺を待ち伏せでもしてんの?」
振り返るや否や、爽やかな甘い香りが漂う。これはマリナーラの使ってるシャンプーだろうか。とにかくいい香りである。
「アヤノンちゃんこそ、こんな所で何してるのです。今日は学校は休校になったはずでは?」
今日はいつも通りの平日である。別に祭日とかではないのだが、モール都市全体で休校命令が下されたらしく、今日は休みなのだ。
原因は───言わずもがなだ。
「うん…………ちょっと気になる事があってな。休み潰して来てやったよ」
「何なのですその上から目線は………」
「それより、ジェンダーくんの家知らないか?」
アヤノンは話題を切り替える。
「知ってるのですけど…………どうしたのです?」
「ちょっとジェンダーくんに用があってな」
「そうなのですか。なら案内するのですよ」
「いいのか?」
「私、ちょうど暇だったのです。…………あ、そうだ、なんならいつものあのお店で集合するのです」
あのお店とは、アヤノンが入学初日、彼女に連れられて行ったファミレスのような所である。後に聞いたところ、あの店の名前は『ファーミレス』というらしい。何故『ファー』と伸ばすのかは不明だが。
「確か繁華街にある店だったよな」
念のため、確認を入れてみる。
「そうなのです。私、ちょっと連絡入れておくので、アヤノンちゃんは先行っててくださいなのです」
「悪いな………じゃああの店で、また」
「はいなのですよ~」
マリナーラと別れ、アヤノンは繁華街へと歩みを進めた。
繁華街の入り口には未だパトカー等が停まっていて、時折警官が道行く人間に声をかけている。たまにうんざりした顔も見られる。当然だ。彼らにとっては勿論驚きの事件でも、それが『日常』に突如現れた『異常』に過ぎないのだから。
その日常の道を通り越し、アヤノンはファーミレスという馬鹿げた名前の店に顔を出す。とりあえず4、5人は座れる席を確保すると、やって来た水を飲み干した。
「ねえねえ、アヤノン」
精霊フォルトゥーナがポケットから顔を覗かせる。
「私もお水飲みたいの。のど渇いたの」
「えっ………まぁ、いっか。ここは学校じゃないし」
優しく隣に移してやると、その瞬間、精霊は原寸サイズに戻った。コップに新しく水を注ぎ、精霊に渡した。
ゴクッ───ゴクッ───
「ぷはぁっ! 生き返るの~」
爽快な飲みっぷりに、アヤノンは思わず吹き出した。
「まるでオッサンじゃねーか。暑かったか?」
「ポケットの中は結構キツイの。サウナ状態なの!」
「そうなのか………じゃあちょっと工夫しねーとな。今日は学校ないし、顔だしててもいいぞ」
外に目をやると、やはり警官が鬼の形相であちこちを行き来していた。
学生ラグナロク教───。
彼らの暴走がいかほどの損害を与えたかはアヤノンの認知外である。それはこの繁華街を見ても分かる。
てっきり建物でも崩されたのではと思っていたが、『日常』は表情一つ変えずに動き出している。いつものように笑顔で店を開く定食屋も、いつも笑顔で接待してくれるこの店も、
不安なはずなのに、それを内側から打ち消している。
「───俺、間違ってたのかな」
思わず口に出た。
「え?」
フォルトゥーナがすかさず反応する。
「いやな………俺、ラグナロク教にケンカ吹っ掛けたじゃんか。だから奴ら興奮して、逃げ先のこの一帯で暴れたんだよな?」
「それは、言えてるかもなの」
「ハハ…………だよな」
正直にいうと、アヤノンは後悔していたのだ。
もしあの時、あのまま見過ごしていれば。
もしあの時、繁華街に逃げ込まなければ。
そうすれば、関係ない人間を巻き込まずに済んだかもしれないのに。
「俺が余計なことしたからこうなったんだよな。だから、あれからずっと後悔してたんだ。『やらなきゃ良かった』ってな」
それが福本真地───福本アヤノンの人間たる所である。
何かに構わず首を突っ込み、そして自分のやったことに後悔する。絶望する。嘆く。しかしそれが例え、毎度厄を引き起こすかもしれなくても、彼女自身はその弱々しい身で突っ切っていく。
それをフォルトゥーナは知った。昨日のあの攻防のなかで。
そしてフォルトゥーナは知っている。それは決して───
「後悔することじゃないと思うの」
「え?」
コップをコトンと置いた精霊は、契約者を振り向く。
「だって、もしあの時止めに入らなかったら、追い回されてた人間はどうなってたの思うの?」
「それは───」言葉に詰まり、「───ケガじゃ済まなかったかもしれないな」
「でしょ? それを防ぐために身を乗り出した。なら、それは後悔することじゃないと思うの」
「けどよ───」
「大丈夫。誰も貴方を責めたりしないの。だってこんなに自分の行動選択で苦しんでる。それは皆分かってくれるはずなの」
「フォルトゥーナ………お前───」
「───けど、繁華街に逃げ込んだのは間違いだったの」
しかし落とす所はしっかり落とすのがこの精霊である。
「いやそこで入れるかそれ!?」
「だってそうでしょ? あんなことしたらまぁこうなるよねって想像つくのよなの」
「タイミング考えろ! 俺今スッゲー感動したのに。励まされたのに!」
「こういう時にドン底に突き落とせってテレビが言ってたの」
「どこのテレビ局だ! 俺が今からぶっ壊してくる!」
「ムリム~リ♪ Y組の中でも最弱な貴方にはムリにきまってるの~♪」
何だとゴラァァ! とアヤノンは声をあげた。周りの客や給士が驚きこちらを見ているが、そんな事は気にしない。お構いなしだ。
「魔力なくて何がいけねーんだよ! こちとらな、お前の持ってないもん持ってんだぞー!」
茶化すように、そのタプンと揺れる己の胸を持ち上げる。
「な、なによなの!」精霊が真っ赤になる。「そんな物必要ないの! 女の子には心の美貌さえあれば良いってテレビで言ってた!」
「はは~ん、お前バカだな。男は基本胸しか見ねーんだよ! 心の美貌は二の次じゃあぁぁぁ!」
「知らないの!? 『ひんにゅー』は希少価値なの! 魔力もあって更に希少価値、これ最強じゃんなの!」
「そんなもんロリコン相手に言っとけこのロリっ子!」
「何よこのトイレットペーパー!」
「何だとっ!?」
「何よなの!?」
ぎゅうっと詰め寄って睨みあう二人だったが、
「───店で騒ぐなあぁぁぁ!!」
その時、鬼の形相のマリナーラが拳の制裁を二人のバカにお見舞いしたのだった。
*
「───はぁ、とんだバカなのですね」
落ち着きを払ったマリナーラは、取り敢えずコップに手をかける。そう、取り敢えず、だ。
「公共の面前で恥さらしが好きだなんて知らなかったのですよ、このバカどもが」
言葉による説教が二人を襲っている。
「いやお前さ、突然の拳骨はダメだろ。舌噛みきったらどうすんだ」
「そうそう、これだからキャラ作りの激しい女は…………」
『最弱』と『ひんにゅー』はいつしか同盟を結んでいる。その頭に発現した痛々しいたんこぶは涙目ものである。
マリナーラは殺意満々の雰囲気で、
「ふーん…………誰がキャラ作りの激しい女だと───」
「「スイマセンデシター!」」
殺されそうになれば頭を下げろ。
二人がついさっき教わった、社会の暗黙の規則である。それでも連れてこられた少年は優しく微笑んだ。
「まぁまぁ………仲が良くて良いと思うよ」
「ジェンダーくん、甘やかしたらいけないのですよ」
「そう言わずに。マリナーラちゃんも落ち着きなよ」
ああ彼女(彼)は天使か!?
二人のバカはこの天使のような少年を拝み奉った(心の中で)。
「はぁ………まあ良いのです。それでアヤノンちゃん、ジェンダー君に用が有ったのでは?」
「そうそう、それだよ」
たんこぶを押し戻すと、いよいよ話題を切り始めた。
「ジェンダーくん、昨日は災難だったよな」
「どちらかと言うとアヤノンちゃんがね………。僕は逃げきれたし………。でも良かった。あの後捕まったんじゃないかって心配したよ?」
「何とか逃げたからな。俺は寧ろ君を心配してたんだよ」
「ありがとう………でも大丈夫。僕は傷一つ負ってないから」
「それは嘘だ」
はっきりと、そう少女は断言した。何を言ってるんだい───性別不明の少年は応答する。
「嘘は言ってないよ? 僕はホントに───」
「───古傷、と言った方がいいか?」
「───っ!?」
その時、ジェンダーはすぐさま自分の右肩を押さえつけた。顔は蒼白で、息もいつもより荒かった。必死に右肩に眠るトラウマを内側に押し込もうとしてるような、そんな勢いがあった。
それを見て、アヤノンは確信したのだ。
ジェンダーはあのラグナロク教の事を何か知っている、と。
「ジェンダーくん」
落ち着かせるようにアヤノンは言う。
「話してくれ。あのラグナロク教のことについて、知ってること全てを」
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