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『学生ラグナロク教』編
第36話《気圧を操る少女》
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場所は変わり、花崎病院───
「えーと…………つまり、君はなんだね」
困り果てた顔でとある刑事が言った。
「その突如現れた少女がフレーベ・カロライナを殺害し、建物を破壊したと?」
「だからそう言ってるじゃないですか!」
疾風は苛立ちに任せて訴えた。しかし相変わらず目の前の刑事は哀れんだ目で。
「ふーむ…………どうやら事故によるショックで記憶がおかしくなっているな」
手帳に短くメモすると、刑事はパタンと閉じた。
「今日は大変でしたでしょうし、落ち着いてからまたお伺いしますね」
「ちょっ、待ってください!」
疾風は立ち去ろうとした刑事を呼び止める。少し面倒そうに振り返った刑事は声を強めて言った。
「はぁ…………何でしょう?」
「僕の言ってることは本当なんです。この目でしっかりと見たんですから!」
「疾風さん…………我々は今捜査をしているんです。確かにあなたは関係者の一人です。しかし、混乱のあまり記憶違いが起こってる可能性がある」
「記憶違いじゃない! 僕は───僕らは本当に───」
「まあ兎に角、です。そんな状態の貴方の情報を鵜呑みにするわけにはいかんのですよ。それで捜査が混乱すればいい迷惑ですから」
ではこれで失礼します───と刑事は頭を下げると、使えないと言わんばかりにすぐに退場してしまった。
「───本当なんだ」
一人ポツリと呟いた。
「本当にあの子が───あの少女がやったんだ───」
疾風は数時間前の出来事を思い返した───
*
それはそれは激しい風の祭りのようだった。
一人の麦わら帽子の少女を中心に大気中の空気が勢いを持って回っている。建物はさらにぐらつき、あちこちの床にも亀裂が入る。
これは逃げるしかないか────いや、それは無理な話である。
第一に、疾風達は暴風により身動きが取れずにいる。少しでも気を抜けば、即あの世行きの快適な空の旅に連れていかれるだろう。
ならここで暴風が収まるまで待つか───いや、これも実効性は低い。それまでに病院のこの棟が耐えられるかどうか。
どのみち、疾風は目の前の刑事に望みを託すしかなかったのだ。
「───刑事さん!」
疾風は叫ぶ。
「なんだぁ、少年!」
カクテル刑事は銃を構えていた。
「ホントに───ホントに大丈夫なんですか!? この嵐を一体どうやって───」
「ふん、だから見てろっての」
そう言って笑みを向けてきた刑事は目をつむった───
魔導ガン───
魔法力を用いて放たれる、エネルギー砲である。形は普通の銃よりも少々デカイが、その分威力は、戦艦4隻を一撃で破壊できるほどである。だが代わりに自らの魔力が枯渇するため、使うのは最終手段の時だけである。
カクテル刑事の体が少しずつ発光し始め、流れるようにその光が魔導ガンへと行き渡る。
魔力の充填は完了だ。あとは標準をゆっくりと定め、引き金を引くだけである。
瞼をあげ、視界を満タンにしたところで標準を覗きこむ。ターゲットは例の少女である。今もしくしく泣きわめいているが、生憎そんな事は関係ない。この少女を倒さなければ、自分たちの命が危ないからだ。
(標準は定めた。あとは───)
引き金を引くだけ。そっと指を動かし、引き金にやさしく添え───
引いた。
巨大な銃声が鳴ると同時に、銃口から幾何学模様の魔法陣が出現し、青白い光のエネルギーを放った。
それは遥かに明るく、神秘的な光であった。
疾風と花崎女医はあまりの眩しさに視界が奪われた。だがそれと同時に、不思議と体にまとわりつく暴風の波が弱まっていくのを感じた。
「こ、これは…………?」
微かに見える発光の世界で疾風が見たものは。
魔導ガンのエネルギー砲が、少女の産み出した嵐を打ち消してる、まさにその光景であった。暴風の渦にエネルギー砲が直撃し、次第に力を弱めている。
「ほう! やはりこの魔導ガンの威力は凄まじいな!」
「けどあんた! このままだと魔力が枯渇するわよ!」
花崎女医の言うことはもっともだった。その時、停滞した嵐は嘘のように完全消滅を果たした。
残ったのは麦わら帽子の少女のみ。本人は風が無くなったことに戸惑いの様子を見せていた。
「あ、あれ…………?」
キョロキョロと目を配らせる姿は可愛らしいものだが、油断してはいけない。この少女が例の患者を殺したのだから。
「や、やったわ! 風が消えた! さぁあんた、早くあの子に次撃っちゃいなさいよ!」
女医は催促するが、
「む、ムチャ言うなぁ…………」
刑事なガクンと膝をつく。
「今ので魔力使い果たしちまったぁ…………」
「はぁ!? だから言わんこっちゃない! それじゃ意味がないじゃないのよ!」
「うるせぇ! 老いぼれにはそんな夢のような魔力は持っておりませんぜ!」
「威張った顔で言うことじゃないでしょ、バカ!」
「バカとは何だバカとは!? あれほどの魔導砲は指名手配犯にも使わねぇんだぞ!」
「いくらあの嵐を消せても、本人がそのままじゃ振り出しに戻るじゃない! もう少しそのケムシ並の頭を回しなさいよ!」
「いやケンカしてる場合じゃないでしょ!?」
疾風が止めに仲立ちに入る。正直こんなことをする余裕なんてない。というか、相手にしてる暇がない。
「なんだよ少年、てめぇも俺を責めるのかえ?」
「そうじゃないです。魔力のことです。魔力が無くなったのなら、補充すればいいんですよ」
「魔力を補充だぁ…………?」
「はい。僕たち医師は全員、魔力欠落症患者のために『補充魔法』が使えるんです。それで僕たちの魔力を継ぎ足せば…………」
「なるほど…………それならいけるわね。なら行動あるのみよ、疾風くん!」
「はい!」
二人が刑事の背中に手を添え、手帳を取り出す。
通常、魔法を唱える場合は魔法書が必要不可欠だが、勿論辞書並の厚さのそれを持ち運ぶのは合理的ではない。そこで各医師には手帳サイズにまとめられた魔法書が配布される。そこには『補充魔法』なども掲載されているのだ。
六角星マークが描かれた革の手帳を広げ、二人は魔力をそこへ送り込む。
「「ナンバー5、『補充魔法』」」
二人の声が重なる。すると二人の手から伝った淡い光が刑事に流れていく。
「おぉ…………確かに魔力がまた戻ってきたぞぉ!」
感嘆の声を漏らすと、そのまま銃口を少女へと向けた。
「───え?」
少女の顔が徐々に歪んでいく。いくら幼くても、この状況がマズイという事ぐらいは知覚できる。
「わりぃなお嬢ちゃん。俺は小さな子を苛める趣味はないが───」
「───人殺しをぶっ飛ばすのはおじさんの仕事なんだよ」
そして引き金が引かれた。
先程よりも強力なエネルギー砲である。高エネルギーから受ける反作用の力が三人に襲いかかる。足にかかる重力につかまって、互いに体を支えあった。それが結果的に、エネルギー砲を少女の真正面に放つことが出来たのだ。
もうこれで終わりだ───疾風は勝利に浸った笑みを浮かべた。これほどの威力では、例えあの謎の力を使われても、余裕で打ち破る自信はあった。『補充魔法』は元々、魔力欠落症のために生み出された物で、対象者に贈与される魔力は想像以上に多量である。
今回カクテル刑事は、その補充魔法二人分の量をいっせいに放出している。生身の人間が食らえば、まず生存はできないだろう。
「き、キャアァァァァ───!?」
少女が怯えてとっさに手をかざす。
勝った───誰もが勝利を確信したが───
少女はその高エネルギー砲を片手でいとも簡単に受け止めてしまったのだ。
エネルギー砲は少女の手から逃げるように分散し、何処へと飛んでいく。
やがて───三人の魔力が尽きた。当然、魔力欠落症を引き起こし、バタンと倒れた。
「はぁ……………はぁ……………あぁ!?」
「な、なんで…………効いてないのよ…………!?」
「そんなっ───」
信じられない。あの暴風を打ち消したものよりも、遥かに超えた威力を受けたはずなのに───少女の体には傷一つ付けられなかった。少女が涙目でこちらをじっと見てきて、疾風はゾクッと背中を震わせた。
失敗した───そして死を確信した。次はこの体が壊れるまで永久の地獄が待っている。それを乗り越えれば、もれなく爆死という特典付きの。
魔力欠落症は一時的に体の自由が利かなくなる。逃げようにも逃げられない。
三人が悔し紛れにやった行動は、最終的に自らを追い込む結果となった。
「「…………………」」
3対1の間に沈黙の溝が出来上がる。疾風の所は、今にも崩れそうな岩場で、対して少女は安定した陸地。
そのような幻覚を疾風は見た。
「────ふん!」
少女が鼻を鳴らす。
「もういいもん! みんなヒドイ人しかいないもん。私かえる!」
小馬鹿にした口調で少女は空の彼方へと飛んでいった───
*
「あら、疾風くん」
花崎女医の診断室に顔を出すと、カクテル刑事と女医が神妙な顔で居座っていた。
「おう少年、刑事との交流会は済んだのかえ?」
刑事は事情聴取を『交流会』と例えることが多い。
疾風は荷が降りた様子でドスンとイスに腰を下ろした。
「相変わらずの対応ですよ。こっちは真実を話してるっていうのに、まったく相手にしてくれない」
「しかたないわよ疾風くん。事実、あの少女と会ったのは私たちだけだもの」
「それはそうですけど…………」
「それに、事情を知らない人がそれを聞いたら、記憶違いだと私たちだって思うはずよ。それと同じ」
あくまで女医は冷静な判断である。
「で、ですがですね花崎先生。このままだと納得がいきませんよ! 患者のフレーベ・カロライナは死亡、病院を一部の棟を破壊され、他の患者にも被害は出ている。それを気にするな、だなんて…………」
「別に気にするななんて言ってないでしょ?」
女医はため息混じりに言う。
「このカクテル臭い刑事さんが何とかしてくれるわよ。ねっ? 刑事さん?」
「え?」
悠然とした物腰の刑事の顔に翳りが差した。
「『え?』じゃないわよ。あんただってこのままでいいとか思ってないでしょ?」
「そりゃあそうだがよぉ……………」
「なら、お願いね?」
「…………少年、助けてくれぇ」
「頼みますよ刑事さん。貴方だけが頼りなんですから」
「お前もか少年…………」
諦めなければならない。刑事という身分である以上、この一連の事件に首を突っ込むのが彼の仕事なのだから。
その関連で、刑事には分からないことがある。
「あのお嬢ちゃんが殺しの実行犯として───なんでフレーベ・カロライナを殺ったのかいな?」
「それは………確かにそうね」
「他にもあるぞい。あのお嬢ちゃんの操る力とか、なんで魔導ガンが通用しなかったのかとかな」
疾風は思い出す。
麦わら帽子の少女が指をプイと動かすだけで、彼はあらゆる空間座標から打撃とも取れる攻撃を受けた。さらに力が強大になると、今度は暴風が襲ってきた。
空間座標───暴風───操る力───
やはり───そうだ。あの時から考えてる通りだ。
「───気圧ですよ、きっと」
「うん? 気圧?」
「どういうこと、疾風くん?」
「いや、その───あの少女が操っていた力は、気圧なんじゃないかと」
「───まさか、それじゃあ………!?」
花崎女医は大急ぎで引き出しから書類を取り出した。右上には『死体解剖結果』と書かれている。
横から覗きこんだカクテル刑事は、スッと目を丸くした。
「こいつはぁ…………『カモメ』の解剖記録かいな?」
「そう。提出用とは別にとっておいたのよ」
指名手配犯───『カモメ』。
1週間前から近くを騒がせていた、人身売買のリーダー各の男である。
彼が率いる組織は今も残っているが、彼が拠点としていた場所からは多くの人間が保護された。そこには他の組織に関わる重要な情報や何やらもあった。
しかし───当の本人、『カモメ』は死体となって表舞台に姿を表した。
「カモメの死因は内側からの破裂死───つまりは爆死ね」
「爆死───フレーベ・カロライナと同じ死に方ですね」
「そう。それと疾風くんが言った仮説で───ちょっとピンと来ちゃったのよ」
「ピンと来たぁ?」
「そうよ…………貴方達は、深海に住む魚が地上に上げられた姿を見たことある?」
「ありますよ。確か地上と深海では気圧の違いがあるから、深海魚の目がボンッて前に飛び出してたり、内蔵が口から飛び出してたり───」
「───おい、ちょっと待てぃ! それじゃあ、『カモメ』も同じように死んだって言うのかいな!?」
「そう言って、何かおかしな点があるかしら?」
女医の顔はいたって真剣だった。
「『カモメ』とフレーベ・カロライナは同じ死に方だった。しかも今回は、ご丁寧にも犯人が私たちの前に現れた。それだけの話よ」
「あの少女が…………」
疾風は絶句する。
「きっと疾風くんの言うとおり、気圧を操る力を持ってるんでしょうね、あの子は。何処からともなく打撃を受けたのは、気圧を押し固めた物を暴発させてるからでしょう。爆死も似たような原理ね。対象の周囲の気圧を極限まで下げて、内側の気圧で爆死に追いやってる───まぁ、こんなところかしら」
「それはお前…………なんつぅ力だよぉ。そりゃあマジで魔法じゃねぇなぁ」
お手上げだ───刑事は両手をあげ、降参の意を示す。
「そうよね…………こんな魔法、私は知らない。だから刑事さん、あんたが言ってる通り、これは───」
「魔法ではない第2の力───か」
疾風は置き時計を覗き見た。
気づけば時刻はもう夜の9時である。
辺りは暗くなり、外では警察のパトカーのサイレンが静かに回転している。
耳を傾けば、今でも野次馬を追い払う声が聞こえる。
そして診断室にはそっと───月の光が射していた。
疾風は窓際に寄って、いつも変わらない夜空を見上げた。
あと数日で、月は満月を迎えそうだった。
応援ありがとうございます!
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