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試練・精霊契約編
第18話《指名手配犯、『カモメ』》
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「……………」
少女は牢屋の中で、暗く哀しみに溢れた地面をひたすら見つめていた。
体が………痛い。
体が………痛いよぉ。
少女はそう嘆きたかった。だが、ここではそんな事も許されない。
牢屋の前に、一人の男がやって来た。
暗くてよく見えないが、それでも憎き敵の面を、少女は忘れなかった。
「よぉ、調子はどうだい? 商品ナンバー『213』」
いつも通りの調子だ。狂ったその声に、少女は返事を拒んだ。
「チッ…………なんだよまた黙りかよ」
男は牢屋の鉄格子を思いっきり蹴った。
少女は怯え、配給された毛布を頭から被る。ガタガタとするその姿は、すでに憔悴しきっている証拠でもある。
ガタン―――ガタン―――ガタン!
なおも続く蹴りの威嚇。
少女は耐えきれず、声を出した。
「も………もう、やめてくだ………さい………」
「あぁ? 聞こえねーなぁー?」
「おねがい………します………ほんとうに………おねがい………!」
頭を地にすりつけ懇願する姿に、男は、
「けっ………! さっさとそうすりゃあいいんだよ………」
満足したのか、そのままガサガサと帰っていった。
「はっ…………ひぃ…………」
だがまだ震えが止まらなかった。止めたい。この震えを………。だが、今まで痛め付けられた経験がトラウマとなり、そして脳が錯覚する。体が自由じゃなくなるのだ。
少女は体をさらっと撫でた。あの男がつくった傷が、たくさんある。ムチで叩かれたみみず腫、ナイフで切りつけられた切り傷、首を絞められた跡………数えるとキリがない。
今の少女には、この牢屋が唯一の安全地帯となっている。どんなに“あの男”が蹴っても、体を蹴られる訳じゃない。
でも、怖い。
いつ、どうしてこんな目にあったのか?
少女自身、もはや記憶になかった。おぼろ気な記憶は右往左往するだけで、少女に過去のビジョンを決して映してはくれない。
服のポケットを探った。
そこでようやく気づいた。
―――私のハンカチ、なくなってる!?
ひどく狼狽する少女は、牢屋のなかをくまなく探した。外から漏れてくる月の光を手がかりに。
しかし、やはり見つからない。
あのハンカチすらなくなった―――唯一の思いでの品なのに。
少女の目から、ポタポタと水が溢れた。
7
朝起きると、母さんがなにやら興奮気味のご様子だった。俺はピンとたった寝癖を解しながら訊いた。
「どうしたのさ母さん。また夢に韓国の俳優さんが出てきたのか?」
「違うわよアヤノン! そうじゃなくて、ほら、これこれ!」
朝っぱらからスマホを見せつけてくるが、そこは例の『ママ友知恵袋』のページだった。
「あー、昨日のやつか……………うん? まさか…………」
「そのまさかよ! なんとママ友が居場所を教えてくれたのよ~!」
「はぁぁぁ!? マジで!?」
「本気と書いてマジよ! よかったわねアヤノン。これで少しは見つけやすくなったんじゃない!?」
「…………いや、まだだ。本当かどうかは、実際に確かめてみるまで分からねぇ」
「なによあんた、まさか嘘だって言うの?」
「ネット社会はそういうもんだよ母さん。だからまだ期待はできな………いだだだだだ!?」
「あんた、私のママ友が嘘つきだと言いたいわけ!? 私はあんたをそんな疑心暗鬼するような子に育てた覚えはないわよぉ~!」
「首絞めるなぁぁぁぁぁ! やめろマジやめてぇぇぇ!」
「おい…………なにやってるんだ朝から」
父さんがナイスタイミングでやって来た!
「父ざぁぁぁん! この母さん止めでぐれぇぇぇぇ!」
「はぁ…………仕方ないな」
そして…………。
「二人ともそのままでいろよ! 今からこの和やかな場面をカメラに焼き付けるからなぁ!」
「いやバカかお前ばぁぁぁぁ!? どこも和やがじゃねーぇだろぉぉがぁ!」
かすれた俺の声に耳を傾ける者はいなかった。
*
風がヒュウと、ヒュゥウと吹く。これを聞けば、俺が今どこにいるか予測がつくだろう。
そう、例のあれである。
「えーっとね………主に国道B―1号線あたりで見かけるって書いてあるわ」
母さんは横スクロールに目を移しながら言う。その手にはスマホがある。
「国道B―1号線って確か………繁華街を通ってる辺りじゃないか! あんな所にいるわけ?」
「うぅん、でもここにはそう書いてあるし………」
「ものは試しだアヤノン、今日はその辺りを探したらどうだ?」
と、父さんからのアドバイス。
「けどさ…………」と、俺はやはり不満を口にしたのだ。
「ネット社会じゃあ、こういうのを真に受けて被害にあった人は多いんだぜ? これが嘘だったらどうするよ? 1日無駄になるんだぞ?」
「けどあと1日あるじゃないか」
「いや、その日はどちらかと言うと魔法を唱えられるように練習したいんだ。みんな前日には付け焼き刃をやるって言ってたからな」
もっとも、これは昨日のファミレスの連中が言ってたことだが。
「できれば今日のうちに………か。大変だろうが、頑張れよアヤノン!」
父さんの珍しき“父の顔”である。いつもはぐうたらだが、娘になった途端にキメ顔をかましてくるのだから、俺は絶賛ムカついている。
「それじゃ、アヤノン! 気を付けてな!」
「うん、………あの、それよりもさ………」
父さんは俺の言葉を無視し、例のオフィスビルの屋上…………よりも遥かに高いビルの屋上からバンと蹴り飛ばした。
「なんで昨日より高くなってんだあぁぁぁぁぁ!?」
体が反転し、空のモコモコ雲が辺りを占める。あぁ、スゴく近くにあるように錯覚してしまう。この手を伸ばせば、パッと掴めそうだ。
強力な空気抵抗を受ける中で、母さんの声が遅れて聞こえてきた。
「ごめんなさいねー!。近い入り口見つけたんだけど、この高層ビルしかなくてー!」
「ふざけんなぁぁぁぁぁ!」
―――まもなく福本アヤノンの声はふと消滅した。
*
「えー………と、今日は福本さん以外は全員出席っと………」
「先生ー、福本さんどうしたんですか?」
女子の一人が挙手した。
クロ先生は少し影が差した表情で、
「福本さんは今日から数日間は公欠扱いで不在だ。明後日に行われる魔法力基礎テストの準備で忙しいらしい」
「準備ってー?」
「さぁ………そこまでは………。だが、校長先生も是非そうしてくれとおっしゃっているし………なので今日は欠席だ」
あちこちから「えー………」、「お弁当の時間誘おうと思ったのに………」、「今日の下着の色なんだったんだろう………」と嘆く発言が飛び交った。
マリナーラとジェンダー、そしてアツナガはその事情を知っている。
三人が驚きだったのは、担任のクロ先生もその事を知っていたことである。
「精霊なんて見つかるわけがない。何か他に方法はなかったんだろうか…………」
と自分に問い詰めていた彼の姿は、ただの生徒思いの熱血教師であった。
(クロ先生って、なんやかんやで生徒を一番に見ていたのですね…………)
少し感心していたマリナーラをよそに、朝のホームルームは続く。
「えー………あと連絡は………あ、そうそう。これはモール都市警察の方々からなんだが………」
モール都市警察?
Y組の生徒たちは一斉に首をかしげた。クロ先生は相変わらずだるそうな顔で、
「最近B―1号線辺りで、人身売買の指名手配犯が潜伏しているのが発覚したらしい」
「「人身売買………!?」」
クラス内がざわつく。
「犯人の名前は不明。ただし目撃情報によると、肩にいつもカモメを乗せていることから、通称『カモメ』と呼ばれているそうだ。もし見かけたら、すぐに近くの交番か警察に連絡を入れるように。では授業の準備をしてください」
クロ先生はそのまま教室を立ち去った。
担任退出後、クラス内はやはりざわついたままだった。
「マリナーラちゃん………」
隣のジェンダーは、心配そうに尋ねてくる。
「アヤノンちゃん大丈夫かな? 変な事件に巻き込まれたりしてなければいいけど………」
「うーん………なのです。確かにそうは思うのですけど………」
マリナーラは教材をせっせと取り出した。
「今は授業を受けることなのです。終わったらすぐにアヤノンちゃんを探すのです」
「でも………」
「それに、心配ないのです」
確固たる根拠はない。しかし彼女はどこからか自信を持てたのだ。
「アヤノンちゃんは、そんな指名手配犯なんかに負けたりしないのです!」
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