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ラサール魔法学校入学編

第9話《ラサール魔法学校》

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  マリナーラは倒れた少女を背中に背負っていた。危険肉食獣――――あれの名は『シャプレ』というのだが――――は、マリナーラの援助により、何とか倒すことができた。だがこの――――背中で気を失った方の――――少女は、どうやら実戦は初めてだったらしい。声をかけようとしたら、すぐに目をぐるぐると回していた。
「この子……………学校の制服を着ているのです…………」
  出会いがしらにマリナーラは気づいた。間違いなく、これはあの魔法学校の制服。しかし……………と、マリナーラは失礼して少女のポケットや鞄をまさぐった。
  やっぱり………………。
  この少女はおそらく転校生なのだろう。必須の学生証や魔法書、教科書、それからランクを表すがなかった。
  でも、何故シャプレ程度で驚いたのだろう、とマリナーラは首をかしげた。どこの田舎でもシャプレはウジャウジャいる。まさか見たことないなんて事は……………。
「うーん……………とりあえず、運ぶのです。このまま置いていったらこの子が遅刻扱いになっちゃうのです!」
  マリナーラはそれほど筋力には自信がない。だが名も知らない転校生はとても軽かった。それこそ重力が少しでも緩めば天空に行ってしまいそうな、そんなフワッとした身軽さ。
  少女の寝顔は一級の宝石のようだった。
「もしかしてどこかの令嬢なのですかね…………?」

  さて、マリナーラは歩みを進めた。
  目的地はラサール魔法学校。
  ここからなら大した時間もかからない。非力なマリナーラでもおぶっていくことは可能である。
  マリナーラはクリスタルの世界を一瞬目に見据えた。ガラス張りのドームの中に広がる近代都市。そこには我らが魔法学校が顕在する。このモール都市でも1、2位を争う名門校。だが…………そんな中にも、やはりが存在する。落ちこぼれがいるから名門校は成り立つのだと、マリナーラは考えている。
  背中でぐっすりと目をつむるこの転校生は、一体どこに配属されるのだろうか…………。
  自嘲気味に目を曇らせるマリナーラは気を確かに保ちつつ、足を速めた。
  魔法学校はそこまで遠くはない。



      *


「………………はっ!?」
  俺は…………再び目を覚ました。
「あ、…………あれ? ここどこだ?」
  見知らぬ部屋だった。白に統一された清潔な部屋で白のカーテン。そして気づけば俺は清潔なベッドに寝ていた。
  俺は一瞬、保健室を連想した。
  い、いやいや。それはないだろう、と首を振り、連想の雲を追い払った。
  俺はたしかあの丘の上にいたはずだ。そこでナイスバディを狙う野獣に襲われ、そして…………そう、勝ったんだ。なんとか勝った。でもそこで…………気を失ったんだ。
  記憶はモヤっと形をとどめておらず、妙に抽象的だ。頭が少し痛むのは、立て続けに起こった出来事に、俺のブレインがパンクしているからだろう。
  女体化に異世界に野獣…………これだけでも『非現実』的なワードだ。よく今まで体が耐えたもんだ。
  しかし、はてさてここはどこなんだ?
  辺りに目を配ると、横には俺の通学バックと刀が立て掛けてあった。
「うーん…………誰かが俺をここまで連れてきてくれたのかな?」
  だとしたら感謝感激だ。あのままだったら俺は他の野獣に喰われていたかもしれない。
  そういえば気を失う直前に、誰かが俺に近寄って来ていたのを思い出した。女の子だったのは覚えている。もしかしたらその子が……………。

  と、そこへ。

  シャーっと、カーテンが開かれた。
「あら、目が覚めたのね」
  白衣を着た女の人が立っていた。胸元には顔写真がぶら下がっている。どうやらここの関係者のようだ。
「あ、あの……………俺は……………」
「あら? あなた、大丈夫?」
  そっと寄り添ってきて、顔を近づけてきた。俺は赤面する。 なんて…………なんて色っぽいんだこの女の人!
「あ、…………え?」
「あなた、口調がおかしいわよ。こんなにも可愛らしいのに『俺』だなんて。うーん、やっぱりショックによる影響かしら?」
  そうか…………! 周りから見れば俺は完全な! 男のではなく女子! 
  だから口調には疑問点がつくのは当たり前だ。
「いやこれは、…………昔からの癖で…………」
「ふーん、なるほど。そういうね。分かったわ」
?」
「そっ。このって個性的な人が多くてね。逆に地味な人が目立っちゃうようなところだから。私も生徒を覚えるときに目印にしてるんだー」
「そ、そうなんですか…………うん? 学校?」
「あら、ここは学校よ。あなただってでしょう?」
「ここが…………? ないんですけど…………」
「……………そうか。あなた、転校生ね?」
「そ、それをどうして……………!?」
  白衣の女は身をおこし、閉めていた外のカーテンを解放した。
  眩しい斜陽のスポットライトが俺を輝かせる。
  女は言った。
「だって…………ここがあなたの通う学校、『ラサール魔法学校』なんだもの!」

  そこで俺は、窓の向こう側にそびえる、巨大な青春を抱えた校舎を目の当たりにしたのだった。




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