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インターバル
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『──そういえば、✕✕✕✕✕✕の姿を見ないな…。』
『あぁ。今、下界に行っているみたいです。助けたい人がいるんだ、って。』
『そうなのか。──まあ、役目が終わったらそのうち帰って来るだろうね。』
『えぇ、きっとそうでしょうね──。』
■□■
ふと、空を見上げて立ち止まるユキヒトさん。
都会の冬空は今日も冷たく曇って、街の上を灰色に染め上げていた。
「ん?どしたん?」
「いや…何でもないよ。ちょっと…そんな気分になっただけ。それより、映画を見終わったら何を食べようか。」
三十路そこそこに見える天使のお兄さんは、相変わらず顔がいい。笑窪の目立つ、優しくて包容力バツグンの笑顔だ。
背が高くて美形のユキヒトさんの隣に並んで歩いているだけで、時折、すれ違う人がその顔に見とれて視線を向けているのがわかる。なのに、当の本人はそんなことを気にする素振りも、気づく素振りもなく、ただ俺の部屋で日々料理をしたり片付けをしたり、時々こうして一緒に遊びに行くことにしか興味がないみたいだった。
「あのさ、ユキヒトさん。逆ナンされたりとか、ないの?」
「逆ナン?」
「女の子に声掛けられてさ…。遊ぼうとか、飲みに行こうとか。」
「あぁ、そういうのは、用事があるからって断ってるよ。ぼくはあくまで、使命のために地上にいるんだもの。──まあ、その使命もすっかり忘れて思い出せないんだけどね…。」
「あ、ナンパ自体はされるんだ…。」
自虐的に笑うユキヒトさんの背中をドンマイドンマイと軽く叩きながら、俺はふと、何気なく聞きたいことを聞いてみた。
「ユキヒトさんの忘れちゃった『使命』って、たとえばどんなんだったんだと思う?」
「うーん…。」
形の良い眉根を軽く寄せて、天使は、何かを考えている。
「そうだなぁ…。ぼくだったら、きっと──悪いやつや悪魔を倒す、とか、そういうことは考えないような気がするんだ。そこにある小さな幸せをいくつも大事にしてこそ、世の中って平和になるだろう?」
「逆に、ユキヒトさんが大暴れで悪魔倒してる絵面が思い浮かばないよね──。」
どこまでもほんわりと柔らかな笑顔を浮かべる灰色の瞳を見上げながら、俺はしみじみとそう思った。
でも、ユキヒトさんは言っていた。『使命を終えたら、天使は天に帰るのだ』とか、そんなようなことを。
最初は、記憶をなくして本当に困っている、どこか突き放せない頼りない天使を、自分ができる範囲で助けられたらいいとだけ思っていた。だけど、ユキヒトさんが俺の部屋に転がりこんできてから数ヶ月経ち、ユキヒトさんがいることが当たり前になった生活がいつか終わるのだということを考えてしまうと、心臓の真上をぎゅっと締め付けられるように苦しくなる。
生まれてから今までで、こんな気分を味わったのは初めてだった。どっちかといえば、パーソナルスペースに入ってこられるのはあんまり好きじゃなかったのに、ユキヒトさんだけは特別だ。
「あ、そうだ。映画が終わったら、家系のラーメンを食べない?映画館の近くに、常連さんのおすすめの店があるって聞いたんだ。話のタネに行ってみたいと思ってね。」
想像だけでちょっと鬱が差し込んでいた俺の気持ちを知ってか知らずか、ユキヒトさんは、思い出したように明るい声を響かせる。そしてその声は、細かいことを今ゴチャゴチャ考えたって仕方がない、今を楽しめばいいじゃない、という方向に俺の気持ちを綺麗に切り替えてくれる。
「お、いいね。この辺の名店だと、『国道家』かな?俺も行ったことないわ。」
「本当かい?じゃ、決まりだ。少し並ぶかもしれないけど…。」
「ラーメン屋の並びって意外と短いイメージ。…あーユキヒトさん、映画館でポップコーンとかいる系?」
「映像を見るなら、そっちに集中したいかな…。」
「おっけ。」
さあ、まずは、今話題のカーアクション映画の最新作を見よう。アニメもいいけど、盛り上がるのはアメコミとかアクションだよね。そう思いながら、俺は、このままこんな日々がのらりくらりと続いてくれることを、密かに何教かわからない俺独自の神様に祈ったりしていた。
『あぁ。今、下界に行っているみたいです。助けたい人がいるんだ、って。』
『そうなのか。──まあ、役目が終わったらそのうち帰って来るだろうね。』
『えぇ、きっとそうでしょうね──。』
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ふと、空を見上げて立ち止まるユキヒトさん。
都会の冬空は今日も冷たく曇って、街の上を灰色に染め上げていた。
「ん?どしたん?」
「いや…何でもないよ。ちょっと…そんな気分になっただけ。それより、映画を見終わったら何を食べようか。」
三十路そこそこに見える天使のお兄さんは、相変わらず顔がいい。笑窪の目立つ、優しくて包容力バツグンの笑顔だ。
背が高くて美形のユキヒトさんの隣に並んで歩いているだけで、時折、すれ違う人がその顔に見とれて視線を向けているのがわかる。なのに、当の本人はそんなことを気にする素振りも、気づく素振りもなく、ただ俺の部屋で日々料理をしたり片付けをしたり、時々こうして一緒に遊びに行くことにしか興味がないみたいだった。
「あのさ、ユキヒトさん。逆ナンされたりとか、ないの?」
「逆ナン?」
「女の子に声掛けられてさ…。遊ぼうとか、飲みに行こうとか。」
「あぁ、そういうのは、用事があるからって断ってるよ。ぼくはあくまで、使命のために地上にいるんだもの。──まあ、その使命もすっかり忘れて思い出せないんだけどね…。」
「あ、ナンパ自体はされるんだ…。」
自虐的に笑うユキヒトさんの背中をドンマイドンマイと軽く叩きながら、俺はふと、何気なく聞きたいことを聞いてみた。
「ユキヒトさんの忘れちゃった『使命』って、たとえばどんなんだったんだと思う?」
「うーん…。」
形の良い眉根を軽く寄せて、天使は、何かを考えている。
「そうだなぁ…。ぼくだったら、きっと──悪いやつや悪魔を倒す、とか、そういうことは考えないような気がするんだ。そこにある小さな幸せをいくつも大事にしてこそ、世の中って平和になるだろう?」
「逆に、ユキヒトさんが大暴れで悪魔倒してる絵面が思い浮かばないよね──。」
どこまでもほんわりと柔らかな笑顔を浮かべる灰色の瞳を見上げながら、俺はしみじみとそう思った。
でも、ユキヒトさんは言っていた。『使命を終えたら、天使は天に帰るのだ』とか、そんなようなことを。
最初は、記憶をなくして本当に困っている、どこか突き放せない頼りない天使を、自分ができる範囲で助けられたらいいとだけ思っていた。だけど、ユキヒトさんが俺の部屋に転がりこんできてから数ヶ月経ち、ユキヒトさんがいることが当たり前になった生活がいつか終わるのだということを考えてしまうと、心臓の真上をぎゅっと締め付けられるように苦しくなる。
生まれてから今までで、こんな気分を味わったのは初めてだった。どっちかといえば、パーソナルスペースに入ってこられるのはあんまり好きじゃなかったのに、ユキヒトさんだけは特別だ。
「あ、そうだ。映画が終わったら、家系のラーメンを食べない?映画館の近くに、常連さんのおすすめの店があるって聞いたんだ。話のタネに行ってみたいと思ってね。」
想像だけでちょっと鬱が差し込んでいた俺の気持ちを知ってか知らずか、ユキヒトさんは、思い出したように明るい声を響かせる。そしてその声は、細かいことを今ゴチャゴチャ考えたって仕方がない、今を楽しめばいいじゃない、という方向に俺の気持ちを綺麗に切り替えてくれる。
「お、いいね。この辺の名店だと、『国道家』かな?俺も行ったことないわ。」
「本当かい?じゃ、決まりだ。少し並ぶかもしれないけど…。」
「ラーメン屋の並びって意外と短いイメージ。…あーユキヒトさん、映画館でポップコーンとかいる系?」
「映像を見るなら、そっちに集中したいかな…。」
「おっけ。」
さあ、まずは、今話題のカーアクション映画の最新作を見よう。アニメもいいけど、盛り上がるのはアメコミとかアクションだよね。そう思いながら、俺は、このままこんな日々がのらりくらりと続いてくれることを、密かに何教かわからない俺独自の神様に祈ったりしていた。
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