56 / 58
曽根川君と加賀さん
28.深い繋がり
しおりを挟む
曽根川がなぜ突然ここに現れたのか、加賀には全くわからない。静かであるがゆえに、一層迫力のある怒気をゆらゆらと立ち昇らせながら、加賀の手を取って自分の背後に下がらせると、先に蹴り倒した男に向かい合う。
「…テメェ、ふざけやがって、この…!」
「あー、そっちの、倒れてるお連れさん、早く助けてあげたほうがいいと思うけど?骨にヒビくらいは入ってるかもしんないねぇ…何せ俺、クソムカついて本気で蹴り入れてやったから」
「クソがッ……!」
横合いから回し蹴りを喰らい、吹き飛ばされた男が、目を血走らせながら曽根川に掴みかかってくる。明らかに正気を失った人間の、後先を考えない力任せの突進だ。
ガッチリと筋肉がついた太い腕を振り上げる男が、曽根川を殴ろうとしている。息を吸い込んで大きく目をみはり、腕を伸ばして男を制止しようとした。いくら軽い運動で鍛えているとはいえ、こんな力の強い男を止められるとは思わない。だが、自分のために曽根川が怪我をしてしまうことだけは断じて我慢ができない、と思った瞬間、身体が勝手に動いていたのだ。
しかし、曽根川はどこまでも落ち着き払っていた。片手を軽く上げて加賀を制し、向かってくる男の挙動を悠然と眺めている。
次の瞬間。
「ぎゃあぁッ……!」
まるでスローモーションのように、曽根川が男の腕を掴む。その途端、何かの魔法や術でも使ったかのように、男の巨躯は、一瞬にして石畳の上に投げ飛ばされていた。それは鮮やかに、突進してくる男の勢いを受け流して地面に叩きつけた曽根川は、パンパンと手を叩いて汚れを落とす素振りを見せ、フン、と鼻を鳴らす。
「ついでに、合気道は有段だ。──これ、投げられる側も受け身取らなきゃ、下手すると肩が外れるヤツだから、滅多にやらないんだけど…ま、あんたらの自業自得でしょ。いくらここがこういう場所でも、同意なしのレイプなんか、ルール違反にも程があんだろうが」
そして、痛みのあまり立てずに呻き続ける二人の男に向けて、壮絶な怒りを込めた嘲笑と共に、中指を立てて見せた。
「──二度と、この人と俺に絡むな。ヘタなことやりやがったら…骨の何本かで済むと思うなよ?どんな手使ってでも探し出して、テメェらのタマ蹴り潰して再起不能にしてやるよ」
そして、派手に染めた髪を揺らしてくるりと振り返ると、曽根川の手首を掴んで大股に歩き始める。嵐のような出来事で、まだ心臓が激しく弾んでいる加賀は、理由もわからぬまま、引きずられるように続くしかない。
「曽根川くん…。どうして、ここが…?」
前だけを見据える曽根川は、険しい顔で眉間を寄せていた。
「近道する、って言ってたから。加賀さんの会社がある場所からここまで、近道できる場所なんかここしかないと思って…。ごめんなさい。前のお客さんが長引いちゃって、メッセージ確認するのが遅くなって…怖い思い、させちゃいましたね──」
苦虫を噛み潰したような顔をしている曽根川は、少なくとも、加賀に対して怒っているわけではないのだろう。危なかったところを救われたのだ、という安堵感と、もし曽根川がメッセージに気付かなかったらどうなっていたのだろうかという怖気がようやく芽生えたが、まだ状況がうまく飲み込めずにいる。
「この場所、っていうのは……?」
「普通の方は知りませんよね…。ここは、人通りも少ないから、いわゆる、ゲイの集まる発展場として有名なんです。すぐヤれる相手を探してるヤツもいます、けど、ラリった挙句、同じ性癖かもわからない、通りすがりの嫌がってる人を無理矢理引きずり込むのは、どう考えても犯罪でしょ…」
「……怪我をさせた相手が、警察に行って、ありもしない一方的なことを勝手に言ったら」
「あぁ、それなら大丈夫です。あいつら、確実にいけないおクスリをキメてましたからね。匂いでわかります。かなり酷く痛めつけてやりましたけど、警察にタレ込んだら、逆にヤベぇのはあいつらです…。正当防衛ですよ、俺は殴られ掛かったし、加賀さんは、もっと危なかった…」
加賀の手を掴む曽根川の指は熱く、痛いほどに力強かった。ふと見ると、曽根川はいつもの薄手の仕事着の上に、コート一枚を羽織っただけで、前ボタンも止めずにいる。
そんな格好で、取るものも取り敢えず駆けつけてくれた曽根川の機転がなければ、自分は今頃、どうなっていただろう。
胸の中がさっと冷たく凍え、その分、早足で歩く曽根川の体温がはっきりと伝わってきた。一回りも年下であるというのに、頼もしささえ感じる温度だった。
「…テメェ、ふざけやがって、この…!」
「あー、そっちの、倒れてるお連れさん、早く助けてあげたほうがいいと思うけど?骨にヒビくらいは入ってるかもしんないねぇ…何せ俺、クソムカついて本気で蹴り入れてやったから」
「クソがッ……!」
横合いから回し蹴りを喰らい、吹き飛ばされた男が、目を血走らせながら曽根川に掴みかかってくる。明らかに正気を失った人間の、後先を考えない力任せの突進だ。
ガッチリと筋肉がついた太い腕を振り上げる男が、曽根川を殴ろうとしている。息を吸い込んで大きく目をみはり、腕を伸ばして男を制止しようとした。いくら軽い運動で鍛えているとはいえ、こんな力の強い男を止められるとは思わない。だが、自分のために曽根川が怪我をしてしまうことだけは断じて我慢ができない、と思った瞬間、身体が勝手に動いていたのだ。
しかし、曽根川はどこまでも落ち着き払っていた。片手を軽く上げて加賀を制し、向かってくる男の挙動を悠然と眺めている。
次の瞬間。
「ぎゃあぁッ……!」
まるでスローモーションのように、曽根川が男の腕を掴む。その途端、何かの魔法や術でも使ったかのように、男の巨躯は、一瞬にして石畳の上に投げ飛ばされていた。それは鮮やかに、突進してくる男の勢いを受け流して地面に叩きつけた曽根川は、パンパンと手を叩いて汚れを落とす素振りを見せ、フン、と鼻を鳴らす。
「ついでに、合気道は有段だ。──これ、投げられる側も受け身取らなきゃ、下手すると肩が外れるヤツだから、滅多にやらないんだけど…ま、あんたらの自業自得でしょ。いくらここがこういう場所でも、同意なしのレイプなんか、ルール違反にも程があんだろうが」
そして、痛みのあまり立てずに呻き続ける二人の男に向けて、壮絶な怒りを込めた嘲笑と共に、中指を立てて見せた。
「──二度と、この人と俺に絡むな。ヘタなことやりやがったら…骨の何本かで済むと思うなよ?どんな手使ってでも探し出して、テメェらのタマ蹴り潰して再起不能にしてやるよ」
そして、派手に染めた髪を揺らしてくるりと振り返ると、曽根川の手首を掴んで大股に歩き始める。嵐のような出来事で、まだ心臓が激しく弾んでいる加賀は、理由もわからぬまま、引きずられるように続くしかない。
「曽根川くん…。どうして、ここが…?」
前だけを見据える曽根川は、険しい顔で眉間を寄せていた。
「近道する、って言ってたから。加賀さんの会社がある場所からここまで、近道できる場所なんかここしかないと思って…。ごめんなさい。前のお客さんが長引いちゃって、メッセージ確認するのが遅くなって…怖い思い、させちゃいましたね──」
苦虫を噛み潰したような顔をしている曽根川は、少なくとも、加賀に対して怒っているわけではないのだろう。危なかったところを救われたのだ、という安堵感と、もし曽根川がメッセージに気付かなかったらどうなっていたのだろうかという怖気がようやく芽生えたが、まだ状況がうまく飲み込めずにいる。
「この場所、っていうのは……?」
「普通の方は知りませんよね…。ここは、人通りも少ないから、いわゆる、ゲイの集まる発展場として有名なんです。すぐヤれる相手を探してるヤツもいます、けど、ラリった挙句、同じ性癖かもわからない、通りすがりの嫌がってる人を無理矢理引きずり込むのは、どう考えても犯罪でしょ…」
「……怪我をさせた相手が、警察に行って、ありもしない一方的なことを勝手に言ったら」
「あぁ、それなら大丈夫です。あいつら、確実にいけないおクスリをキメてましたからね。匂いでわかります。かなり酷く痛めつけてやりましたけど、警察にタレ込んだら、逆にヤベぇのはあいつらです…。正当防衛ですよ、俺は殴られ掛かったし、加賀さんは、もっと危なかった…」
加賀の手を掴む曽根川の指は熱く、痛いほどに力強かった。ふと見ると、曽根川はいつもの薄手の仕事着の上に、コート一枚を羽織っただけで、前ボタンも止めずにいる。
そんな格好で、取るものも取り敢えず駆けつけてくれた曽根川の機転がなければ、自分は今頃、どうなっていただろう。
胸の中がさっと冷たく凍え、その分、早足で歩く曽根川の体温がはっきりと伝わってきた。一回りも年下であるというのに、頼もしささえ感じる温度だった。
58
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
禁断の祈祷室
土岐ゆうば(金湯叶)
BL
リュアオス神を祀る神殿の神官長であるアメデアには専用の祈祷室があった。
アメデア以外は誰も入ることが許されない部屋には、神の像と燭台そして聖典があるだけ。窓もなにもなく、出入口は木の扉一つ。扉の前には護衛が待機しており、アメデア以外は誰もいない。
それなのに祈祷が終わると、アメデアの体には情交の痕がある。アメデアの聖痕は濃く輝き、その強力な神聖力によって人々を助ける。
救済のために神は神官を抱くのか。
それとも愛したがゆえに彼を抱くのか。
神×神官の許された神秘的な夜の話。
※小説家になろう(ムーンライトノベルズ)でも掲載しています。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる