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曽根川君と加賀さん
25.深い繋がり
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■□■
それからしばらく、月末月初の多忙期に追われて、加賀はまたいつものように仕事人間にならざるを得なくなった。
しかしながら、ほぼ一日に一度、アプリで他愛もない会話を送ってくる曽根川とのやり取りには、随分慣れた気がする。
今日は、職場の女性社員数人と、息抜きのランチに出掛けた。近所に最近オープンしたばかりのエスニック料理店がある、と、手配りのチラシを手にウキウキしていた派遣社員の若い女性を見て、それならば、と、久しぶりに若者達の洒落た昼食に混ざることにしたのだ。
「全員おごりにすると不公平になるからね。でも、残業を頑張ってくれた分、デザートくらいはご馳走しようか。遠慮しないで、好きなのを頼んでいいよ。私も同じものにするから」
「えーっ?加賀課長、めちゃくちゃ男前!…えっ、じゃあ、私はプチケーキのプレートにしようかなあ…!」
「お言葉に甘えちゃっていいんですか?だったら、私もそれにしようかしら」
「他のみんなには内緒にしておいてくれよ?…そうだな、私は、この鶏肉のフォーと、ケーキプレートのセットで。ドリンクは…ん、蓮花茶とレモングラスティーも選べるのか…」
喜びに湧く若い部下たちを、目を細めて微笑み見つめながら、メニューを指差して店員にオーダーを伝える。斜め向かいに座っていた派遣社員の女子が、小首を傾げて加賀を見つめた。
「課長…なんか、すっごい詳しいですね…。よく行くんですか?こういうところ」
「え?いや……たまたま、知っていたものを選んだだけだよ…!……あぁ、やっぱり、飲み物はホットコーヒーで…」
ぎくりと背筋が強張り、口角が引き攣りそうになる。いや、よしんばエスニック料理を口にした経験があっても、特段後ろめたいことではないのだが、その経緯だけは何があっても他人に打ち明けるわけにはいかない。まして、会社の部下たちならば、尚更だ。
しばらくすると、ランチセットのガパオライス、パッタイ、生春巻きなど、鮮やかな料理が運ばれてきて、所狭しとテーブルに並べられた。
加賀の前にあるのは、湯気の立つ、透き通った米粉の麺を使った鶏肉のフォーだ。櫛形切りのレモンが添えられた一杯は、当然だが、曽根川が注文してくれた店のフォーとはまた少し違う香りを漂わせている。
箸をつける前に、ふと思い立って、スマホを取り出して料理の写真を撮った。これで、今晩曽根川に送るメッセージの話の話題がひとつ、できる。
同じように、ランチの写真を撮っていた若い女性社員が、その様子を不思議そうに見つめてぱちぱちとまばたきをする。
「課長がランチの写真を撮るなんて、珍しいですね。誰かに共有したりするんですか?」
「……あー、その…さ、最近エスニックに凝っていて、ね…。色々比較したり…男友達に見せたりして…感想をだね…」
「あ、そっかぁ。若いお友達がいるって前に話してましたもんね。課長も、アプリ慣れしてきたんですねぇ…」
「そうだね、まだまだ若い人には全く追いつけないけれどね…」
若い女性たちは、加賀の引きつった笑いと物言いを、深掘りすることなくすんなりと受け流してくれた様子である。内心、胸を撫で下ろしながら、湯気の立つフォーを口に運ぶ。
パクチーのクセも、鶏肉のジューシーな旨味も、ここのものはこれはこれで美味しいと思う。だが、あの晩、曽根川のサロンで口にした同じ料理の方が、断然記憶に残っているのは何故なのだろう。
部下たちの手前、平静を装って食事を口に運び、お喋りをしながら昼休みの息抜きを楽しむ若者の会話に耳を傾ける。産休明けの社員の子育ての話、最近流行しているドラマの話、スポーツの話…。
自分も、そんなとりとめのない話を、いつか曽根川の隣で交わせるようになるのだろうか。そんなことを、加賀は漠然と考えるようになってきていた。
帰り道、電車に乗ったところで、内ポケットのスマホが小さく振動する。メッセージの送り主は、一人しかいない。
『まだお仕事してます?遅くまでお疲れ様です。あと一週間で、予約の日ですね。来てくれるのを、すごく楽しみにしてますよ』
添付されているのは、仕事着でウインクしている曽根川の、アイドルのような自撮り写真だ。
吊り革に掴まって、自然と緩みそうになる頬を抑える。何度かタップしてメッセージを作ると、二枚の写真を添えて送信した。
『今日はどうにか上がれたよ。曽根川君こそ、お疲れ様だね。今日は、部下とランチに行った。ここのフォーも、おいしかったよ。デザート付きでね』
それからしばらく、月末月初の多忙期に追われて、加賀はまたいつものように仕事人間にならざるを得なくなった。
しかしながら、ほぼ一日に一度、アプリで他愛もない会話を送ってくる曽根川とのやり取りには、随分慣れた気がする。
今日は、職場の女性社員数人と、息抜きのランチに出掛けた。近所に最近オープンしたばかりのエスニック料理店がある、と、手配りのチラシを手にウキウキしていた派遣社員の若い女性を見て、それならば、と、久しぶりに若者達の洒落た昼食に混ざることにしたのだ。
「全員おごりにすると不公平になるからね。でも、残業を頑張ってくれた分、デザートくらいはご馳走しようか。遠慮しないで、好きなのを頼んでいいよ。私も同じものにするから」
「えーっ?加賀課長、めちゃくちゃ男前!…えっ、じゃあ、私はプチケーキのプレートにしようかなあ…!」
「お言葉に甘えちゃっていいんですか?だったら、私もそれにしようかしら」
「他のみんなには内緒にしておいてくれよ?…そうだな、私は、この鶏肉のフォーと、ケーキプレートのセットで。ドリンクは…ん、蓮花茶とレモングラスティーも選べるのか…」
喜びに湧く若い部下たちを、目を細めて微笑み見つめながら、メニューを指差して店員にオーダーを伝える。斜め向かいに座っていた派遣社員の女子が、小首を傾げて加賀を見つめた。
「課長…なんか、すっごい詳しいですね…。よく行くんですか?こういうところ」
「え?いや……たまたま、知っていたものを選んだだけだよ…!……あぁ、やっぱり、飲み物はホットコーヒーで…」
ぎくりと背筋が強張り、口角が引き攣りそうになる。いや、よしんばエスニック料理を口にした経験があっても、特段後ろめたいことではないのだが、その経緯だけは何があっても他人に打ち明けるわけにはいかない。まして、会社の部下たちならば、尚更だ。
しばらくすると、ランチセットのガパオライス、パッタイ、生春巻きなど、鮮やかな料理が運ばれてきて、所狭しとテーブルに並べられた。
加賀の前にあるのは、湯気の立つ、透き通った米粉の麺を使った鶏肉のフォーだ。櫛形切りのレモンが添えられた一杯は、当然だが、曽根川が注文してくれた店のフォーとはまた少し違う香りを漂わせている。
箸をつける前に、ふと思い立って、スマホを取り出して料理の写真を撮った。これで、今晩曽根川に送るメッセージの話の話題がひとつ、できる。
同じように、ランチの写真を撮っていた若い女性社員が、その様子を不思議そうに見つめてぱちぱちとまばたきをする。
「課長がランチの写真を撮るなんて、珍しいですね。誰かに共有したりするんですか?」
「……あー、その…さ、最近エスニックに凝っていて、ね…。色々比較したり…男友達に見せたりして…感想をだね…」
「あ、そっかぁ。若いお友達がいるって前に話してましたもんね。課長も、アプリ慣れしてきたんですねぇ…」
「そうだね、まだまだ若い人には全く追いつけないけれどね…」
若い女性たちは、加賀の引きつった笑いと物言いを、深掘りすることなくすんなりと受け流してくれた様子である。内心、胸を撫で下ろしながら、湯気の立つフォーを口に運ぶ。
パクチーのクセも、鶏肉のジューシーな旨味も、ここのものはこれはこれで美味しいと思う。だが、あの晩、曽根川のサロンで口にした同じ料理の方が、断然記憶に残っているのは何故なのだろう。
部下たちの手前、平静を装って食事を口に運び、お喋りをしながら昼休みの息抜きを楽しむ若者の会話に耳を傾ける。産休明けの社員の子育ての話、最近流行しているドラマの話、スポーツの話…。
自分も、そんなとりとめのない話を、いつか曽根川の隣で交わせるようになるのだろうか。そんなことを、加賀は漠然と考えるようになってきていた。
帰り道、電車に乗ったところで、内ポケットのスマホが小さく振動する。メッセージの送り主は、一人しかいない。
『まだお仕事してます?遅くまでお疲れ様です。あと一週間で、予約の日ですね。来てくれるのを、すごく楽しみにしてますよ』
添付されているのは、仕事着でウインクしている曽根川の、アイドルのような自撮り写真だ。
吊り革に掴まって、自然と緩みそうになる頬を抑える。何度かタップしてメッセージを作ると、二枚の写真を添えて送信した。
『今日はどうにか上がれたよ。曽根川君こそ、お疲れ様だね。今日は、部下とランチに行った。ここのフォーも、おいしかったよ。デザート付きでね』
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