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曽根川君と加賀さん
16.Pillow Talk
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尚も加賀をじっと見つめる視線から逃れるようにふいと顔を逸らし、指先でこめかみをカリカリと掻きながら、思いを巡らせる。本音を言ってしまえば、曽根川のテクニックに不足などない。むしろ、初めての時よりも余程距離が近くて、圧迫感も苦痛もなくて、これ以上の本気を出されたら、一体どうされてしまうのか見当がつかない。
遠い目で虚空を見つめながら、それでも、加賀が何か言うのを子供のように瞳を輝かせてワクワクと待機している曽根川には、少なくとも何か納得のいく答えを返さなければいけないだろうと思った。それは、仕事で躍進しようとしてアドバイスを求めている部下に対して、何も言わずにはおれないだろうという経験則の応用でもある。
リフレクソロジーでも性的な意味でも、加賀に快楽を覚えさせるとモチベーションが上がるのだという曽根川の腕に、物足りなさは全く感じない。だが、敢えて言うとしたら、気になったことが一つだけある。
それをどんな言葉で伝えるべきなのか、男性との交際経験がない加賀には、いまいち解らない。選んだ言葉、使う言葉が正解なのか、そもそも伝えていいことなのかも解らないが、目尻に薄く皺の寄った目を細めつつ、曽根川を横目で見ながら恐る恐る口を開いた。
「──別に、子供ができる訳じゃないだろうし。それに、不特定多数と…その、こういうことをしている訳じゃないなら、…特に…その、避妊具は…無くても…いいんじゃないか…って…」
「──は…?」
吸い終わった電子タバコをゴミ箱に投げ捨て、本体を充電器に戻そうとしていた曽根川の顔が急に凍りつくのが分かった。もしかすると、今の言葉は、男性同士の経験が豊富な人にとっては何かしらかの禁句だったのかもしれない、そう思って慌てて口を開こうとした矢先、曽根川の長い指を持つ温かい手が、加賀の両肩をガシリと捕まえてくる。
近い距離に身を置く彼の両眼は大きく見開かれて、戸惑いに揺れる加賀の顔だけをじっと映し込んでいた。
「いや、今のは…」
「──加賀さん…。それ、ゴム無しの方が気持ちよかった、っていう意味で捉えていいんですよね?」
慌てて、弁明にもならない弁明をしようとする加賀の言葉を遮って、曽根川が問い掛けてくる。一体、彼の琴線に触れたのは何なのか、見当もつかなかったのだが、少なくとも怒っている様子だけには見えない曽根川の顔は、気付けば驚く程近くにあった。
「…えぇと。失礼なことだった、かな?」
「いいえ、そうじゃなくて。…ねぇ、加賀さん。教えて下さい。それは、タチの俺の快楽に気を遣ってそう言ってくれたっていうことじゃなくて?…生でした方が、加賀さんが気持ちがよかったって、そういう意味?」
「……そう、だね…。服の上から揉んで貰っているか、素肌を揉んで貰っているかの違い、みたいな──?…でも、いいんだ。どっちにしろ、俺は…」
確かに、繋げた身体の脈動や、熱い射精を直接感じ取れた初めての時の方が、充足感は強かったということは間違いがない。しかし、それを差し置いたとしても、十五年ぶりの満足感は十分に得られたのだし、それどころか、実際、生まれてこの方知らなかった方法で頭の芯までドロドロに溶かされているのだから、曽根川のテクニックに文句など付けられるはずもないのだ。
曽根川が、形のいい唇の端を噛み締めるのが見えた。
堪えられない感情と戦った末に、観念したように長い睫毛を伏せる、少なくとも加賀の眼にはそのように映った曽根川の表情は、次の瞬間、大きく形を変えていた。モデルのように端整な色気に溢れた面持ちは、男である加賀が見ても惚れ惚れするほどの美貌だ。それが今、獲物を前にした猫科の肉食獣のように貪欲な色を浮かべて、赤い舌先でしきりと唇を舐めて湿している。
「──無理でしょ、こんなピュアな煽り」
曽根川の口から、低く熱した独り言がぼそりと零れ落ちる。
気が付いた時には、力強い両腕で抱き締められて、広いマットレスの上に力任せに押し倒されていた。身体を重ねてくる曽根川の見開かれた瞳の中で、己がどれほど混乱しきった表情をしているのか知る術はなかったのだが、ただでさえ高い曽根川の体温は、心なしか後ろから抱き締められ、貫かれていた時よりも余程高いように思えた。
「…今のは、完ッッッ全に加賀さんのせいですよ。…俺、この後きっちり責任取りますから、加賀さんも責任取って」
「──ッ、責任…?」
「そうですよ、無自覚なところが…本当に無理。…あぁ、無理だって…!そんな不思議そうな顔されたら、一から十まで優しくしてあげられなくなるじゃない…!」
「曽根川君、ちょっ…待っ…、…!」
加賀の両脚を掴んで大きく開かせ、息を上擦らせながらその間に割り込んでくる曽根川は、今や、完全に欲情しきった獰猛な雄の顔になっていた。
遠い目で虚空を見つめながら、それでも、加賀が何か言うのを子供のように瞳を輝かせてワクワクと待機している曽根川には、少なくとも何か納得のいく答えを返さなければいけないだろうと思った。それは、仕事で躍進しようとしてアドバイスを求めている部下に対して、何も言わずにはおれないだろうという経験則の応用でもある。
リフレクソロジーでも性的な意味でも、加賀に快楽を覚えさせるとモチベーションが上がるのだという曽根川の腕に、物足りなさは全く感じない。だが、敢えて言うとしたら、気になったことが一つだけある。
それをどんな言葉で伝えるべきなのか、男性との交際経験がない加賀には、いまいち解らない。選んだ言葉、使う言葉が正解なのか、そもそも伝えていいことなのかも解らないが、目尻に薄く皺の寄った目を細めつつ、曽根川を横目で見ながら恐る恐る口を開いた。
「──別に、子供ができる訳じゃないだろうし。それに、不特定多数と…その、こういうことをしている訳じゃないなら、…特に…その、避妊具は…無くても…いいんじゃないか…って…」
「──は…?」
吸い終わった電子タバコをゴミ箱に投げ捨て、本体を充電器に戻そうとしていた曽根川の顔が急に凍りつくのが分かった。もしかすると、今の言葉は、男性同士の経験が豊富な人にとっては何かしらかの禁句だったのかもしれない、そう思って慌てて口を開こうとした矢先、曽根川の長い指を持つ温かい手が、加賀の両肩をガシリと捕まえてくる。
近い距離に身を置く彼の両眼は大きく見開かれて、戸惑いに揺れる加賀の顔だけをじっと映し込んでいた。
「いや、今のは…」
「──加賀さん…。それ、ゴム無しの方が気持ちよかった、っていう意味で捉えていいんですよね?」
慌てて、弁明にもならない弁明をしようとする加賀の言葉を遮って、曽根川が問い掛けてくる。一体、彼の琴線に触れたのは何なのか、見当もつかなかったのだが、少なくとも怒っている様子だけには見えない曽根川の顔は、気付けば驚く程近くにあった。
「…えぇと。失礼なことだった、かな?」
「いいえ、そうじゃなくて。…ねぇ、加賀さん。教えて下さい。それは、タチの俺の快楽に気を遣ってそう言ってくれたっていうことじゃなくて?…生でした方が、加賀さんが気持ちがよかったって、そういう意味?」
「……そう、だね…。服の上から揉んで貰っているか、素肌を揉んで貰っているかの違い、みたいな──?…でも、いいんだ。どっちにしろ、俺は…」
確かに、繋げた身体の脈動や、熱い射精を直接感じ取れた初めての時の方が、充足感は強かったということは間違いがない。しかし、それを差し置いたとしても、十五年ぶりの満足感は十分に得られたのだし、それどころか、実際、生まれてこの方知らなかった方法で頭の芯までドロドロに溶かされているのだから、曽根川のテクニックに文句など付けられるはずもないのだ。
曽根川が、形のいい唇の端を噛み締めるのが見えた。
堪えられない感情と戦った末に、観念したように長い睫毛を伏せる、少なくとも加賀の眼にはそのように映った曽根川の表情は、次の瞬間、大きく形を変えていた。モデルのように端整な色気に溢れた面持ちは、男である加賀が見ても惚れ惚れするほどの美貌だ。それが今、獲物を前にした猫科の肉食獣のように貪欲な色を浮かべて、赤い舌先でしきりと唇を舐めて湿している。
「──無理でしょ、こんなピュアな煽り」
曽根川の口から、低く熱した独り言がぼそりと零れ落ちる。
気が付いた時には、力強い両腕で抱き締められて、広いマットレスの上に力任せに押し倒されていた。身体を重ねてくる曽根川の見開かれた瞳の中で、己がどれほど混乱しきった表情をしているのか知る術はなかったのだが、ただでさえ高い曽根川の体温は、心なしか後ろから抱き締められ、貫かれていた時よりも余程高いように思えた。
「…今のは、完ッッッ全に加賀さんのせいですよ。…俺、この後きっちり責任取りますから、加賀さんも責任取って」
「──ッ、責任…?」
「そうですよ、無自覚なところが…本当に無理。…あぁ、無理だって…!そんな不思議そうな顔されたら、一から十まで優しくしてあげられなくなるじゃない…!」
「曽根川君、ちょっ…待っ…、…!」
加賀の両脚を掴んで大きく開かせ、息を上擦らせながらその間に割り込んでくる曽根川は、今や、完全に欲情しきった獰猛な雄の顔になっていた。
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