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曽根川君と加賀さん
4.二週間の始まり
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週末は、趣味を楽しみ、身体を動かすことで、久しぶりにリフレッシュして過ごすことができた気がする。曽根川の施術のおかげか、風呂上がりのストレッチで柔軟性が増していることがよくわかったし、ジョギングをしていても身体が軽いように思える。
そんな曽根川はといえば、相変わらず、数日おきに一度ほどのペースで、プライベートのアカウントから近況報告のメッセージを送ってきていた。自然に盛り込まれた絵文字やスタンプ、そして様々な場所の風景や自撮り写真を見ていると、改めて今どきの若者のコミュニケーションには驚かされるばかりだ。
もっとも、そんな曽根川も、二十代の新卒社員からしてみれば充分に年上であるのだろうが、見た目と言動の若さは、ちっとも老けた印象を与えるものではない。美容技術の発達した最近では、俳優やミュージシャンで実年齢より余程若く見える人物が多いせいもあり、曽根川が自分で『若作り』だと言って笑っている外見は、さほど不思議ではなかった。
むしろ、どちらかといえば、そんな曽根川が何故、自分のようなつまらない中年男に興味を示すのかが、未だに理解できなかった。教育実習のお兄さんが初恋の相手だった、という彼の告白を聞けば、なるほど、小学生から見た大学生の歳の差には合致する。
しかし、未だに、あの夜の出来事が信じられないと思う加賀が、加賀の中に確かに存在した。
『──加賀さん、……本当に、可愛い──』
甘く熱した曽根川の声が、体温の高い素肌の感覚が、未だに加賀の脳裏にしっかりと焼き付いていて、時折フラッシュバックしては頬を火照らせる。
曽根川の欲情を受け止め、恥ずかしいところを曝け出しても、加賀はそれがちっとも嫌ではなかった。十五年以上もすっかり忘れ去っていた、そしてこれからも忘れたまま過ごすのだと思っていた『春』はあまりにも甘く、心地がよくて、腰骨から脊柱、そして脳まで、とろとろに蕩かされそうだったのだ。
あの熱い手でじっくりと全身を解される想像をしただけで、じわりと体温が上がりそうだった。
そしてその指先が、誰にも触れさせたことのない両脚の間に滑り込んでいくときの、背筋がゾクゾクするような背徳感と、味わったこともない心地よさ。
まるで、身体の奥の、また深くまで、じっくりと、時に激しく押し込んで揉み解してくるような。
夜の入浴の後、自宅マンションのソファの上で、ぼんやりと空想に耽る。
そんな加賀の、妄想にも近い回想を不意に断ち切ったのは、スマートフォンに届いた一通のメッセージの、軽快な着信音である。
ビクリ!と肩を竦め、自分の想像ながら存分に気恥ずかしい思いを味わう。こんな時間に、ミュートなしのメッセージが届くとしたら、相手は一人しかいない。
一人で赤面しながらスマートフォンの画面を開いてみれば、やはり、送信アカウントの名前は『S.Sakuto』。そこには、洒落た薄暗いバーで撮影された、酒のグラスと軽食の写真が貼り付けられている。
『いい週末を過ごせました?』
絵文字付きでそう問い掛ける曽根川のメッセージに、少し迷ってから、一枚の写真を貼り付けて返信ボタンを押した。こんな風な使い方で構わないのか、いまひとつ自信はなかったのだが。
『久しぶりに、趣味で料理をしたんだ。スーパーに新鮮なイワシが出ていたから、カルパッチョ風にしてみたんだけど』
独り暮らしの食生活をどうにか健康的なものにしようとして始めた料理という趣味だったが、これがなかなか、凝り始めると細かなところまでこだわりたくなるのが加賀の性分だった。
それなりに洒落た皿の上に、トマトやスライスオニオンと一緒に盛り付けした、自分で捌いたイワシの一品の写真は、ただの記録として何気なくフォルダの中に残しているもの。今まで他人に送ったことはなく、男の手料理なんて見せてもつまらないかもしれないな、とは思ったが、とにかく、若者からのアドバイスに従ってみたのだ。
ドキドキと高鳴る胸を押さえて画面を覗き込む加賀は、既読表示と共に沈黙しているスマホが少々恐ろしかった。だが、程なくして、曽根川からは『びっくり!』のキャラクタースタンプと共に、社交辞令よりも余程長いテキストが送られてくる。
『え?!すごいおいしそう!お店の料理みたい!これ作ったんですか?加賀さん、めちゃくちゃ凄いじゃないですか!いいなぁ、俺、今すぐ食べに行きたいです!』
そして続け様に送られてくる、可愛らしい熊のキャラクターがハートマークを飛ばしながらモジモジしているスタンプだ。
「……えぇと、どう返そうかな…」
目を細めながら、確かに手ごたえを感じた画面を見つめて、自然と口元を綻ばせる。やり取りらしいやり取りになった初めての経験にはまだ少し慣れなかったが、メッセージの気軽なやり取りを楽しむ若い世代の気持ちが、少しだけ解ったような気がした。
『いつでも うちに来てくれればね』
相変わらず、絵文字やスタンプはうまく使いこなせてはいなかったが、ともかくテキストのキャッチボールができたという進歩が、何だか妙に嬉しく思えた。
そんな曽根川はといえば、相変わらず、数日おきに一度ほどのペースで、プライベートのアカウントから近況報告のメッセージを送ってきていた。自然に盛り込まれた絵文字やスタンプ、そして様々な場所の風景や自撮り写真を見ていると、改めて今どきの若者のコミュニケーションには驚かされるばかりだ。
もっとも、そんな曽根川も、二十代の新卒社員からしてみれば充分に年上であるのだろうが、見た目と言動の若さは、ちっとも老けた印象を与えるものではない。美容技術の発達した最近では、俳優やミュージシャンで実年齢より余程若く見える人物が多いせいもあり、曽根川が自分で『若作り』だと言って笑っている外見は、さほど不思議ではなかった。
むしろ、どちらかといえば、そんな曽根川が何故、自分のようなつまらない中年男に興味を示すのかが、未だに理解できなかった。教育実習のお兄さんが初恋の相手だった、という彼の告白を聞けば、なるほど、小学生から見た大学生の歳の差には合致する。
しかし、未だに、あの夜の出来事が信じられないと思う加賀が、加賀の中に確かに存在した。
『──加賀さん、……本当に、可愛い──』
甘く熱した曽根川の声が、体温の高い素肌の感覚が、未だに加賀の脳裏にしっかりと焼き付いていて、時折フラッシュバックしては頬を火照らせる。
曽根川の欲情を受け止め、恥ずかしいところを曝け出しても、加賀はそれがちっとも嫌ではなかった。十五年以上もすっかり忘れ去っていた、そしてこれからも忘れたまま過ごすのだと思っていた『春』はあまりにも甘く、心地がよくて、腰骨から脊柱、そして脳まで、とろとろに蕩かされそうだったのだ。
あの熱い手でじっくりと全身を解される想像をしただけで、じわりと体温が上がりそうだった。
そしてその指先が、誰にも触れさせたことのない両脚の間に滑り込んでいくときの、背筋がゾクゾクするような背徳感と、味わったこともない心地よさ。
まるで、身体の奥の、また深くまで、じっくりと、時に激しく押し込んで揉み解してくるような。
夜の入浴の後、自宅マンションのソファの上で、ぼんやりと空想に耽る。
そんな加賀の、妄想にも近い回想を不意に断ち切ったのは、スマートフォンに届いた一通のメッセージの、軽快な着信音である。
ビクリ!と肩を竦め、自分の想像ながら存分に気恥ずかしい思いを味わう。こんな時間に、ミュートなしのメッセージが届くとしたら、相手は一人しかいない。
一人で赤面しながらスマートフォンの画面を開いてみれば、やはり、送信アカウントの名前は『S.Sakuto』。そこには、洒落た薄暗いバーで撮影された、酒のグラスと軽食の写真が貼り付けられている。
『いい週末を過ごせました?』
絵文字付きでそう問い掛ける曽根川のメッセージに、少し迷ってから、一枚の写真を貼り付けて返信ボタンを押した。こんな風な使い方で構わないのか、いまひとつ自信はなかったのだが。
『久しぶりに、趣味で料理をしたんだ。スーパーに新鮮なイワシが出ていたから、カルパッチョ風にしてみたんだけど』
独り暮らしの食生活をどうにか健康的なものにしようとして始めた料理という趣味だったが、これがなかなか、凝り始めると細かなところまでこだわりたくなるのが加賀の性分だった。
それなりに洒落た皿の上に、トマトやスライスオニオンと一緒に盛り付けした、自分で捌いたイワシの一品の写真は、ただの記録として何気なくフォルダの中に残しているもの。今まで他人に送ったことはなく、男の手料理なんて見せてもつまらないかもしれないな、とは思ったが、とにかく、若者からのアドバイスに従ってみたのだ。
ドキドキと高鳴る胸を押さえて画面を覗き込む加賀は、既読表示と共に沈黙しているスマホが少々恐ろしかった。だが、程なくして、曽根川からは『びっくり!』のキャラクタースタンプと共に、社交辞令よりも余程長いテキストが送られてくる。
『え?!すごいおいしそう!お店の料理みたい!これ作ったんですか?加賀さん、めちゃくちゃ凄いじゃないですか!いいなぁ、俺、今すぐ食べに行きたいです!』
そして続け様に送られてくる、可愛らしい熊のキャラクターがハートマークを飛ばしながらモジモジしているスタンプだ。
「……えぇと、どう返そうかな…」
目を細めながら、確かに手ごたえを感じた画面を見つめて、自然と口元を綻ばせる。やり取りらしいやり取りになった初めての経験にはまだ少し慣れなかったが、メッセージの気軽なやり取りを楽しむ若い世代の気持ちが、少しだけ解ったような気がした。
『いつでも うちに来てくれればね』
相変わらず、絵文字やスタンプはうまく使いこなせてはいなかったが、ともかくテキストのキャッチボールができたという進歩が、何だか妙に嬉しく思えた。
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