プラナ・ローカへようこそ〜お疲れ課長のヒミツの甘々リフレ~

槇木 五泉(Maki Izumi)

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曽根川君と加賀さん

2.二週間の始まり

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 プラナ・ローカに通い始めてから、加賀の体調は劇的に改善した。寝つきも寝起きもよく、疲れが身体に溜まりにくい。加賀自身が鏡に向かってシェーバーを使う度に感じるのは、顎周り、そして目許口許のハリの良さである。
 ワントーン明るくなった顔色や若々しくなった表情を、加賀より先に目敏く見抜いたのは、おしゃべり好きな若い女性社員たちである。いつも綺麗なネイルを付けている二十代の派遣社員、それに、まだ入社したばかりの新卒社員や、育児休業から戻ってきた三十代の主任まで、何気ないことで加賀に声を掛けてくる機会が増えた。不思議なことに、外見が変化すると、部下とのコミュニケーションの頻度や内容まで違ってくるものだ。

「加賀課長、まだ通ってるんですか?前に言ってた、あのエステ…」

 今日も、デスクで伝票を手渡しがてら、愛嬌のある派遣の女子が、長い睫毛の大きい瞳をくりくりさせながら話し掛けてくる。

「最近、信じられないくらい元気になりましたよね、課長。それとも、何かいいこととか、あったんですかぁ?」
「ははは…エステじゃなくて、リフレクソロジーね。エステなんてそんなオシャレなところ、おじさんにはハードルが高すぎるよ。でも、マッサージって、続けてみるものだね…首肩が軽くて調子がいいし」

 すっかり眼精疲労も軽減し、溌剌とした目尻に薄い皺を寄せて微笑する。前髪の一部分が白く染まった白髪交じりの髪さえなければ、もう数歳はサバを読んでも通用するのではないだろうかと、最近は自分でもそう思うようになっていた。
 横で話を聞いていた女性主任が、羨ましそうに溜息を吐く。

「そこ、丹羽さんが前に紹介してたところですよね…?いいなぁ。産後って、どうしても肌が荒れやすくって…私も行きたいけど、お客さんは男性オンリーなんでしょう?」
「うん、そうみたいだね。曽根…、…セラピストさんが男性だから、じゃないかな」

 うっかり口を滑らせそうになって、慌てて取り繕う。幸いなことに、女子社員達は誰も気がついていないらしい。

「私は腕がいいなら気にしないけど、最近は色々ありますからね…。お話聞いてると、羨ましくなっちゃう。旦那に子供預けて、美容整体にでも通ってみようかなあ…」
「仕事と子育てを両立してるんだ。たまにはリフレッシュもいいんじゃない?…あぁ、そうだ…」

 和やかな雑談の中で、加賀はふと、とあることを思い出す。この流れであれば軽い乗りで聞けるのではないかと思って、少しばかり声のトーンを潜めて、ゆっくりと口を開いた。

「──今の若い子たちって、SNSとかメッセージとかを気軽に送り合ったりするじゃない?ああいうのって、どう返事すればいいのかな?」

 にわかに、話に聞き耳を立てていた部下たちが、一斉に顔を見合わせる。物怖じせずに先陣を切ったのは、興味津々を隠そうともしない、最年少の派遣社員だ。

「え!?なになに、課長、コイバナですか!?もしかして、マッチングアプリとか、やってます?」
「いや!そういうのじゃくて!…あー、うん、プライベートで知り合った男性と、たまたま…アカウントを交換したんだけど、どうも使い方がわからなくてね…」
「なぁんだ、男の人かぁ…」

 露骨に残念そうな表情の若い女性が、言葉の裏を探ろうとしなかったのは幸いだった。それも、当然と言えば当然かもしれない。まさか、俳優並みに綺麗な顔でスタイルもいい曽根川という男が、加賀とどういう関係にあるのか、他人は想像すらしないだろう。口で説明したところで信じないかもしれない。

 硬い作り笑いを浮かべながらも、皆一様にあてが外れたと言わんばかりの部下たちを、内心安堵しながら見渡す。最初に口を開いたのは、三十代になったばかりの女性主任だった。

「そうですね…男性と女性とでは違うかもしれませんけど、私は友達には、お出かけした時の情報とか、ペットや家族の記念写真を共有したりしますね…」
「そうそう、あと、ランチやディナーの写真とかぁ、コンサート会場で自撮りしたやつとかぁ…特に何もないときは、風景とか、上手くできたお弁当とか、晩ごはんの写真とか、なんか見せたいやつを適当に送っちゃいます」
「晩御飯の写真、か…」

 ふむ、と顎に触りながら、若者の意見を頭に入れる。聞いたところで、どのようなやり取りがされていて、何が楽しいのだかは未だによく分からなかったが、少なくとも参考にはなった。

「あっ、課長、写真盛るアプリとか入れてます?写真送るなら、ちゃんと加工して映えさせた方がいいですよぉ?」
「……いや、まだそこまでは理解が追いつかないかな…。ありがとう、参考にさせて貰うよ。さ、仕事に戻ろうか…」

 食い気味の若い女性陣の勢いに半ば気圧されながら、加賀は苦笑いでデスクトップのモニターに視線を戻した。

 次に曽根川からメッセージが来たら、何を送り返そうか。まだ分からないことが多すぎて、もどかしいほどであったが、ひとつひとつ手探りで向き合っていくのは、不思議と楽しいことだった。
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