プラナ・ローカへようこそ〜お疲れ課長のヒミツの甘々リフレ~

槇木 五泉(Maki Izumi)

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Prana Lokaへようこそ

14.スペシャルリフレ

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「…いや、本当にすごいな──」

 朝起きて、シェーバーを片手に鏡に向かい合うと、見間違いでも何でもなく、顔の周りの弛みがすっきりと引き締まり、顔色が数トーン明るくなっているのが確かに分かる。頬や目尻、口許の小皺も随分と目立たなくなり、確実に、アンチエイジングの効果は現れていた。
 清潔感さえ保てていれば、特段身なりにそこまで神経質になることもなかった加賀にとって、メスも注射も使わずに、着実に重なる年齢というものに抗う方法があるのだということ自体がひどく新鮮だった。しかもそれを、我が身をもって体感させられてしまっては、鏡に映った自分自身の顔に改めて驚嘆するしかない。
 すっかり引き締まった顎の先をするりと指先で撫でてみると、触れた感触の滑らかさは、まるで自分の肌ではないように感じられた。左目の下に黒子ほくろのある両眼を細め、自分自身の顔をしげしげと見つめてしまう。


 運動のついでにストレッチに精を出したおかげで、昨日の施術は痛みもなく、天国のような時間を過ごした。どうにも、あの曽根川の手にかかると、身体の強張りだけでなく、思考回路や脳までふわふわに溶かされてしまうらしい。全身をしっかりと揉まれ、伸ばされ、解されて、夢のような心地のうちにハーブティーを味わいながら、既に二週間後の予約を依頼していた。

 実のところ、懸念がないといえば嘘になる。十五年も治らなかったこの症状が、医療機器も薬も使わず、手を触れられただけで、たちどころに治るものだろうか。それに、加賀が長年抱える病の性質、俗にEDと呼ばれる症状を治療するということは、つまり、『その部分』に直接手を触れられるということになるのだろうか。
 そうだとしたら、流石の加賀もいささか抵抗がある。だが、曽根川のあの自信に満ち溢れた表情と、『任せて』という言葉。そして何より、曽根川は、触れた相手をたちまち骨抜きにする神のような腕を持っている。

『──嫌だったら、その時は嫌と断ればいいんだ。…うん、そうだよな。考えすぎだ…』

 鏡に映る、確実に今までより数歳若返った自分自身にそう言い聞かせ、洗顔フォームのチューブを手に、出勤前の朝の身支度を整えていく。
 ここ最近は寝付きもよく、寝起きもスッキリとしている。これも曽根川のリフレクソロジーの効果だとしたら、本当に信じられない、魔法のような腕前だ。
 作り置きの朝食を摂ったら、シャツとスーツに着替えて、慌ただしい戦場にも似た毎日の通勤電車に身を投じる。あと一週間と少しは続くこんなルーティーンも、二つ先の金曜日が待っていると思えば、さほど苦ではなかった。
 
■□■

 『プラナ・ローカ』という小さな看板の掛かった雑居ビルの一室は、相変わらず、せかせかした落ち着きのない日常とは切り離された、ゆったりと落ち着いた空気が流れている。予約の時間、いつものように曽根川に出迎えられて着替えを渡され、シャワーを浴びて、スーツとネクタイ、革靴できっちりと戒められていた身体を仕事という束縛の中から解き放った。
 今日の施術着は、いつもの甚平タイプの上下とは異なる、タオル地のバスローブだ。出張の時にごくたまに泊まることのできる高級感のあるホテルのファブリックのような、柔らかな肌触りのそれを素肌の上に羽織り、やはり下着を身に着けずに施術ルームに向かう。

 部屋の中には、いつものジャスミンの香りとは違う、甘いアロマが既に焚かれていた。フェイクレザー張りの広いマットレスの上にタオル地のシーツが敷かれた施術スペースは、いつもと同じ。だが、曽根川の傍らには、いつもは見掛けない、様々な小瓶が入ったバスケットがあった。相も変わらず、彼は、モデルのようなクールな美貌に人好きのする笑顔を浮かべ、スリッパを引き摺りながら歩み寄ってくる加賀を会釈で出迎えてくれる。

「さ、今日は、リフレクソロジーをベースにしたオイルマッサージです。悪いところを治す、っていうより、心の底からリラックスしていただくことを目的にしてます。──二週間、お仕事お疲れ様でした。今日は目一杯、癒されていってくださいね…」

 その口調も、耳に心地よい声のトーンも、曽根川が天性のセラピストなのだということをよく物語っている。今日、どんな施術が行われるのかという疑問と不安との両方は、ケアの前に浴びたシャワーで綺麗さっぱり洗い流されてしまったかのようだった。
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