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5.プラナ・ローカ
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「…これ、気持ちいいです──?」
「あぁ…極楽…。うん、このまま眠れたら、とても幸せだろうな──」
「あははッ、眠くなったら寝ちゃってくれても僕は構いませんよ。お客様が気持ちよくなってくれることが、一番嬉しいですから。加賀さん、ちゃんと触って気持ちいいところを教えてくれるから…そりゃあ、僕だってやる気になります」
「でも、こんなに気持ちがいいのに、寝たらもったいない気がしてね…」
それは褒め言葉なのか、何なのか。そう言われると妙に擽ったく、気恥ずかしい。
軽やかに笑いながらも、熱感を帯びた曽根川の指先は決して手抜きをすることはない。実のところ、心臓から遠いところを起点に、心臓に向けて施すのだというリフレクソロジーの施術とは、初めのうちこそ女性や洒落た若者のためのものなのではないかと不安に思っていたのだが、思ったより気取ったものではなくて、加賀は少々安心した。そして、曽根川の手が通り過ぎていった身体のパーツは、じんわりと熱を持ち、溶け、何かの重りから解放されたような軽さを感じる。
一度しかその腕前を味わっていなくともはっきりとわかる。彼は、間違いなく天性のセラピストだった。こんな技を知ってしまった今、そこらにある安い揉みほぐしの店では、到底満足できないのは目に見えている。加賀は、眦に薄い皺のある眼を細めて、ほぅ、と溜息を吐いた。
「パンドラの箱を開けてしまった気分だなぁ…」
「──うん?」
形の良い眉を片方上げて、曽根川は不思議そうに首を傾げる。
「だって、こんなテクニックを知ったら、もう他の整体やマッサージ店に行こうとは思えない。同じ体験は絶対にできないだろうから…」
「あらぁ、嬉しいお言葉ですね。…ずっと、うちに通ってくださって構わないんですよ…?僕も、加賀さんを飽きさせないように、いろんな技術を学んでおきますね…」
手を動かしながらも、双眸を細めて艶やかに笑う曽根川の表情と言葉には、男女問わずに作用する、魔性の魅力のようなものが備わっている風に思えてならなかった。一見して軽い、人誑しのようなクールな見た目や甘い物言いをしていても、その技術が上辺だけのものでないことは、彼に触れられている加賀自身が身を以て味わっている。
そして曽根川が口にする台詞は、そのどれもが、単なるセールストーク以上の、心を掴んで巧みに撫でる響きを含んでいるように思えてならなかった。無論加賀とて、ただのトークに人を惹き付けるだけの価値を持たせることが、対人商売に必要なスキルの一環だと察することができないほど若くもない。第一、目を瞠るほどの美貌を持った凄腕のセラピストが、こんな草臥れた中年男に、必要以上のお世辞を言う必要性など微塵も感じられなかった。
「──さ、終わりました。じゃあ、うつ伏せでいきましょう。ごめんなさいね、さっきの痛気持ちいいの、ちょっと集中的にやらせて貰います。解してしまわないと、いずれ本格的に腰を痛めてしまいますから…」
「あぁ…極楽…。うん、このまま眠れたら、とても幸せだろうな──」
「あははッ、眠くなったら寝ちゃってくれても僕は構いませんよ。お客様が気持ちよくなってくれることが、一番嬉しいですから。加賀さん、ちゃんと触って気持ちいいところを教えてくれるから…そりゃあ、僕だってやる気になります」
「でも、こんなに気持ちがいいのに、寝たらもったいない気がしてね…」
それは褒め言葉なのか、何なのか。そう言われると妙に擽ったく、気恥ずかしい。
軽やかに笑いながらも、熱感を帯びた曽根川の指先は決して手抜きをすることはない。実のところ、心臓から遠いところを起点に、心臓に向けて施すのだというリフレクソロジーの施術とは、初めのうちこそ女性や洒落た若者のためのものなのではないかと不安に思っていたのだが、思ったより気取ったものではなくて、加賀は少々安心した。そして、曽根川の手が通り過ぎていった身体のパーツは、じんわりと熱を持ち、溶け、何かの重りから解放されたような軽さを感じる。
一度しかその腕前を味わっていなくともはっきりとわかる。彼は、間違いなく天性のセラピストだった。こんな技を知ってしまった今、そこらにある安い揉みほぐしの店では、到底満足できないのは目に見えている。加賀は、眦に薄い皺のある眼を細めて、ほぅ、と溜息を吐いた。
「パンドラの箱を開けてしまった気分だなぁ…」
「──うん?」
形の良い眉を片方上げて、曽根川は不思議そうに首を傾げる。
「だって、こんなテクニックを知ったら、もう他の整体やマッサージ店に行こうとは思えない。同じ体験は絶対にできないだろうから…」
「あらぁ、嬉しいお言葉ですね。…ずっと、うちに通ってくださって構わないんですよ…?僕も、加賀さんを飽きさせないように、いろんな技術を学んでおきますね…」
手を動かしながらも、双眸を細めて艶やかに笑う曽根川の表情と言葉には、男女問わずに作用する、魔性の魅力のようなものが備わっている風に思えてならなかった。一見して軽い、人誑しのようなクールな見た目や甘い物言いをしていても、その技術が上辺だけのものでないことは、彼に触れられている加賀自身が身を以て味わっている。
そして曽根川が口にする台詞は、そのどれもが、単なるセールストーク以上の、心を掴んで巧みに撫でる響きを含んでいるように思えてならなかった。無論加賀とて、ただのトークに人を惹き付けるだけの価値を持たせることが、対人商売に必要なスキルの一環だと察することができないほど若くもない。第一、目を瞠るほどの美貌を持った凄腕のセラピストが、こんな草臥れた中年男に、必要以上のお世辞を言う必要性など微塵も感じられなかった。
「──さ、終わりました。じゃあ、うつ伏せでいきましょう。ごめんなさいね、さっきの痛気持ちいいの、ちょっと集中的にやらせて貰います。解してしまわないと、いずれ本格的に腰を痛めてしまいますから…」
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