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第四章 Dio Perdito(ディ・オ・ペルディト)

Dio Perdito.7※

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 「──い…ぅ、…ッ…アァ──、は…ぁ…ッ──!」
 
 二人分の重みを受け止めた木の寝台が、ギシリと音を立てる。うつ伏し、腰だけを高く掲げて太い楔の抽挿を受け止めながら、ミディアンは、顔の見えない親友の、獣のように荒々しい息遣いだけを聞いていた。
 今となっては、この肉体は、友の手でどこにどう触れられても背徳の快感を覚えるように造り変えられている。血の薄い混血鬼ダンピールであるユージィンに、理性では到底抑えきれない満月の衝動があるということを知った十年ほど前のその日から、友のために差し出し続けていたこの身は、ミディアン自身も驚くほど速く交歓の悦楽というものに順応していった。それは、ユージィンが、ただ衝動を受け止めるだけの小さな肉体がひたすらに苦痛に耐え忍ぶことを快く思っていなかったせいもある。知り尽くされた身体の奥まで丹念に慣らされ、身体を繋ぐ時にどうあっても覚える最初の憂鬱な苦痛さえやり過ごしてしまえば、あとは頭の芯が蕩けて視界が弾けるような快感だけが延々とこの身を苛み続けた。
 
 「ん──、く、…うぅ──ッ…。」
 「…ほら、ミディアン。集中して。こっち──もっと気持ちよくなれるでしょ?」
 「や──あぁッ、──ん…っ──!…そこ…っ──。」
 
 体格相応に長大な男のものを飲み込んだはらの上、ちょうど快楽の拠点がある場所を真上からグリグリと押し込まれ、弓形に反らした背筋がビクンと跳ね上がる。そこに意識を向けるように仕向けられてしまえば、熱い楔で擦り付けられる度に下半身に波のような痺れが込み上げてきて、両指の先が白くなるほどシーツを握り締めて熱く喘いだ。潤滑のために使われた油と、ユージィン自身の零した体液とが混じり合い、奥を突かれる度にぐちゅ、ぐち、と耳を覆いたくなるようなみだらな音が響く。

 街にいた頃、娼館遊びでこの衝動を散らしていたのだというユージィンは、引っ込み思案で女性の肌に触れたことすらないミディアンより遥かに色事に長けていた。そんなユージィンが、必ずしも人間と同じような感覚で加齢していく訳ではないと知って、彼を無理矢理に説き伏せて人目を逃れながら辺境を放浪する生活を選んだのは他ならぬミディアンだった。幼い頃から寝食を共にしてきた、唯一の理解者ともいえるこの男と離れたくない。あわよくば、その身に流れる吸血鬼ヴァンパイアの穢れた血がもたらす苦痛から彼を解放することがミディアンの唯一の望みであることは変わらない。
 仮にも聖霊教会の聖堂番が金で春や色を買うなど、信仰心の篤い聖霊教徒セレスティオが多い辺境の地では到底受け入れられない、ふしだらにして不徳極まる行いだった。それが発覚してしまえば、敬虔な信徒からの糾弾は免れない。ならば何故、親友の苦悩の為にこの身を差し出さずにおられようかとミディアンは思う。
 健やかなる時、病める時。苦も楽も全てを分かち合える魂の友人であるからこそ、この倒錯した悦楽をも分かち合うことを選んだ。聖霊教徒セレスティオの司祭として、これが神と精霊の怒りを買う選択なのだとしたら、死後の裁きを経て氷獄の果てにでも落ちる覚悟がある。それでも、この心に迷いがない訳ではない。故に、媾合の最中に不意に気が散る瞬間があることは、ユージィンにはとっくに見透かされている。
 
 槍斧ハルバード使いの長く武骨な指が、腹の上から的確に泣き所の上を押さえてくる。身体の内側を突き荒らされるだけで下腹には熱が集まり、淡い茂みの中で、直接触れられることもなく男の証がそそり勃っていた。明らかに感じ切っているそこを手や口で高められることもあれば、中を突く刺激だけで頂上まで追い詰められることもある。獣の姿勢で最奥までぐずぐずに貫かれながら、ミディアンは、白く染まってゆく思惟の中、歯の根が合わなくなるほどの快楽の境地が迫っていることを薄っすらと悟っていた。

 「──ふ…ぁ、…ユー…ジィン──、…もう…イきそ──ッ、…だから──!」
 「…うん、いいよ。可愛いね。──今日は、こっちだけでイッちゃおうか──。」
 「は──ぁ、…そ…こ──、…も、無理──、ッ…!…ア、あぁ──ッ…!」

 背後から腰を捕まえたユージィンの手が、肌の打ち合う乾いた音を響かせながら、ミディアンの弱点ばかりを押し潰すように狙いすまして深々と抉り付けてくる。刺激されればされるほど、暴かれた内壁は意思とは無関係にきゅっと引き締まり、不規則に疼きながら親友の身体の一部を歓びと共にザワリと喰い締める。こうなれば、最早延々と続く悦楽の連鎖からは逃れられない。感じれば感じるほど奥への侵入を許してしまう淫らな隧道の締め付けに囚われ、ユージィンが重く息を飲むのが聞こえる。
 不意に、目の前で無数の閃光弾が真白く弾けた。汗ばむ全身ががくがくと戦慄き、快感のあまり飲み下し切れなかった唾液がはたはたと口角を伝い落ちる。思考回路を揉みくちゃにされるような強烈な絶頂感と共に、下腹部では芯が弾け、勢いよく精を噴き上げて清潔な亜麻布の寝具を汚した。愉悦を極めてびくびくと震える柔い内壁を灼熱の杭が幾度も擦り上げ、目の前で激しく火花が弾ける。果てもなく、延々と続く快楽の波。そこで気を遣ったばかりの弱点を気が狂うほどに攻め立てられ、逃れられない喜悦の中でシーツを掻き毟って藻掻くミディアンの両手の指に、ユージィンの指が荒々しく重なって強く握り締める。迷わずに、彼の指を握り返した。

 「──ッ…、ミディアン…!」
 「…う──あぁ、ア…ッ──。」

 感極まった、親友の声。腹の奥底で、溶けた鉄が爆ぜたかと錯覚した。ドクドクと脈打つ楔から吐き出される熱い体液をたっぷりと注ぎ込まれ、身体は為す術もなくそれを歓ぶ。男としての生理的な性感とは違い、奥を埋め尽くし、刺し穿たれて得る快感は、さざなみのように延々と続いて全身を支配する浮遊感を生み出した。そして、ミディアンを喜悦の境地に引き上げた男の体温が、落ち掛かる温かな汗が、紛れもない幸福感となってミディアンの中を満たしてゆく。

 「──ユージィン…。」

 涙の乾かぬ眦を、親友の手の甲に押し当て、荒い呼吸の中に彼の名を交える。そっと睫毛を伏せ、微笑と共に彼の手に頬を摺り寄せた。

 「…ずっと、一緒だ。君が望むことは、できることなら何でも叶える。──だから、傍にいて。」

 求めるのは肉と肉のただれた欲望ではなく、して、欲しいのは彼の心ではない。混じりけのない、純粋なる友への想いが、一人の武装司祭に許した選択がこれだ。

 嗚呼、それでも。と、ミディアンは内心で愁嘆する。同じ問いを、頭の中で幾度繰り返したかは解らない。
 
 大いなる神と精霊は、友と自分自身を何処へ導こうとしているのだろう、と。
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