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第三章 Duae Sankt(ドゥアエ・サンクト)

Duae Sankt.5※

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 「──ッ…。」

 ユージィンの手で亜麻布の肌着を剥がされ、二人の男は、一糸纏わぬ姿で素肌を重ね合わせた。互いに傷跡だらけの身体。だが、斬り込み役を担うユージィンの方が余程、その肌に残された傷の痕跡は多い。はやる広い背中を抱き寄せ、そこに残る盛り上がった傷跡のひとつひとつを指先で確かめながら、ミディアンは乱れていく息を整えるように深呼吸を繰り返す。初めのうちは痛みと苦しみだけしかもたらさなかった筈の行為は、繰り返し与えられ続けることで、別の感覚となってミディアンを追い上げるようになった。そして、裸で抱き合っていれば、嫌でもユージィンの昂る熱が身に触れ、どうしようもない燃えるような飢餓感の正体が伝わってくる。
 中分けにした、肩に掛からぬ程の黒髪を耳の後ろに掻き上げながら、明らかに余裕を欠いた表情でユージィンは笑う。

 「ごめんね。あんまり痛い想いばっかりさせたくないんだよ。」

 そう言って、ミディアンの鎖骨に、胸に、脇腹に、啄むような口付けを落として、二回りも小柄な体躯を大きく竦ませた。ユージィンは、親友である司祭が、苦痛の中に逃避しようとすることを快く思っていない。酷く痛めつけてくれていい、という懇願は幾度も無視され、彼の大きく分厚い掌は、いつもミディアンを壊れ物のように繊細に扱った。そして、また詫びの言葉を口にする。

 「──や…、ぁ…ッ…!」
 「ここが二階で良かったよ、覗かれる心配もない。だから、目一杯乱れてくれて構わない。──ここ、弄られるのスキだったよね?」

 熱く濡れた舌先で、胸の頂でツンと痼り固まった薄紅の突起をぺろりと舐め上げられ、ビクンと反れたミディアンの細い喉から思わず高い声が迸った。それを良いことに、右胸の頂をちゅっと音を立てて吸い上げながら、左胸の先端を指先で転がすように撫でる。そうされるだけで、腰骨の辺りにどくん、と疼きが走った。膝を立て、身を捩って束縛から逃れようにも、全身に靱やかな筋肉を纏った親友の重たい長身はびくともしない。寝台がキシキシと軋むばかりで、繊細な性感に翻弄されるばかりの眦がじわりと濡れ嫌でも息が上がっていく。

 「っく…ァ、──ぁ…ん…ッ──!」

 ふわりと癖掛かったミディアンの黒髪を、長い指を持つ大きな掌が包み込んで子供をあやすように幾度も撫でてくる。親友の手で与えられる肉体の喜悦に、尚も抗おうとする頑なな精神をほだす優しい手つきは、彼が、頑としてミディアンに苦痛のみを与えるつもりがないということを言葉もなく示しているようだった。


 満月の夜、ユージィンの心身を襲う粗暴な衝動の正体は、青白い月の明かりによって引き起こされるのではないかと漠然と考えたことがある。通常の人間には起こり得ない気質の変化の原因について調べようと、目についた闇の眷属についての研究書は全て読み漁ってきた。だが、相手が人ならぬモノである以上、何処まで行っても人間の身には憶測することしかできない。不確実な情報は物の役にも立たず、まして、聖具や祈祷の影響を受けず、聖霊教徒セレスティオとして人間と共存可能な程度に血の薄い混血鬼ダンピールが、自らの正体を進んでおおやけにすることで得られるものは何もない。大方、幼い頃に死に別れたという産みの母から、絶対に人に打ち明けてはいけない秘密として父という男の正体を聞かされていたというユージィンのように、決して暴かれないよう正体を隠し、ただの人間として生きているのが常だろう。
 満月の晩に強い眠り薬を飲んでも、抗えない情動が勝つばかりのユージィンは、自分自身の中に植え付けられた運命に心底から絶望していた。今にも死にそうな程に憔悴する友の姿を目にしたその時を境に、ミディアンは意味のない研究に没頭することを止めた。代わりに、ユージィンの全てをありのままに受け容れることで、彼の絶望を取り除くと心に誓ったのだ。
 たとえ、神と精霊が君の運命を否定しても、僕だけは君という男を全肯定する。
 それが、人間であるミディアンが三十年来の親友に対して示すことのできる、たったひとつの混じりけのない真心であった。


 ミディアンの、小柄だがしっかりと引き締まった胸元に唇を落としていたユージィンが、髪を掻き上げながら緩やかに体を起こす。立てた膝の内側をゆっくりと撫でられ、頬にさっと血が集まる感覚を覚えながらも、求めに応じてそっと脚を開いた。今にも組み敷いた身体に襲い掛かり、無理矢理に押し入って引き裂いてしまいたいほどの本能的な熱情に浮かされているのだろうに、ユージィンはいつもそれをじっと押さえてミディアンの身体を解きほぐしてくれる。たとえその懐柔が、ミディアンにとって残酷なものであったとしても。

 「──いい子。力抜いててね…。」

 厚い耳朶を一度啄んで宥め、ユージィンは、荒ぶる呼吸を押し殺しながら右手の指先に小瓶の橄欖オリーブ油をたっぷりとまぶす。それも、粗暴で不自然な生殖行為を受け止めるにはあまりにも小さなミディアンの身体に傷を付けないための、彼の優しさなのだ。

 「──ッ、ふ…ッ…。」

 身体の深みに宛がわれた指先が、油の滑りを借りてツプリと中に忍び込んでくる。羞恥のあまり脚を閉ざしてしまいそうになるのを必死で我慢しながら、他人の一部が身体の裏側に出入りするむず痒いような感覚に眉根を寄せ、浅い息を零した。ぬちぬちと音を立てて暴く指の数が慎重に増やされ、痛みではない奇妙な圧迫感の中でしきりと身悶えする。

 「っく──う──、…ん──、…ッ。」
 「かったら、イイって言って聞かせてよ。ね?一緒に気持ちよくなろう。…出来る?」
 「あ──ッ、や…、──そこ…だめ──ッ──!」

 もう既にミディアンの肉体を存分に知り尽くした指先が、下腹の裏側に宿る一点をコリコリと押し込むように刺激してくる。自分自身ですら触れたことのない場所に、こんな背徳的な感覚が隠されているとは思いもしなかった。二つの指が別の生き物のように交互に動いてそこを押し込む度に、瞬く間に脊柱を伝って脳天まで抜けるような快感が、撓る仕置きの鞭の如く幾度もミディアンを打ち据える。白く小柄な背筋を波打たせて喘ぐ様子を、瞳孔が大きく開いた鳶色の睛が尋常ならざる熱を帯びてじっと見つめていた。
 最早、二本の指という質量をすっかり受け容れて咥え込んだ淵に、三つ目の指先がひたりと宛がわれる。思わずビクリと竦み上がって強張る身体から無駄な力を抜こうと、空いた左手が、既に言い訳もできない程に高まったミディアンの下腹の屹立を包んで柔らかく扱き始めた。妻帯を許されない司祭であるが故、未だ女の肌を知らずにいる敏感な昂ぶりから生じる直接的な刺激に、四肢がくたりと蕩けた隙を見逃さず、三本目の指が、相当に太い質量となってずぶずぶと狭いししむらに分け入ってくる。

 「な──ッ?…ヒ…ぁ、──や…あ…あァ…、く…う──ッ…!」
 「…ッ、さすがにキツいね、でもさ、これくらいしとかないと、オレ、うっかりアンタを壊しちゃいそうでさ──。」

 束ねた指を三つ、ぐちゅぐちゅと抽挿してしっかりと路を付けながら、ユージィンは、息苦しささえ感じる強い刺激に打たれ、濡れた瞳を大きく見開いて激しく身体を震わせるミディアンの汗ばむ額に柔らかくくちづけを落とした。その優しさと、息詰まる強烈な圧迫感と快楽の境目が曖昧になっていくことへの恐れに挟まれ、咄嗟に腕を伸ばして相当に上背の高い親友の身体に強く縋り付く。

 「ユー…ジィン──、も…許し、て──。…ねぇ…お願い──!」

 これ以上蕩かされたら、何もかも終わるその前に自分自身がぐずぐずに溶けてしまいそうだった。心臓が激しく高鳴り、呼吸は弾み、濡れた眦からは次々と涙が溢れて止まらない。癖のある黒髪を振り乱して泣き喘ぐミディアンの言葉に、ユージィンは眉尻を垂れて、困ったような笑顔を浮かべる。すぐに、汗ばむ額に、頬に、鼻先に、そして薄く開かれた唇の高みに、チュッと音を立てながら軽やかな口づけが落ちてきた。
 ぬぷり、と、相応の質量である指の束が身体の深部から引き抜かれる。束の間の解放に安堵すると同時に、もどかしいような喪失感に苛まれて、ミディアンは柔らかく鼻を鳴らして細めた茶色の瞳に親友の顔を漠然と映した。度の強い眼鏡がなくても顔の見える距離で、熱に浮かされながらも友は穏やかに笑っている。ミディアンの中にある自己犠牲と自罰の感情を、ユージィンが好ましく思っていないことは知っていた。身体を繋ぐ快楽は自然なことで、悪ではないのだと繰り返し説いて聞かされ、幾度も身体ごと融かされて、遂にミディアンは、この一時のみの惑溺を甘受するようになっていた。今から、もっと深い場所を情け容赦なく貫かれるのだという昂揚感に、喉の高みをこくりと鳴らして彼の身体にしがみ付く。
 ユージィンの熱した腕が、ミディアンの細く、二回りは華奢な膝を抱え込んだ。そのまま両脚を腰に纏いつけるように導かれ、はち切れんばかりに熱した体格相応におおきな雄の切っ先がひたりと泥濘ぬかるみ開かれた場所に宛がわれる。ここに至るまで、彼がどれだけ本能的な欲望を理性で押さえ込んでいたのかは想像に難くない。たとえ心身を満月の毒に侵されても、あくまでも大事な友の身体に傷を負わせたくない、というユージィンの想いが愛おしくて、ミディアンは柔らかく息を吐きながら両腕で、両脚で、彼の逞しい身体をぎゅっと抱き取った。

 「──ごめん。もう限界なんだ。いくよ、ミディアン…。」
 「う…ん、──ぁ、来て、ユージィン…。──ぁ、あぁ、ア──ッ、…く…あぁ…!」

 いくら不必要だと言い聞かせても、彼は常に謝罪の言葉を口にする。だが、それが文字通り、彼の理性の本当の『限界』であったのだ。食い締められた歯の間から溢れる荒々しい呼吸はさながら獣のそれで、押しつけられた熱い肉槍の切っ先は、やや性急にズブリと穿ち込まれ、辛うじて受け止めきれる程度によく慣らされた肉の隧道を掻き分けて、指より遥か深いところをずぶずぶと犯していく。
 身体の内側を焼き尽くす程に熱く、苦しく、そして果てしなく続く侵入の快感に苛まれ、殺し切れない声を張り上げながら思わず友の背中にカリ、と浅く爪を食い込ませた。それを意に介することもなく、腰を突き上げるように揺さぶって、ユージィンは繋がりを深めに掛かる。先程まで指で散々に慣らされていた一点を幾度も押し潰され、仰け反るミディアンの視野に閃光弾のような白い火花が幾度も弾けた。
 荒い息の中で、恍惚と彼が呟く。

 「っは、すごく──イイ。…オレもくするから──だから、許して。」
 「…やッ──、ァ、──ひぁッ──!…っく、う…ぁ…ッ──!」

 抱え込んだミディアンの身体を揺さぶりながら、ユージィンはガツガツと腰を打ち付けて深みを穿つ。抱き合う身体の間には、どちらのものかも分からない汗が滲み、しっとりと肌を濡らしていた。箍が外れ、欲望のまま身体をぶつけるように攻め立ててくるユージィンの楔が快楽の拠点を擦る度、受け容れた柔い肉の隧道が反射的にきゅぅっと引き締まる。荒々しく身体の深みを抉る怒張が最奥を突く度、堪え切れない何かがジンと腰回りを疼かせながら下腹部からせり上がってきて、次第に何も考えられなくなっていく。

 「──は、…ア、──深…ッ、そこ…っ──、ッぁ、も…、駄目──っ…!」
 「いいよ…イッちゃっても。──でも、オレは…もうちょっと、ダメだ。…ごめんね。」

 込み上げる衝動に心まで蕩かされ、腕で、足で、ぎゅっとユージィンにしがみ付く。そこで背徳の快感を拾い上げることに慣れてしまった腹の内側が不随意にびくびくと戦慄わなないた。尚も激しく貫かれ、遂に、ミディアンの中で張り詰めていたものが堰を切ったように激しく溢れる。零れる涙でまともに見えない視野の中で、稲光のようなものが幾度も激しく爆ぜた。

 「うァ…あ、ぁ、…ああぁッ──、は…ァッ──!」
 「──ッ…!」

 ユージィンの背肌にきつく爪を食い込ませ、ふるりと身体を震わせながら、互いの身体に挟まれて緩やかに煽られていた雄の器官から断続的に精を迸らせる。触れ合う二つの肉体を濡らし、急速に乾く不快なそれ。男に貫かれるだけで絶頂を覚えるようになった罪深い身体は、しかし、果てを見たところですぐに解放されることはない。

 「ひッ…ァ、──や…あぁッ──!イっ…あぁッ…、ッく…ぁ──!」
 「…うん、イッたばっかりでくすぐったいし、苦しい、よね?──ごめん…。」

 今のユージィンは、満月の狂気に支配された一頭の獣だった。理性の力で爆発的な欲求を抑え込むことができない、それが混血鬼ダンピールごう。ぎゅうぎゅうと絡み付く肉壁を分けて自分自身の快楽を極めるために激しく腰を使い、じゅくじゅくと卑猥な音を立ててミディアンを繰り返し貫き、それでも彼は詫びの言葉を口にする。
 激しく明滅を繰り返す視界には、白以外何も見えない。神経が焼き切れそうな程に強過ぎる快感がミディアンを打ちのめし、強引に絶頂に引き摺り上げられた下腹部がまたぴしゃりと白濁を吐き出す。だらしなく開いたままの唇の端から、言葉にならない嬌声と共に一滴の唾液がとろりと零れた。それをも無我夢中で舐め取る熱い唇と、舌がある。
 焼けた鉄の杭で貫かれている気分だった。すっかりユージィンの一部を覚えた肉体は、多少荒々しく穿たれたところでそれを倒錯的な快楽としか識別しない。幾度も愉悦の極みに引き摺り上げられ、尚も貪欲な雄の欲望を拒まずに受け入れながら、ぼんやりと霞み始める意識の下で、ぎゅっと親友の身体を抱き締めた。



 「──ねぇ、ミディアン。…ミディアン…?」

 軽く頬を叩かれ、暫し落ちていた気絶の淵からようやく自らの意識を引き摺り上げる。事の半分ほどは、ミディアンが前後不覚になるまで終わらないのが常だった。激しい情事の痕跡は、ユージィンの手によってすっかり拭い去られているようだったが、相変わらず息は弾んで全身は汗ばんでいたし、太く大きな楔を呑み込んでいた両脚の間が酷く疼いて、心許こころもとない。
 疲弊しきった四肢を寝台の上に投げ出し、ミディアンは視線だけを巡らせてユージィンの顔を見詰める。大丈夫だ、と伝えるように双眸を細め、ミディアンにぴたりと添って寝台に身を横たえながら激しい情事の余韻を味わう親友の肩に、ことんと首を倒して頭の重みを預けた。

 「──オレを造った親父とやらも、とんだクソ野郎だったんだろうな。…大方、信心深かったお袋を手籠めにして、そんで生まれたのがオレだってのは、物心ものごころついていく中で察したよ。」

 幾度か、ユージィンのそんな自嘲を聞いたことがある。ひとたび衝動が収まれば、後で襲い来るのは痛烈な深い後悔だ。だが、ミディアンは、ユージィンの感傷を決して認めなかった。たとえ彼自身が彼を否定しても、自分は彼を決して否定しない。そう心に決めたから、教義に反した行いを、『救済』として受け入れたのだ。二人でひとつ、弐身一霊ドゥアエ・サンクト。ならば己はどこまでも、己の写し身に寄り添い続ける。

 「──それでも。」

 ゆるゆると力の入らない片手を伸ばして、複雑な表情でミディアンの癖毛を指先で柔らかくくしけずっているユージィンの頬の高みをそっと撫でた。

 「君がこの世にいてくれなかったら、僕は、今でも、ずっと一人だったよ。」
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