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プロローグ

SODOMの奴隷調教師

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 「──…おい。…おい、いい加減に目を開けろよ、──おい。」
 誰かがペチペチと執拗に頬を叩く感触が、真治の意識を無理矢理に気絶の沼底から現実に引き上げた。だるい、疲れた、もう少し寝かせて欲しい。日常的に覚え続けていた根本的な想いを抱きながらも、まぶたをそろそろと持ち上げて恐る恐る周囲を見渡す。真治の視界には、白い靄が掛かったように霞んでいた。ぱちぱちとまばたきを繰り返すうちに、ようやくまともに目の焦点が合うようになってくる。
 
 「──う…、ん…。」
 低くうめいて、ゆっくりと辺りを見渡した。ここはどこで、自分はどうなってしまったのだろう。記憶は混濁してまだ何も思い出せないが、妙に窮屈な恰好で椅子のようなものに座らせられていることだけは解った。ふるりと頭を揺らしながら手足を伸ばそうとしたところで、ガツン!という衝撃と共に両手両足首の動きを阻まれる。そこで、一気に思考が冷えた。

 「──え…?…ちょっと…何だよ、これ──っ!」
 目覚めてみれば、真治は、婦人科の分娩台のような足置きがついた椅子に深々と座らされているのだ。そして、両手首はひじ掛けに、両足首は大きく開いた足置きにそれぞれ革のベルトで固定され、身動きが取れない。おまけに、ひやりと外気を感じる身体は一糸纏わぬ素っ裸に剥かれている。あまりの恥ずかしさと訳の分からなさに混乱しながらガチャガチャと拘束を揺らして暴れる真治の頭の上から、異様に暢気で間延びした若い男の声が振ってきた。

 「あー、やっと起きたか。待ちくたびれたぜ。」
 「──えっ…!」
 身体の奥まで曝け出す、ずかしい姿勢のままで、真治は声の主を見上げて絶句する。
 眼の前に立って腕組みをしているのは、どう見ても身長が百九十センチ以上はありそうな、褐色の肌をしたとても背の高い若い男だった。真っ直ぐに伸びた長い藍色の髪を首の後ろでひとつに束ね、髪と同じ深い藍色の瞳が、かなり高いところからしげしげと真治を見下ろしている。
 高い鼻に切れ長の目をした、整った青年の顔立ちは二十代の半ば程度であるように見えたが、そんなことより何より真治が驚愕に凍り付いたのは、彼が、横に突き出した細長く先の尖った耳朶と、山羊のように軽く反った象牙色の二本の短い角を持っていることだった。明らかに人間のそれではない片耳の先をぴくぴくと震わせる男は、まるで値踏みをするように腰を屈めて真治の顔を覗き込み、右手を伸ばして短い黒髪をぐっと掴んで上向かせてくる。
 「…い、痛──っ…!」
 「黒髪に、黒い眼。どんな交配をすればこんな人間が生まれるんだ?こりゃ、突然変異のとんだ稀少種じゃないか。それに、首輪も嵌められてなければ、持ち主の名前が彫り込まれている訳でもない…。見た目の齢にしちゃあ、性奴隷セクシズらしい傷もねぇときた。お前、誰に飼われてて、どっから逃げてきたんだ?あン?」

 青年の言っていることが、真治にはまるで理解できなかった。絵本に出てくる悪魔のような姿をした、腰にベルトのついた膝丈の短いローブを身に纏った青年は、眉間に皺を寄せながら難しい表情で真治のあちこちに観察の視線を注いでいる。そこで初めて、真治はハッと我に返った。こうなるまでの自分の行動もおぼろげに思い出しはしたが、何より、他人に見せてはいけない両脚の間まで丸見えになるような格好で縛り付けられていることが恥ずかしくて仕方がない。頬から耳の先、そして全身がさっと熱くなり、どうにか拘束から抜け出そうと身をよじって藻掻もがく。
 線路の先はやっぱり地獄に繋がっていて、そこには悪魔がいるのだろうか。しかし、何が目的でこんな姿勢を取らされているのかは全く分からない。

 「…い、嫌です…、こんな──こんな恥ずかしい格好…っ!…どうして…、どうして、僕にこんなことをするんですか…!離して、服を着させて下さい──!」
 「ハぁ?」
 細長い耳朶を持ち、山羊のような角を生やした青年は、あからさまに唇を歪めてフン、と鼻を鳴らした。やおら真治の顎先を捕まえると、グイッと力を込めて無理矢理に視線を重ねてくる。
 「何言ってやがる。性奴隷セクシズの分際で。人間が、服だと?寝言も大概にしろ。──そういえば、変な趣味の服を着せられてたようだが、元の持ち主はお前にどんなしつけを入れたんだか。…まあ、いい。首輪ナシの人間なんか、逃がした方が悪い。この奴隷調教師のザラキア様が徹底的に調教し直して、売り物にしてやる。」
 「に──人間…?…調教…?──そ、それじゃ、ここはやっぱり地獄で…僕は、悪魔を見ているのか…?」

 ザラキア、と名乗った褐色肌の美しい青年は、すっかり怯えてすくんだ真治の双眸を見下ろして、顔に垂れ掛かる前髪を掻き上げながらニヤリとわらった。

 「お前、自分がいる場所も忘れたのかよ。ここはソドムの街だろ?それに俺は悪魔デーモンじゃねぇ、上級淫魔インキュバスだ。」
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