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枯葉の褥.7
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赤面し、戸惑う年嵩の蝶を押さえ込んでおきながら、シノノメは牙を覗かせてさも意地悪げな笑みを浮かべている。寝床の暗がりであっても、ここまで近くにいれば、表情の仔細を伺い見るのは容易い。彼の青い眸の中にあるのは、欲情の色ではなく、純粋な興味と愉悦の色だ。粗暴な交尾への欲求より、今は腹を満たしたばかりで眠たいのだろうということが見て取れるように、その瞼は幾度も緩やかな瞬きを繰り返している。
「──好きにしろよ。」
「…え──?」
不意に、軽々と掴み上げられていた両手からシノノメの指がするりと離れる。こんなにも羞ずかしい大失態を犯したというのに、若い雄蜘蛛は、それ以上ムラサキを揶揄することも、嘲ることもなかった。
呆気に取られて焦茶の眼を見開くムラサキの手を取り、シノノメは自らの短い桃色の髪と、首筋にそれぞれ導く。ムラサキが夢現の国から我に返った時、この手があった、その場所だ。
「…気持ちが悪かったら、最初から好きにはさせてねぇよ。ん、もっと撫でてみろ──。…そうだ、蝶の習性って奴は、割と気持ちがいい…。悪くねえ、気に入った。…俺が寝るまで、好きにやってていいぞ。」
「──そういう、ものかい…?」
横柄な物言いだが、シノノメは、こうしてムラサキに触れられているのが心地いいらしい。実際、番った相手にそうするように、髪を指の間に柔らかく潜らせ、すらりと長い首筋をそっと撫でてやるだけで、シノノメは緩やかに溜息を零して薄く目を閉ざす。
この身を雌として扱い、貫いて鳴かせてくる雄の蜘蛛に胡蝶独特の愛撫を施しながら、ムラサキは複雑な心境を抱えていた。無意識のうちに取っていた行動をそれとつまびらかに知らしめられてしまえば、自らこの雄蜘蛛の番の雌であることを認めているような気になる。しかし、共寝をした相手に触れたくなるのは、最早本能的な欲求なのだ。第一、そうするように求められてシノノメの身体に触れていても、恐怖や嫌悪感は全く覚えない。
すり、と銀の輪が幾つも穿たれた耳の後ろを親指の腹で撫で下ろしてやると、それが大層気に入ったのか、シノノメは咽喉を鳴らしながら片腕を回してムラサキの身体を引き寄せてきた。唐突な行為に驚き、眼を瞠ったが、大柄な蜘蛛の高い体温に包まれているのは、日向で翅を伸ばしている時に感じるものと同じ種類の心地良さを与えてくれる。
せめて、裸身の上に襦袢の一枚でも羽織らせて欲しかったのだが、うつらうつらと眠りに落ちつつあるシノノメにこの願いは届かないだろう。
溜息を零した唇の上に、シノノメの熱い唇がそっと触れるように重なってくる。ただ押し当てるだけの、淡いくちづけだった。
「…ぁ。」
「──こっちは、後だ。…今は、眠い。……寝かせろ。」
先程、無意識のうちにムラサキがしようとしていたことを、全て味わってやった。そう言わんばかりに重たげに呟いて、シノノメは寝息を立て始める。
その腕に抱かれながら、ムラサキは、少なからぬ葛藤と共に瞼を伏せた。気紛れで乱暴なシノノメが、交尾の時以外に愛撫らしい愛撫を施してきたのは、これが初めてだった。
「──好きにしろよ。」
「…え──?」
不意に、軽々と掴み上げられていた両手からシノノメの指がするりと離れる。こんなにも羞ずかしい大失態を犯したというのに、若い雄蜘蛛は、それ以上ムラサキを揶揄することも、嘲ることもなかった。
呆気に取られて焦茶の眼を見開くムラサキの手を取り、シノノメは自らの短い桃色の髪と、首筋にそれぞれ導く。ムラサキが夢現の国から我に返った時、この手があった、その場所だ。
「…気持ちが悪かったら、最初から好きにはさせてねぇよ。ん、もっと撫でてみろ──。…そうだ、蝶の習性って奴は、割と気持ちがいい…。悪くねえ、気に入った。…俺が寝るまで、好きにやってていいぞ。」
「──そういう、ものかい…?」
横柄な物言いだが、シノノメは、こうしてムラサキに触れられているのが心地いいらしい。実際、番った相手にそうするように、髪を指の間に柔らかく潜らせ、すらりと長い首筋をそっと撫でてやるだけで、シノノメは緩やかに溜息を零して薄く目を閉ざす。
この身を雌として扱い、貫いて鳴かせてくる雄の蜘蛛に胡蝶独特の愛撫を施しながら、ムラサキは複雑な心境を抱えていた。無意識のうちに取っていた行動をそれとつまびらかに知らしめられてしまえば、自らこの雄蜘蛛の番の雌であることを認めているような気になる。しかし、共寝をした相手に触れたくなるのは、最早本能的な欲求なのだ。第一、そうするように求められてシノノメの身体に触れていても、恐怖や嫌悪感は全く覚えない。
すり、と銀の輪が幾つも穿たれた耳の後ろを親指の腹で撫で下ろしてやると、それが大層気に入ったのか、シノノメは咽喉を鳴らしながら片腕を回してムラサキの身体を引き寄せてきた。唐突な行為に驚き、眼を瞠ったが、大柄な蜘蛛の高い体温に包まれているのは、日向で翅を伸ばしている時に感じるものと同じ種類の心地良さを与えてくれる。
せめて、裸身の上に襦袢の一枚でも羽織らせて欲しかったのだが、うつらうつらと眠りに落ちつつあるシノノメにこの願いは届かないだろう。
溜息を零した唇の上に、シノノメの熱い唇がそっと触れるように重なってくる。ただ押し当てるだけの、淡いくちづけだった。
「…ぁ。」
「──こっちは、後だ。…今は、眠い。……寝かせろ。」
先程、無意識のうちにムラサキがしようとしていたことを、全て味わってやった。そう言わんばかりに重たげに呟いて、シノノメは寝息を立て始める。
その腕に抱かれながら、ムラサキは、少なからぬ葛藤と共に瞼を伏せた。気紛れで乱暴なシノノメが、交尾の時以外に愛撫らしい愛撫を施してきたのは、これが初めてだった。
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