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枯葉の褥.6
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「…互いの身体に触れながら気分を高めて、合間に身体を重ねて、誰にも知られない梢の葉陰で半日を過ごす…。それを、暖かい季節に何度も繰り返す。──隣で誰かが寝ていることなんて、番いの相手以外に居なかったから…きっと、癖で間違えたんだ。──すまない、忘れてくれ…。」
「嫌だね。」
如何に寝惚けていたとはいえ、よもや捕食者である毒蜘蛛の若者を、番いの雌蝶と間違えるとは。全く血迷ったとしか考えられないムラサキの、深く恥じ入りながらの告白を、しかしシノノメは、白い毒牙を覗かせてニヤリと笑いながらただ一言で退けた。両手首を軽々と掴まえられ、引き上げられて、赤面しきった顔を隠すことも出来ずにシノノメと向かい合う格好になる。
実のところ、暗がりで激しすぎる情交の相手をさせられている時、彼の顔をじっくりと見ている余裕は殆どない。眼の周囲を黒く翳らせた雄の蜘蛛は、通った鼻筋とくっきりとした二重の瞼を持ち、見慣れない顔立ちでこそあるがなかなかに男振りがよかった。
若々しく、力も強く、精力に満ち溢れた雄の蜘蛛。同種の雌が袖にするとはそう思えない彼は、嵐に巻き込まれ、たった一匹で海の向こうから流れ着いたのだという。ことによると、亜種の蟲人との間には一代限りの雑種の仔を残せるのかもしれなかったが、少なくともムラサキは、シノノメと同じ姿形をした毒蜘蛛を見たことはない。
同じ蜘蛛といえども、巣を張らない狩人である地味な足高蜘蛛や、中空に巣を張り巡らせる派手な着物の女郎蜘蛛とも姿形や性質が全く異なるシノノメは、森に棲むどの蜘蛛の雌とも番いになることはできないだろう。
無慈悲な自然の手によって異郷の森に放り込まれた異種の蜘蛛は、番う相手もなく、一匹で寒く厳しい冬を生き抜く他にない。対抗方法のない強大な力を駆使して落とした蜜蜂の要塞で、孤独な冬を過ごすシノノメは、まだ若く雄々しいにもかかわらず、甘い匂いに釣られて迷い込んだ四十五令の破れ蝶と同じ境遇を抱えていた。
異種の雄にこうして触れられたことも、触れたこともないムラサキは、蝶のそれより遥かに高い彼の体温に戸惑いを覚える。だが、うららかな春の陽だまりを思い出させる温度は、胡蝶にとって心地の好いもの。彼が恐ろしい毒蜘蛛だということも忘れて夢現のうちに身を摺り寄せてしまったのだという気恥ずかしさが、白い頬を薄紅色に染め上げ、意地悪そうに細むシノノメの青い睛を真っ直ぐに見詰めることが出来ずにいる。
「忘れるも何も、今に始まったことじゃねぇぞ、お前が半分眠りながらベタベタ触ってくるのは。どうせ寝惚けてるんだと大して気にもしていなかったが、蝶に喰われそうになったのは初めてだったからな。それに、どれだけ離れて寝てたって、近頃は気が付けば鬱陶しいくらいに近くにいる。…何だ、お前、俺を雌蝶と間違えていたのか。」
「…ちっとも、気が付かなかった──。…えぇと、それは…その。──君の…身体は、とても温かいから。──知らないうちに…近づいていたんだね。うん…、もっと、離れるようにするよ…。」
穴があったら入りたいし、今すぐこの枯葉の山の中に潜り込んでしまいたい。シノノメの口から告げられたのは、ムラサキにとって途轍もなく羞ずかしい真実だった。
番いの雌にすることをシノノメの身に施して、その上、気付かぬうちに寄り添って眠っていたことを知らされ、元々低い身体の温度は上がっていくばかりだ。どんなに屈辱的な姿勢で犯されても、口を使って淫らなことをしろと言われても、これ程までに恥ずかしいと感じたことはなかった。
「嫌だね。」
如何に寝惚けていたとはいえ、よもや捕食者である毒蜘蛛の若者を、番いの雌蝶と間違えるとは。全く血迷ったとしか考えられないムラサキの、深く恥じ入りながらの告白を、しかしシノノメは、白い毒牙を覗かせてニヤリと笑いながらただ一言で退けた。両手首を軽々と掴まえられ、引き上げられて、赤面しきった顔を隠すことも出来ずにシノノメと向かい合う格好になる。
実のところ、暗がりで激しすぎる情交の相手をさせられている時、彼の顔をじっくりと見ている余裕は殆どない。眼の周囲を黒く翳らせた雄の蜘蛛は、通った鼻筋とくっきりとした二重の瞼を持ち、見慣れない顔立ちでこそあるがなかなかに男振りがよかった。
若々しく、力も強く、精力に満ち溢れた雄の蜘蛛。同種の雌が袖にするとはそう思えない彼は、嵐に巻き込まれ、たった一匹で海の向こうから流れ着いたのだという。ことによると、亜種の蟲人との間には一代限りの雑種の仔を残せるのかもしれなかったが、少なくともムラサキは、シノノメと同じ姿形をした毒蜘蛛を見たことはない。
同じ蜘蛛といえども、巣を張らない狩人である地味な足高蜘蛛や、中空に巣を張り巡らせる派手な着物の女郎蜘蛛とも姿形や性質が全く異なるシノノメは、森に棲むどの蜘蛛の雌とも番いになることはできないだろう。
無慈悲な自然の手によって異郷の森に放り込まれた異種の蜘蛛は、番う相手もなく、一匹で寒く厳しい冬を生き抜く他にない。対抗方法のない強大な力を駆使して落とした蜜蜂の要塞で、孤独な冬を過ごすシノノメは、まだ若く雄々しいにもかかわらず、甘い匂いに釣られて迷い込んだ四十五令の破れ蝶と同じ境遇を抱えていた。
異種の雄にこうして触れられたことも、触れたこともないムラサキは、蝶のそれより遥かに高い彼の体温に戸惑いを覚える。だが、うららかな春の陽だまりを思い出させる温度は、胡蝶にとって心地の好いもの。彼が恐ろしい毒蜘蛛だということも忘れて夢現のうちに身を摺り寄せてしまったのだという気恥ずかしさが、白い頬を薄紅色に染め上げ、意地悪そうに細むシノノメの青い睛を真っ直ぐに見詰めることが出来ずにいる。
「忘れるも何も、今に始まったことじゃねぇぞ、お前が半分眠りながらベタベタ触ってくるのは。どうせ寝惚けてるんだと大して気にもしていなかったが、蝶に喰われそうになったのは初めてだったからな。それに、どれだけ離れて寝てたって、近頃は気が付けば鬱陶しいくらいに近くにいる。…何だ、お前、俺を雌蝶と間違えていたのか。」
「…ちっとも、気が付かなかった──。…えぇと、それは…その。──君の…身体は、とても温かいから。──知らないうちに…近づいていたんだね。うん…、もっと、離れるようにするよ…。」
穴があったら入りたいし、今すぐこの枯葉の山の中に潜り込んでしまいたい。シノノメの口から告げられたのは、ムラサキにとって途轍もなく羞ずかしい真実だった。
番いの雌にすることをシノノメの身に施して、その上、気付かぬうちに寄り添って眠っていたことを知らされ、元々低い身体の温度は上がっていくばかりだ。どんなに屈辱的な姿勢で犯されても、口を使って淫らなことをしろと言われても、これ程までに恥ずかしいと感じたことはなかった。
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