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枯葉の褥.1 ※
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変わらぬ日々が続いた。春の訪れる気配は未だなく、月夜のように光る茸だけが内側を照らす木の洞で、ムラサキは眠り、食べ、歩き、そして若い雄蜘蛛の気紛れな交尾衝動の餌食にされる。
「──ふッ…、ん…ぅ──、ッ、あぁ──!」
枯葉の褥の上で裸に剥かれ、仰向けにされた上から、上背の高い黒い雄蜘蛛が圧し掛かってくる。その舌先にじっくりと柔肌を擽られ、ムラサキは熱い吐息を零した。
十分な食べ物、それに身体を身綺麗にしても有り余る水が蓄えられている蜜蜂の宮殿で過ごす冬は、皮肉なことにムラサキの肉体に喪われていた若々しさというものを取り戻させてくれた。
昼の間、気が向いた時には複雑に入り組んだ巨木の洞を歩いて散策し、シノノメが起き出す夜は専ら枯葉と乾いた苔で作られた心地のいい寝床で過ごす。この時期、本来は冬眠して過ごす筈のムラサキが、外の世界では生きる術を持たないということをシノノメは心得ていて、自分が寝ている間にムラサキが何処へ行っても、咎めることはせず、関心もないようだった。
淡い月光にも似た月詠茸の光は、茸が育つ程に木の洞の中に広がって、太陽の下を翔ぶ蝶の眼でも暗がりを見通せるまでになっている。元は蜜蜂の住処だった要塞の床で、ムラサキはある日、目の粗い柘植の櫛を拾い上げた。それは、嘗ての住人が毒蜘蛛の襲撃を受け、巣を放棄して移動する際に落としていってしまったものであろうか。丁寧に磨かれた手作りの櫛をそっと袂に仕舞い込み、毎日、葡萄茶色の長い髪を整えるのに使った。腰の丈まで伸びたムラサキの髪には所々に白い糸が交じってこそいたが、艶やかで指通りがよく、翅の生えた背の中央を豊かな滝のように流れている。
もっとも、どれだけ丹念に身繕いをしても、長い髪を梳き整えて髪裾を紐で結ったとしても、それはいつも若い毒蜘蛛の手で好きなように崩されてしまった。ムラサキがきっちりと着付けた着物を乱し、全身余すところなく触れて回るのを、若い外来蜘蛛のシノノメは殊の外に愉しんでいる風情であった。
幾度も交尾の真似事を繰り返すうちに、初めはただ吐精を求めて闇雲に、乱暴に動くだけだった若い雄の手管は、少しずつ変化していった。ムラサキの上翅から漂う、本来は同種の雌を引きつけるための香気は、ムラサキが昂ぶれば昂るだけ派手に立ち昇るのだということを学んだシノノメは、交わる前に蝶の肉体を丹念に弄ぶようになった。
気の遠くなるほど長い、無限にも近しい越冬の宮殿に流れる時間の中、退屈を持て余したシノノメの手が、ムラサキ自身ですら知らなかった感覚をひとつひとつ見つけ出しては、丹念に掘り起こす。雄蝶の肉体に眠っているとは考えたことさえなかった甘い快楽を生じさせる神経は、そこを暴いたシノノメの手によって磨き上げられ、より一層研ぎ澄まされてゆく。
脇腹に、首筋に、胸の上に息衝く、痺れるような感覚の存在を思い知らされることは、ムラサキにとって絶望と屈辱以外の何物でもない。
雌の交接器ではない身体の奥処に雄の交尾器を受け容れて不自然に絶頂するようになった自分自身が、更に輝かしい『蝶の王』であった頃の自分から懸け離れていくようで、寒風吹き荒ぶ外の世界よりも更に寒々しい荒廃が心の中に雪崩れ込んでくる。
しかしそんなムラサキの意に反して、無理矢理に発情するように仕向けられた肉体は、シノノメの酷薄なまでに執拗な手管を受けて常に容易く掻き立てられた。
変わらぬ日々が続いた。春の訪れる気配は未だなく、月夜のように光る茸だけが内側を照らす木の洞で、ムラサキは眠り、食べ、歩き、そして若い雄蜘蛛の気紛れな交尾衝動の餌食にされる。
「──ふッ…、ん…ぅ──、ッ、あぁ──!」
枯葉の褥の上で裸に剥かれ、仰向けにされた上から、上背の高い黒い雄蜘蛛が圧し掛かってくる。その舌先にじっくりと柔肌を擽られ、ムラサキは熱い吐息を零した。
十分な食べ物、それに身体を身綺麗にしても有り余る水が蓄えられている蜜蜂の宮殿で過ごす冬は、皮肉なことにムラサキの肉体に喪われていた若々しさというものを取り戻させてくれた。
昼の間、気が向いた時には複雑に入り組んだ巨木の洞を歩いて散策し、シノノメが起き出す夜は専ら枯葉と乾いた苔で作られた心地のいい寝床で過ごす。この時期、本来は冬眠して過ごす筈のムラサキが、外の世界では生きる術を持たないということをシノノメは心得ていて、自分が寝ている間にムラサキが何処へ行っても、咎めることはせず、関心もないようだった。
淡い月光にも似た月詠茸の光は、茸が育つ程に木の洞の中に広がって、太陽の下を翔ぶ蝶の眼でも暗がりを見通せるまでになっている。元は蜜蜂の住処だった要塞の床で、ムラサキはある日、目の粗い柘植の櫛を拾い上げた。それは、嘗ての住人が毒蜘蛛の襲撃を受け、巣を放棄して移動する際に落としていってしまったものであろうか。丁寧に磨かれた手作りの櫛をそっと袂に仕舞い込み、毎日、葡萄茶色の長い髪を整えるのに使った。腰の丈まで伸びたムラサキの髪には所々に白い糸が交じってこそいたが、艶やかで指通りがよく、翅の生えた背の中央を豊かな滝のように流れている。
もっとも、どれだけ丹念に身繕いをしても、長い髪を梳き整えて髪裾を紐で結ったとしても、それはいつも若い毒蜘蛛の手で好きなように崩されてしまった。ムラサキがきっちりと着付けた着物を乱し、全身余すところなく触れて回るのを、若い外来蜘蛛のシノノメは殊の外に愉しんでいる風情であった。
幾度も交尾の真似事を繰り返すうちに、初めはただ吐精を求めて闇雲に、乱暴に動くだけだった若い雄の手管は、少しずつ変化していった。ムラサキの上翅から漂う、本来は同種の雌を引きつけるための香気は、ムラサキが昂ぶれば昂るだけ派手に立ち昇るのだということを学んだシノノメは、交わる前に蝶の肉体を丹念に弄ぶようになった。
気の遠くなるほど長い、無限にも近しい越冬の宮殿に流れる時間の中、退屈を持て余したシノノメの手が、ムラサキ自身ですら知らなかった感覚をひとつひとつ見つけ出しては、丹念に掘り起こす。雄蝶の肉体に眠っているとは考えたことさえなかった甘い快楽を生じさせる神経は、そこを暴いたシノノメの手によって磨き上げられ、より一層研ぎ澄まされてゆく。
脇腹に、首筋に、胸の上に息衝く、痺れるような感覚の存在を思い知らされることは、ムラサキにとって絶望と屈辱以外の何物でもない。
雌の交接器ではない身体の奥処に雄の交尾器を受け容れて不自然に絶頂するようになった自分自身が、更に輝かしい『蝶の王』であった頃の自分から懸け離れていくようで、寒風吹き荒ぶ外の世界よりも更に寒々しい荒廃が心の中に雪崩れ込んでくる。
しかしそんなムラサキの意に反して、無理矢理に発情するように仕向けられた肉体は、シノノメの酷薄なまでに執拗な手管を受けて常に容易く掻き立てられた。
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