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毒蜘蛛.2
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「それだ。その翅が、イラつく匂いをさせてる。──あぁ、そういえば、蝶って奴は、翅の匂いで雌を釣るんだったな…。今から蜘蛛に喰われてゆっくり死のうとしてるってのに、まだ交尾相手を誘えるのか。淫乱な生き物だ。」
「違──ッ…!そんな筈は…!」
頭上から浴びせ掛けられる屈辱的な言葉が、零落したとはいえ蝶の王という二つ名を恣にしたムラサキの矜持に少なからず突き刺さる。確かに、雄の蝶の鱗粉が放つ芳香は、繁殖期で気もそぞろになった雌を手元に引き寄せ、甘く求婚の誘いを掛ける為にある。だが、それは同種の雌にしか嗅ぎ取れない薫りで、外つ国の毒蜘蛛の、しかも雄に対して働きかけるものでは、本来は、ない筈だ。
否定の言葉と共に横に揺らそうとした頤を強い力で阻まれ、その指先にギリギリと無慈悲な力が籠もる。鈍い痛み、そして捕食者への恐れと嫌悪に駆られて無意識に翅を震わせる度、蜘蛛の面輪に宿る昏い苛立ちと指の力とが、相互に強まっていくようだった。
「雄を誘う雌の匂いを、何で老いぼれの羽虫如きがさせてやがるんだよ…。クソ、イラつくな、テメェのその目障りな翅、今すぐにでも引き千切ってやりてえが、ただ殺しちまっても面白くねえな。何せ、ここの冬はうんざりするほど長いんだ…。」
桃色の短い髪をした若い雄蜘蛛は、鋭く舌打ちを鳴らしてムラサキの顎を解放する。肌の上に痕が残るのではないかと思うほどに強い力から解き放たれ、束の間の安堵を見るムラサキの着流しのの裾を捲り上げて、雄蜘蛛の手が荒々しく太腿をなぞってきた。冬になれば外で生きる術を失い、眠りを余儀なくされる蝶人のムラサキより遥かに熱い、大きな掌だった。
やおら、その掌が着物の帯に掛かり、実に乱雑な、物慣れない手つきで引き緩める。力の限りに暴れたせいで結び目が乱れ緩んでいた着物の、その下に纏った襦袢の前は難なく開けられ、ひやりとした外気が白皙の肌を撫でつけてきた。
咄嗟に、若い雄蜘蛛の、隈に彩られた青い目を真っ直ぐに見上げ、言葉を喪う。そこにあるのは、圧倒的な力で餌を翻弄する外来の捕食者のそれではない。
ムラサキの姿を映し込んだ毒蜘蛛の睛に宿るのは、先程とはまるで別種の欲情、静かに燃え盛る発情の炎に急きたてられた、興奮も露わな若い雄の目の色だった。よもや、四十五令となる雄蝶の身に対して向けられるとは思ってもいなかった好色で凶暴な視線が確かにムラサキを絡めて捕らえ、手足を絡め取る蜘蛛糸のような粘り気を帯びて、決して離そうとはしない。
恐らく、この翅が放つ芳香は、外つ国の蜘蛛の雌が雄の発情を促す匂いによく似ているのだろう。そしてその種の香りが掻き立てる情欲は、ひとたび香りが馴染んでしまえば、どうあっても抗うことのできない生殖本能に火を灯し、蟲人を欲望の境地に駆り立ててゆくものなのだ。
ク、と咽喉の高みを揺らし、蜘蛛が嗤う。桃色の髪に掘りの深い目鼻立ちをした、ムラサキの目には齢二十令になるかならぬかに見える雄の蜘蛛は、着物の前を大きく開かせた獲物の蝶を見下ろして、実に冷酷な捕食者の顔で、牙を覗かせて口を開いた。
「俺は、空を飛ぶ羽虫って奴が大嫌いだ。だが、交尾の真似事を試してみるならば、別だろ。選ばせてやるよ、俺の毒で身動きできないまま少しずつ喰い殺されるのと、俺の雌に成り下がって見せるのと、どっちが好みだ…?」
「──雌に、成り下がる…?…そんなこと。だって、私は──ッ…。」
初めは、蜘蛛の言葉の意味がとんと解らなかった。どうあってもムラサキは雄の蝶で、種族が違うとはいえ、雄と仔を成す為の交尾などできる筈がない。困惑露わに眉を寄せ、だが、屈辱的なまでに乱された着物の合わいから荒々しく太腿の肌を弄られ、黒い爪を生やした指先がツッと掠めた更に奥の場処に、ムラサキは焦茶の眼を大きく見開いて息を飲んだ。
びくん、と身体が震えた弾みにまた小さく翅が震え、若い蜘蛛の眉間に焦燥の深い皺が寄る。
「…ハ、痩せて、骨と皮ばかりで、どこもかしこも喰い出なんかありゃしねえ。だが、雄でも、ここを使って交尾の真似事ならできる。雄の羽虫がみっともなく怯えて泣く顔を見るのも、悪くねえ。一度雌の代わりになるか、じっくり喰われるか…あぁ、その両方でもいいな。徹底的に犯し尽くして痛めつけたところで、首筋を噛んで麻痺毒を入れて──指先から、少しずつ噛み砕いていくところを見せてやろうか…?」
「違──ッ…!そんな筈は…!」
頭上から浴びせ掛けられる屈辱的な言葉が、零落したとはいえ蝶の王という二つ名を恣にしたムラサキの矜持に少なからず突き刺さる。確かに、雄の蝶の鱗粉が放つ芳香は、繁殖期で気もそぞろになった雌を手元に引き寄せ、甘く求婚の誘いを掛ける為にある。だが、それは同種の雌にしか嗅ぎ取れない薫りで、外つ国の毒蜘蛛の、しかも雄に対して働きかけるものでは、本来は、ない筈だ。
否定の言葉と共に横に揺らそうとした頤を強い力で阻まれ、その指先にギリギリと無慈悲な力が籠もる。鈍い痛み、そして捕食者への恐れと嫌悪に駆られて無意識に翅を震わせる度、蜘蛛の面輪に宿る昏い苛立ちと指の力とが、相互に強まっていくようだった。
「雄を誘う雌の匂いを、何で老いぼれの羽虫如きがさせてやがるんだよ…。クソ、イラつくな、テメェのその目障りな翅、今すぐにでも引き千切ってやりてえが、ただ殺しちまっても面白くねえな。何せ、ここの冬はうんざりするほど長いんだ…。」
桃色の短い髪をした若い雄蜘蛛は、鋭く舌打ちを鳴らしてムラサキの顎を解放する。肌の上に痕が残るのではないかと思うほどに強い力から解き放たれ、束の間の安堵を見るムラサキの着流しのの裾を捲り上げて、雄蜘蛛の手が荒々しく太腿をなぞってきた。冬になれば外で生きる術を失い、眠りを余儀なくされる蝶人のムラサキより遥かに熱い、大きな掌だった。
やおら、その掌が着物の帯に掛かり、実に乱雑な、物慣れない手つきで引き緩める。力の限りに暴れたせいで結び目が乱れ緩んでいた着物の、その下に纏った襦袢の前は難なく開けられ、ひやりとした外気が白皙の肌を撫でつけてきた。
咄嗟に、若い雄蜘蛛の、隈に彩られた青い目を真っ直ぐに見上げ、言葉を喪う。そこにあるのは、圧倒的な力で餌を翻弄する外来の捕食者のそれではない。
ムラサキの姿を映し込んだ毒蜘蛛の睛に宿るのは、先程とはまるで別種の欲情、静かに燃え盛る発情の炎に急きたてられた、興奮も露わな若い雄の目の色だった。よもや、四十五令となる雄蝶の身に対して向けられるとは思ってもいなかった好色で凶暴な視線が確かにムラサキを絡めて捕らえ、手足を絡め取る蜘蛛糸のような粘り気を帯びて、決して離そうとはしない。
恐らく、この翅が放つ芳香は、外つ国の蜘蛛の雌が雄の発情を促す匂いによく似ているのだろう。そしてその種の香りが掻き立てる情欲は、ひとたび香りが馴染んでしまえば、どうあっても抗うことのできない生殖本能に火を灯し、蟲人を欲望の境地に駆り立ててゆくものなのだ。
ク、と咽喉の高みを揺らし、蜘蛛が嗤う。桃色の髪に掘りの深い目鼻立ちをした、ムラサキの目には齢二十令になるかならぬかに見える雄の蜘蛛は、着物の前を大きく開かせた獲物の蝶を見下ろして、実に冷酷な捕食者の顔で、牙を覗かせて口を開いた。
「俺は、空を飛ぶ羽虫って奴が大嫌いだ。だが、交尾の真似事を試してみるならば、別だろ。選ばせてやるよ、俺の毒で身動きできないまま少しずつ喰い殺されるのと、俺の雌に成り下がって見せるのと、どっちが好みだ…?」
「──雌に、成り下がる…?…そんなこと。だって、私は──ッ…。」
初めは、蜘蛛の言葉の意味がとんと解らなかった。どうあってもムラサキは雄の蝶で、種族が違うとはいえ、雄と仔を成す為の交尾などできる筈がない。困惑露わに眉を寄せ、だが、屈辱的なまでに乱された着物の合わいから荒々しく太腿の肌を弄られ、黒い爪を生やした指先がツッと掠めた更に奥の場処に、ムラサキは焦茶の眼を大きく見開いて息を飲んだ。
びくん、と身体が震えた弾みにまた小さく翅が震え、若い蜘蛛の眉間に焦燥の深い皺が寄る。
「…ハ、痩せて、骨と皮ばかりで、どこもかしこも喰い出なんかありゃしねえ。だが、雄でも、ここを使って交尾の真似事ならできる。雄の羽虫がみっともなく怯えて泣く顔を見るのも、悪くねえ。一度雌の代わりになるか、じっくり喰われるか…あぁ、その両方でもいいな。徹底的に犯し尽くして痛めつけたところで、首筋を噛んで麻痺毒を入れて──指先から、少しずつ噛み砕いていくところを見せてやろうか…?」
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