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本当は働きに出たりなんかしないでずっと家にいて欲しいんですけどどうしてもって言われちゃうと断れない僕も甘いですよねでも先輩に収入あるとまずい

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「ふわぁ……」

 ギルドに来た依頼の内容をチェックしながら、岸尾はあくびをかみ殺した。暖かくなってきたせいか、このところどうにも眠くて仕方ない。どんなに寝ても頭がぼうっとして、常に夢うつつのような心地だ。

(それに、なんかくらくらするような……?)

 発情期が近いのだろうか。前回はいつだったっけ、と考えるが頭が働かない。もう一度あくびをした岸尾は目に浮かんできた涙を左手でこすった。少し歪んだガラスから差し込む陽光が、床に窓枠の形を映し出している。その向こう、ギルド横の道では白く房状になった花がそよいでいた。ハナミズキに似ているが、こちらでは「ケットシーノシッポ」と呼ばれる木だ。ということはケットシーも存在するのかと思いきやそれは想像上の生き物とされているらしいから、この世界はまだまだ分からない。
 新鮮な空気を吸えば、この眠気も少しは覚めるだろうか。よろよろと立ち上がった岸尾が窓を開けると、吹き込んできた風が机の上の書類を吹き飛ばしていった。首から下げた逆鱗が風にぶつかって暴れる。

「あっ」
「ちょっとハルト! なにしてんの、早く閉めなさい!」

 上司であるクラティアの鋭い声が飛んできて、もたもたと窓を閉める。部屋中に飛んで行ってしまった紙を左手だけで拾っていると、「ほら」と目の前に紙の束が差し出された。毛むくじゃらの手を追って視線を上げると、目の前には大きな銀狼が立っていた。胸元を覆うプレートアーマーを着て、巨大な両手剣を背負っている。

「あ、ありがとうございます、タスタさん」
「久しぶり。全然気づかなかったよ。『竜の島』はどうだった?」
「こちらこそ、お元気そうで何よりです。あ、島は綺麗なところでしたよ。あんまり見れませんでしたけど」

 岸尾を見て尻尾を振るタスタと、頬に鼻を合わせて挨拶をする。
 ギルドの職員になって一年。知らない間に溜まっていた休暇を使い、しばらく岸尾は佐久間と旅行に行っていた。行先は竜の「渡り」の目的地である南の国だ。もしかしたら逆鱗をくれた親子に再会できるのではないか、と淡い期待を胸に出発した旅だったが、宿に着いた途端予定外に発情期が来てしまい、結局ほとんど観光もできずに帰ってきてしまった。

(まあ、思い出……と言えばこれも思い出かもしれないけど)

 帰ってきたタイミングで入れ違いにタスタが依頼で出てしまったので、会うのは数か月ぶりだ。

「なんか……変わったか? ハルト。しばらくぶりだからか?」

 少し不思議そうな顔をしたタスタが、岸尾の首筋にもう一度鼻を当てた。

「そうか、匂いが変わったのか……道理で分からないはずだ」
「あ、引っ越したからですかね」

 旅行に行く前だが、あの湿った裏路地からも岸尾たちは引っ越していた。岸尾がギルドで働き始めたのと同時期に、「できるだけ離れたくない」という理由から佐久間はキュビリエの騎士団に入っていた。番なので二人でその寮に住むこともできたのだが、「春人さんの裸を人に晒すなんてとんでもない、部屋に風呂のない寮生活なんてありえない」と主張され、結局町外れの閑静な住宅街に二人は家を借りていた。

「エクレシア通りか。あそこはいいな。安全だし、学校だって近い」
「そうですね、よく校庭で遊ぶ声が聞こえてきますよ」

 匂いで分かるのか、説明するまでもなくタスタは新居の場所を言い当ててきた。少しギルドには遠くて通勤には不便だが、それ以外は岸尾も満足している。

「今度遊びに来てくださいな、諒も喜ぶと思うんで」
「そうだな……じゃあ、この依頼が終わったころにお邪魔しようかな」

 頷いたタスタは、手に持った張り紙を差し出してきた。

「あ、ちょっと待ってくださいね」

 そういえばここはギルドだ。タスタは何か用があって来たのだろう。紙を抱えたままだった岸尾はカウンターの中に入り、タスタから張り紙を受け取った。

「えっと、商隊護衛依頼……アムニス スプーマに行くやつですね、ちょっと待ってください、今詳細出しますから」

 ギルド職員のやることは意外と多い。かつての岸尾たちのような志願者を登録し、ここで依頼を受ける冒険者たちの手続きをするだけではない。依頼元との交渉を代行したり、冒険者たちへ道中の情報やアドバイスなどを与えたりするのも仕事のうちだ。

「えっと、確かここに依頼詳細と地図や出やすいモンスターをまとめたやつが……」

 しゃがみこんで、足元の棚から依頼ごとに資料をまとめた封筒を探す。岸尾の準備する情報は正確で丁寧だと冒険者たちの間では評判だ。クラティアには作業が遅いと怒られることも多いが。

「あ、あったあった、これですね!」

 勢い良く立ちあがった岸尾は、ぐらりと世界が回るのを感じた。咄嗟に伸ばそうとしたのは存在しない右手で、当然ながら支えになどならない。迫ってきたカウンターの角が、強かに岸尾の頭にぶつかった。
 鈍い音が響き、目の裏に火花が散る。

「は、ハルト!」

 慌てたようなタスタ――いや、クラティアだろうか――の声に、岸尾は小さく呻くのが精一杯だった。
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