お願い先輩、死なないで ‐こじらせリーマン、転生したらアルファになった後輩に愛される‐

にっきょ

文字の大きさ
上 下
23 / 28

さすがに今回ばかりは殴りたいと思いましたよ僕何回かは許されると思うんですよねケツ出せば許されると思ってんじゃねえぞまあ許してしまう僕の方にも

しおりを挟む
 佐久間の紐が発動したのだ、と直感した。

「さ、佐久間あああぁぁぁー!」

 思わず声を上げた岸尾は、走り出そうとして自分が解除していたトラバサミの中に足を突っ込んだ。雷のような痛みに全身を貫かれ、バランスを崩す。

「いいいいい痛あああああァァァぁ!」

 反射的に右手を出そうとして、顔から地面に突っ込む。しまった、と顔を上げた時には遅かった。二対の赤い目が、じっと岸尾のことを見つめている。こうなってしまっては姿隠しもへったくれもない。

「……っ……か!」

 何かを叫びながら、ドラゴンの向こうから飛び出した佐久間が駆けてくる。どんな激闘があったのか剣は折れ、爪で引き裂かれたプレートは血まみれになっていた。少し髪の毛が焦げてもいるようだ。

「何やってんですか! 終わったんなら早くずらかりますよ!」
「ごめ、足……挟まっ……」
「はあ⁉」

 佐久間の後ろから追ってくるドラゴンが、こちらを向いて吠えた。闖入者が増えたことに怒っているようだ。

「これどうやって外すんですか!」
「横の部分踏ん……いや佐久間、俺はいいから早く逃げろ!」
「馬鹿野郎!」

 キレる佐久間の向こうに、ドラゴンの大きく開いた口が見えた。ヌラリと光る牙と、岸尾の腕を飲み込んだ真っ赤な喉。
 ちり、とそこに青白い炎が揺らめく。

「うわあぁ!」

 叫んだ岸尾は、腕を伸ばして佐久間のアーマーに指をかけた。体重をかけて引き倒し、上に覆いかぶさる。
 強く目をつぶって息を止める。黒竜のブレスに炙られ、丸焦げになる自分の姿が脳裏に浮かんだ。

「……?」

 だが、岸尾の覚悟したように炎が吹き付けてくることはなかった。息の続かなくなった岸尾が恐る恐る振り向くと、親子のドラゴンは二人のことをただじっと見つめていた。不可解なものを見るような目に、岸尾は自分の姿を見下ろした。いつの間にか姿隠しのマントはどこかに消え、右腕のない男が間抜けにも罠にかかっている様子が顕になっている。
 きゅう、と子ドラゴンが後ろ足を動かすと、がる、と親ドラゴンの方も小さく唸った。

「……先輩? どうしました?」
「わかんない……けど、平気っぽい……」

 佐久間の上から身体をどかし、トラバサミを外してもらう。残りのポーションをかけると、岸尾のズボンに付いた血の跡だけを残して傷が治っていく。

「はい、佐久間くんも……ってあれ、傷がない? 血はこんなに出てるのに?」
「あ、さっき胸元を爪でやられたときに全快しました」
「なるほど、まじないの効果かあ」

 確かに、プレートを貫くほどの怪我をしたら、走るどころではないだろう。岸尾が頷いていると、ぐるる、と唸り声がして親ドラゴンが顔を近づけてきた。

「あっすいません、もう帰ります」

 なんだかよく分からないが九死に一生を得たのである、こんなところでドラゴンの機嫌を損ねてはいけない。のたのたと立ち上がる。だがドラゴンはその右袖をぱくりと咥えたかと思うと、猫のように首元を肩に擦り付けてきた。

「えっ、何……首がかゆいの?」

 恐る恐る、硬い鱗の生えそろった首元に岸尾は手を伸ばした。指先で首の下あたりを掻いてやるが、つるつるとした鱗の上をひっかいているだけで全く手ごたえがない。

(……こんなんでスッキリできるのかな)

 疑問に思いながらしばらく続けていると、フン! とドラゴンが苛立たし気に鼻から息を吐いた。

「あっ、ごめん、もうちょっと強く掻いたほうがよかった?」
「……先輩、違うと思いますよ」

 呆れたような声と共に佐久間の指先が伸びてきて、ドラゴンの喉を指差す。

「ほら、ここ。逆鱗取っていいよってことだと思いますけど」
「え? なんで? いらないけど」

 岸尾がきょとんとしていると、しびれを切らしたようにドラゴンはまた小さく唸った。伸ばしていた首を引っこめ、前足でバリバリと喉元をひっかく。爪に引っかかってボロボロと落ちた鱗のうち一枚を咥え、岸尾に差し出してきた。

「ほら、やっぱり」
「ええ……?」

 逆鱗と言えば、一頭のドラゴンから一枚しか取れない希少部位である。万能薬になると言われ、最も高値で取引される部分だ。

「あ、ありがとう」

 ぐいぐいと押し付けられる鼻の下に左手を出すと、その上に貝殻のような鱗が落とされた。岸尾が艶やかな黒色に見入っていると、ぶわりと全身が吹き飛ばされそうなほどの強風が巻き起こる。

「あっ」

 慌てて顔を上げる。二頭のドラゴンは早くも岸尾に背を向け、淡色の空高く舞い上がっていた。先を飛ぶのが大きい方で、後ろから子ドラゴンがぱたぱたと後を追っている。

「元気でなー!」

 小さくなっていく二頭に向け、岸尾は慌てて大声をあげた。鱗を持った左手を大きく振ると、子ドラゴンの方が振り向いたようだった。ぐらりと体勢を崩し、慌てて羽ばたく様子を心の中で応援する。
 あっという間にドラゴンが豆粒のようになり、そして雲の合間に見えなくなった後も、岸尾はしばらくその空を眺めていた。

「行っちゃい……ましたね」

 柔らかく撫でるような声に振り向くと、岸尾を見下ろしながら佐久間が微笑んでいた。

「……そうだね」

 そう答えて、岸尾も微笑み返す。理由は分からないが目頭が熱くなってきて、慌てて視線を外す。

「帰ろうか、佐久間くん」

 そして、ゆっくりと踵を返した。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

嘘つき純愛アルファはヤンデレ敵アルファが好き過ぎる

カギカッコ「」
BL
さらっと思い付いた短編です。タイトル通り。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

αからΩになった俺が幸せを掴むまで

なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。 10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。 義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。 アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。 義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が… 義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。 そんな海里が本当の幸せを掴むまで…

【完結】雨降らしは、腕の中。

N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年 Special thanks illustration by meadow(@into_ml79) ※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

処理中です...