お願い先輩、死なないで ‐こじらせリーマン、転生したらアルファになった後輩に愛される‐

にっきょ

文字の大きさ
上 下
21 / 28

そりゃあ希望聞いてあげたい気持ちはありますけどそれよりあんまり危ないことはしてほしくないわけでさっさとそんなことできないよう孕ませてあげます

しおりを挟む
 佐久間が目を覚ましたのはそれから三日後のことだった。
 医者には「寝てるだけですね」と言われたものの、目を覚まさない佐久間を見ているのは気が気ではなかった。お腹すいた、と起き上がった佐久間にありあわせのもので作ったスープとパンを出す。鍋いっぱいのスープを飲み干し、タスタと買い込んだパンを食べ尽くしたところで、佐久間はようやく人心地付いたようにスプーンを置いた。

「よかった、どうしようかと……」
「それはこっちの台詞ですよ」
「え?」
「朝起きたらいないんでびっくりしましたよ。まさか自分で出てったとは思わないじゃないですか。事故に遭ったのか、それとも拐われたりしたんじゃないかと思うと気が気じゃなかったんですからね」
「ご、ごめん……」
「それで、『再会のまじない』の反応があったんでキュビリエに向かおうとしたら通行止めになってて、仕方ないから山越えする羽目になるし」
「あっ」

 岸尾はない右腕を押さえ、左手に巻かれた組紐を見下ろした。これにはそんな機能もあるのか。

「あの、これ、ありがとう、佐久間くん。これがなかったら、今頃、俺……無事じゃ済まなかったと思う」
「片手なくなってる時点で無事じゃないし、とんだ欠陥商品だと思いますけどね、僕は」

 僕が早死にしたら先輩のせいですからね、と苛立たしげに自分の組紐を睨んだ佐久間は、むすっとした顔のまま岸尾に視線を戻した。

「それで、聞きそびれてましたけど、なんで片腕になっちゃったんですか」
「ええと……通行止めの原因であるところのドラゴンさんに出会っちゃってですね」
「はあ?」

 信じられない、とばかりに佐久間は大声を上げた。

「なんですか、そんなに見てみたかったんですか、それとも度胸試しでもしたかったんですか、なんでそんなことばっかするんですか」
「いや、ただの偶然というか……」
「普通は偶然でもそうならないよう生きてるんですよ、リスク管理能力麻痺してるでしょ」
「そりゃ悪かったね」

 岸尾が佐久間を睨むと、む、と佐久間は不満そうな、でも少し気まずそうな顔になった。彼なりに岸尾が隻腕になったことに思うところがあるのだろう。
 自分のことを、自分以上に気にかけてくれる人がいる。うざったいが、こんなに幸せだとは思わなかった。

「多分だけど……親子だったんだ、ドラゴン。子供のほうが罠にかかってたんだけど、外す前に親に見つかっちゃって」
「あ、好きで住み着いたわけじゃなかったんですね」

 岸尾が頷くと、なるほど、と佐久間は納得した顔になった。これなら行けるかもしれない、と岸尾はおずおずとその先を口にする。

「だから……助けに行きたいんだけど」
「……はあ?」

 三秒ほど固まった後、佐久間は般若のような顔になった。

「いや何考えてるんですか、正気ですか? 右腕取られたんですよ? なんでもう一回行かなきゃいけないんですか。次はそれだけじゃ済まないかもしれないんですよ? せめて他の人に頼むとかでよくないですか? あの犬の人とか喜々として行きますよ」
「……じゃあいいよ」

 やっぱり言うんじゃなかった、と岸尾はため息をついた。タスタさんは犬じゃなくて狼だし。好きだって言うから、少しくらい話を聞いてくれるかと思ったのに。
 黙ったまま立ち上がり、食器を片付ける。片手でもたもたと皿を洗っていると、後ろから伸びてきた佐久間の手が泡だらけの皿を取っていった。雨の魔法で流した後、ラックに並べていく。

「すいませんって。ただ……驚いたんですよ」
「でも、どうせ反対なんだろ」
「そりゃあそうでしょう。これ以上先輩に怪我……怪我で済めばいいですけど……してほしくないんですよ、僕は」
「どうせ、俺のわがままだよ」

 かわいそうだが、動物なんて弱肉強食なんだし、放っておいてもいいというのも分かる。あるいは事情を知らない誰かに倒されたとしても仕方ないだろう。助けたいなら、他の人に頼んだ方が確実なのも事実だ。
 成功したところで討伐依頼は達成にならないから、報酬だって入らない。それなのに、「自分が行きたい」というのは岸尾のエゴに過ぎない。だが、自分が何もできない存在で、無力なままだと思いたくなかった。あのドラゴンを倒すのは無理だが、罠を外すくらいならできそうな気がする。だったら――やりたいのだ。自分が。この手で。
 最後の皿をラックに置き、もう、と佐久間はため息をついた。拭いた手を後ろから岸尾の腰に回してくる。

「先輩、好きって言われる意味、分かってないでしょう」
「どういうことだよ」
「……いいえ。いいんですけど」

 岸尾の肩に佐久間の顎が置かれ、体に回された腕の力が強くなった。

「それで、じゃあいつ出発するんですか。うかうかしてると誰かに倒されちゃいますから、早い方がいいですよね」
「そうだね。俺が怪我したせいかキュビリエの冒険者間では敬遠ムード漂ってるけど、早いに越したことは……?」

 寒くなるほどにドラゴンの動きは鈍くなっていく。肩に載った佐久間を見下ろしていると、「もう置いて行かれるのは嫌って言ったじゃないですか」とくぐもった声が聞こえた。

「僕が行かなかったら先輩一人で行くでしょう? そりゃ反対ですけど……僕も一緒に行きますよ」
「あ……ありがとう」
「装備とかはもう買ってあるんですか?」
「うん。あ、でも、一人分だけ」

 頷くと、首筋に熱いものが触れた。ちゅくちゅくと音を立ててそこを吸いながら、佐久間は下の方に右手を伸ばしてきた。

「じゃあ……明日。明日でいいですか」
「あっ、ん……ぅん……」

 息を弾ませながら答え、岸尾は佐久間と手を重ねた。背中を寄りかからせると、そこから温かい鼓動が伝わってくるような気がする。

「今日は、先輩のこと、いっぱい感じさせてください」

 いいよ、という言葉は、唇の間に消えていった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

嘘つき純愛アルファはヤンデレ敵アルファが好き過ぎる

カギカッコ「」
BL
さらっと思い付いた短編です。タイトル通り。

処理中です...