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先輩は知らないと思うし知らなくていいんですけど僕ね頑張ったんですよだから少し疲れちゃいましたもうどこにもいかないですよねちょっとだけ眠らせて

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「……髪の毛切った時、『先輩のために頑張ろう』って決めたんです。親に無理やり引きずり出されて働くなんて嫌だったんですけど、こんなに俺に向き合ってくれる人なんて、今までいなかったから。嬉しくて、そういう関係にはなれなくても、せめて恩返しがしたいなって思って」

 そう言って、淹れなおした紫色のお茶に口をつけた佐久間は大きく深呼吸をした。先程までの激しい感情の波はひとまず凪いできているようだ。リラックス効果があるという触れ込みのお茶だったが、効いているのだろうか。

「……そう」

 それは佐久間のためを思って、などというお人好しな理由ではなく単に私欲を満たしたいだけだったのだが。後ろめたさを感じながら岸尾もお茶で唇を湿らす。

「でも先輩、明らかに業務量おかしいから手伝おうとしても『大丈夫』しか言わないし」
「あー……ごめん」

 責めるように岸尾を射る佐久間の視線に、岸尾はカップを机に置くふりをして目をそらした。

「なんか、人に投げるのって『俺はこの程度もできない無能です!』って言ってるみたいで……ちょっと抵抗があって」
「でも実際キャパオーバーしてたじゃないですか。そんなつまんないプライドにこだわってるから車に轢かれるんです」
「それは関係ないだろ」
「いーえ、関係ありますね」

 自信たっぷりに佐久間は言い切った。

「誰にも仕事頼めなくて、全部自分で抱え込んで徹夜したりするから、注意力散漫になって赤信号なのにふらーっと車道出たりするんです」
「うーん」

 そう言われればそんな気もする。

「せっかく昇進内定して、仕事振る立場になって、これでやっと先輩の負担減らせるようになると思ったのに。目の前で死ぬなんてあんまりですよ。毎晩夢に見るんですからね」

 冗談めかして言う佐久間の目の下、そこにある隈の理由に、ようやく岸尾は思い至った。

「あー……もしかして、夜中叫んでたのって」
「そうですよ、先輩のせいですよ」
「う、うわ、本当に、その……すまない」
「そう思うんなら、もう勝手にいなくなったりしないでください」

 岸尾が膝においた手を取った佐久間が、とろりとした目でその手のひらを自分の顔に当てた。ほっぺたと佐久間の大きな手に挟まれた手が、かあっと熱くなる。

「でも……そんな、佐久間くんまで……死ぬことはなかったろ」

 岸尾がそう言うと、どこか痛んだかのように佐久間は顔をしかめた。地雷を踏んだか、と岸尾が内心恐々としながら見守っていると、ため息とともにその表情が再び泣きそうなものに変わる。

「許せなかったんです。目の前にいたのに助けられなかった自分も、それでも先輩に悪態をつくだけの会社の人達も、先輩がいなくたって何も変わらない世界も……全部」
「そっ……か」
「僕には、何よりも先輩が大切だったのに」

 どうしよう、と思いながら岸尾は佐久間の手に指を絡め、床に目を落とした。無意味に木目を目でなぞる。
 本当は、怒らなければいけないのだろう。なんてことをしたんだと。馬鹿な真似をするんじゃないと。
 でも、どうしようもなく嬉しくて、そんな事はとても言えなかった。
 岸尾と、それ以外の全てを天秤にかけて、それでもなお自分を選んでくれるなんて。ずっと「いらない」と言われてきたのに。

「まさか先輩と再会できるとは思いませんでしたけど――だから、もう、今度は後悔したくないんです」
「あ……ありがとう」

 泣きそうに潤んだ瞳も、にやけきった表情も、見られたくない。深く俯いたまま呟いた声は、変な風に上ずっていた。興奮しているせいで体中が熱い。冷静になれ、と意識して呼吸をゆっくりにする。

「それで先輩、その腕は……」

 そこまで言った所で、くぁ、と佐久間があくびをする声が聞こえた。

「すいません、ほっとしたら一気に眠くなってきちゃいました」
「あ……う、うん」

 視線を戻すと、早くも佐久間の表情はぼうっとしていた。物言いたげに見つめてくる視線に、岸尾も微笑み返した。

「一緒に寝る?」

 こくり、と頷く佐久間から手を放し、岸尾は立ち上がった。朝のままになっているベッドの布団を剥ぎ、シーツを引っ張って心持ち整えると、剣とアーマーを外した佐久間が上に転がってくる。

「せーんぱい」

 ふわふわと笑う佐久間に布団をかけ、自分も隣に潜り込む。触れ合った指先を、佐久間は恋人繋ぎにして握りこんできた。

「好きです……また会えて、よかった」
「……ん」

 岸尾が小さく頷くと、ふう、と深呼吸して佐久間は目を閉じた。話しているときには気づかなかったが、顔色も悪そうだ。
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