お願い先輩、死なないで ‐こじらせリーマン、転生したらアルファになった後輩に愛される‐

にっきょ

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どうして逃げようとするんですか無理やりに僕のものにするしかないじゃないですかどうして僕の方を向いてくれないんですかやっぱり一緒に死ぬしかない

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 そっと部屋の扉を閉めた岸尾は、また机に腰を下ろした。左腕の「再会のまじない」を唇に当てる。

(この紐がそういう効果だってこと……佐久間くん、知ってたのか?)

 この紐を結んだのは、まだこの世界に来て一日目だったはずだ。効果を知らなかった、あるいは勘違いしていたという可能性は十分ある気がした。でも、もし、知っていていたとしたら。

「なんで、そんなこと……」

 考えているとコンコン、と扉を叩く音がして、はあい、と岸尾は立ち上がった。

「タスタさん、何か忘れ物でもしました?」

 言いながら扉を開けると、佐久間が立っていた。

「へっ?」

 想定外のことに頭が混乱しているうちに、岸尾を押し戻すようにして佐久間は室内に入ってきていた。後ろ手に扉を閉められる。

「さっきの犬、タスタって言うんですか」

 低く唸るように聞こえた佐久間の声に恐怖を感じ、岸尾は思わず後ろを振り返った。窓から飛び降りるのは無謀だろうか。

「僕にはいらないって言ったくせになんであの犬からは首輪受け取ってるんですか、なんで僕はダメだったんですか、随分と仲良さそうでしたよね、僕のことは苗字でしか呼んでくれないくせに名前で呼び合ってましたもんね、どうして部屋に招き入れてたんですか、二人で何してたんですか」
「いや別に……何も……」

 睨みつけてくる佐久間の目は昏く、底が見えない。その下にある黒くはっきりとした隈のせいで余計に凄みを増している。後ずさろうとした岸尾は首輪を思い切り引かれ、前につんのめった。目の端に、ぬらりと白刃が光る。

「っ!」

 思わず目を瞑ると、岸尾の耳元の空気が切り裂かれる音がした。
 なぜ佐久間がここにいるのか、そしてなぜこんなに怒っているのか。飛び出してきてしまいそうな心臓を押さえながら恐る恐る目を開けると、先ほどタスタに着けられたばかりの首輪を佐久間が手に握っていた。床に叩きつけた首輪の上を、穴が開きそうな勢いで佐久間が踏みつける。

「ちょ、っ……佐久間くん、何すんだよ!」
「うるさいっ!」

 切り裂くような大声に怯んだ岸尾は、ぶつかってきた佐久間に押し倒された。もつれあうように木の床に倒れ込む。

「なんで、なんで勝手にいなくなったりしたんだよ! どうして右腕なくなってんだよ! 何でまじないが発動してんだよ! 自殺願望でもあんのか!」

 叫んだ佐久間の歯が、岸尾の首に当たる。
 噛み殺される、と思った。
 ドラゴンなんかより今の佐久間の方がよほど怖かった。声も出せずに身を竦めていると、岸尾の首に歯を当てた佐久間がうう、と呻いた。そのまま何度か甘噛みされ、唇で首の皮を食まれる。
 やがて、ぐす、と鼻を啜る音が岸尾の喉元から聞こえてきた。

「佐久間くん……?」
「やだ、もうやだよ、おいていかないで……僕のこと嫌いでいいから、だから、お願いです……僕、もっと頑張るから、何でもするから、いっしょにいてよ、せんぱい……」
「ちょ、ちょっと?」

 縋るように岸尾の肩を掴み、襟元に顔を埋める佐久間の声は先ほどまでと打って変わって弱々しく、この距離なのに耳を澄まさないと聞こえない。広い背中に手のひらを当てると、子供のように時折しゃくりあげるのが伝わってきた。

「えっと……その、なんか……色々、ごめん」

 自分が家出したことに対して佐久間がどう思っているか。何回も想像したことはあったが、ここまでの激情をぶつけられるとは予想していなかった。動揺しつつ背中を撫でていると、岸尾に顔を押し付けた佐久間から「僕こそごめんなさい」というくぐもった声が返ってきた。

「僕、いっぱい考えたんですけど、何がダメだったのか分からなくて……直しますから、どこが嫌だったのか全部教えてください」
「いや、佐久間くんは何も悪くないよ、うん」

 岸尾が勝手に勘違いして、勝手に傷ついて、勝手に出奔しただけである。だがそう言うと、床の上で岸尾に引っ付いたままの佐久間は疑わし気な視線を前髪の間から覗かせてきた。

「じゃあなんで先輩、勝手にいなくなっちゃったんですか?」
「う……」

 岸尾は言葉に詰まった。もっともな疑問であるが、馬鹿正直に「発情期にかこつけて君と関係を持ちたいと迫ったのに、あっさりそれをかわされたのがショックだったんだよ、佐久間くん」とは言えない。しばし考え、本当ではない、でも、嘘でもない建前を引っ張り出す。

「……俺なんかがいても、足手まといになるだけだと思ったからだよ。受けられる依頼の幅も狭まるし、収入だって増えないし。もっと、他の人といたほうが君のためになると思ったんだ」
「僕はそんなこと望んでません」
「うん、でも」
「それに!」

 がばりと起き上がった佐久間が、岸尾のことを上から覗き込んできた。じわりとその目の端で水滴が盛り上がり、岸尾の頬に熱いものが落ちてくる。

「なんで先輩、すぐに『俺なんか』って言うんですか! どうしてそんなに卑屈なんですか!」
「なんでって、だって……そうだろ、職場でもミスばっかりで皆のお荷物だったし、今だって弱くて邪魔なだけだろ」
「だから何ですか! そりゃ先輩は歩く不注意ですしびっくりするほど弱いですけど、でも人間って、それだけじゃないでしょうが!」

 それは肯定するんだ。憮然とした岸尾が言葉を失うと、佐久間は更に続けた。

「僕は、僕はずっと、先輩の力になりたくて頑張って来たんです! 僕には何よりも先輩が大切なのに、それを『俺なんて』って否定しないでください! 後追いした僕が馬鹿みたいじゃないですか!」
「……えっ」

 今なんて。勢いに圧倒される岸尾の頬に佐久間の親指が触れ、混ざり合った涙を拭っていった。

「好き、好きです、岸尾先輩。お願いだから、もう二度と――いなくなったり、しないでください」
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