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黙れ犬余計なことを言うんじゃない先輩は何も知らないままでいいんだ全部僕が引き受けて来たしこれからだってそうしていくんだお前はもう関係ないんだ

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「それじゃあ、次は何を買うんだ?」
「いえ、もうこれで全部です」
「じゃあ家まで送るよ。ガリナス通りの裏だろ」
「あっ……はい」

 その通りだが、タスタに家の場所を教えたことはない。岸尾が不審そうな顔をしたのが分かったのか、「通りごとに匂いが違うんだよ」とタスタは言い放った。

「はあ……さすが獣人ですね」

 それはあの生理的嫌悪感を催す生臭い匂いが自分に染み付いている、ということだろうか。臭いと思われていたらどうしよう、と岸尾はそっと自分の袖を嗅いだ。分からないが、もう自分の鼻が馬鹿になってしまっているだけのような気もした。
 物乞いたちが並ぶ中を通り抜け、岸尾が住むアパートへ向かう。階段を上り、そのまま玄関先に荷物を下ろそうとしたタスタに「あの」と岸尾は声をかけた。

「もし、その、よかったらお茶でも少しいかがですか? あ、いえ、ここ臭いんで長居したくないとかなら全然、あの」

 買い出しを手伝ってもらったお礼を何かしたいと思ったのだが、言ってから誘われても嬉しくないかも、と気づく。もそもそと話しながら下を向くと、ぽん、とタスタの手が岸尾の頭に置かれた。ふさふさ、と視界の端で尻尾が揺れる。

「ありがとう。お呼ばれしようかな」
「はい!」

 ワンルームでベッドと机のあるだけの狭くて殺風景な部屋だが、誰かを呼べないほどではない、と思う。お礼にタスタに渡そうと買っておいた焼き菓子の包みを開け、魔石でお湯を沸かす。乾燥させた火花草の花にお湯を注ぐと、ホッとするような、柔らかい香りが広がった。花と同じ紫色に色づいたお茶を、堅焼きのワッフルに添えて出す。

 着けられたばかりの首輪が気になり、ついつい指先で首元を弄ってしまう。タスタからのプレゼント、という響きに緩む口元をコップで隠していると、きゅう、とまたタスタが鼻を鳴らした。

「さっきは驚いたろ、ゴメンな」
「ん……え、はい?」

 何のことか分からず目をパチパチとさせると、「それ」とタスタは岸尾の首輪を指さした。

「無理やり押し付けちゃったよな、今更だけど嫌だったら外してくれていいから」
「いえ、そ、そんなことはないです! 嬉しいです!」

 岸尾が答えると、「ありがとう」とタスタはカップを机に置いた。

「オレさ、妹がいてさ。……昔の話なんだけど、一人で外出したときに発情期がきちゃって。居合わせたやつに無理やり番にされて、連れ去られちまったんだよ」

 ふう、と伏目になったタスタの耳が垂れる。

「次に会った時は剥製になってて、オレなんかじゃ到底手の届かない高値がついてたよ。……なんかハルト、すっごく無防備だから、つい……それを思い出しちゃって」
「……そう、だったんですね」

 突然の話に言葉が見つからない。何とかそれだけ返すと、岸尾の不安を吹き飛ばすかのようにタスタは笑顔を浮かべた。

「ま、今は前ほどそんなこともないし、ここはオレたちの故郷ほど治安が悪いわけでもねえけどな!」
「は……はあ」

 曖昧に頷く。住んでいるくせに何だが、岸尾はこの都市の治安が良いと思ったことはない。というか、日本から来た岸尾にしてみればこの世界は全体的に物騒である。

「ハルトにだって、どうしてもまた会わなきゃいけない人がいるんだろ? オレみたいに後悔してほしくないんだ」
「はい?」
「違うのか?」

 タスタは岸尾が左腕に巻いた「再会のまじない」を指さした。赤色だった組紐は気づいたら真っ黒に変色し、糸も今にも切れそうなほどボロボロになってしまっているのだが、何となく外す気になれずそのままにしていたものだ。

「ああ、これ……ですか? え、これって、道に迷わないおまじないとかじゃないんですか?」
「……ハルト、何も知らずにつけてたのか?」
「何も?」

 岸尾は顎に手を当てた。これを腕に巻いたとき、佐久間はなんと言っただろうか。考え込む岸尾に、タスタは脱力したように顔を覆った。「ああもう」と呆れた声が指の間から小さく聞こえる。

「再会のまじないってのはな、ハルト、戦地とか、長い旅とかに出る大切な相手が、無事に戻ってくるように願って結ぶもんなんだ。一度だけだが、窮地に陥ったときに助けてくれる効果がある」
「そ、そうなんですか」

 それは初耳である。手首を持ち上げて黒くなった組紐を眺めた岸尾は、はたと右袖を押さえた。

「あっ、じゃあもしかして、ドラゴンに襲われて死ななかったのって……」
「多分、発動したんだろうな、それが。『燃え尽きたぜ!』って見た目になってるし」

 やれやれとばかりにタスタは手を広げた。

「ちなみにそれ、発動すると結んでくれた相手の寿命が減る……らしい。まあ寿命なんて誰にも見えねえから眉唾だけど、それでも気味のいい話じゃねえだろ。ってことは、それを結んでくれた相手はそこまでしてでもハルトにまた会いたい、って考えてくれてるはずだぞ」
「いやー……えっ、どうなんでしょう……?」

 岸尾が首を傾げると、「そう思ってるのはハルトだけだと思うがなあ」とタスタは席を立った。

「じゃ、自分の買い物もあるし、そろそろオレ帰るわ。ごちそうさん」
「あ、すいません、お引き止めしちゃって」
「いや、楽しかったよ。今度は俺の家にも来てくれよ」

 玄関を開けたところで「あ」とタスタは机の上に置いた包みを指差した。

「そうそう、姿隠しのマント、オレ買ったけどすぐに使うわけじゃねえから貸してやるよ」
「えっ」

 岸尾が机を振り向き、それからまた顔を戻すと、ふふん、とタスタは鼻をひくつかせた。

「そのうち返してくれればいいから」
「や、でも……」

 迷っていると、「じゃ、代わりに今度薬草掘りにでも付き合ってくれよ」と岸尾の肩を小突いてくる。

「オレ、草とかみんな一緒に見えるから。ハルトがいてくれると助かるんだわ」
「あ、ありがとうございます」

 何から何まで申し訳ない、と思いつつも頭を下げる。心苦しいが、非常にありがたい申し出であることは事実だった。
 またな、というタスタと挨拶を交わし、ジメジメした路地を大股で去っていく背中を見送る。
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