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分かってます僕はもっと強くならなくちゃいけないんですだってそれが先輩を失わないための唯一の手段ですし女神とこの世界を救う契約をしてしまったん
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アルファの特殊能力であるらしい威圧感をまき散らし、小型モンスターを無意味に怯えさせる佐久間の後ろに立ち、岸尾は小さく嘆息した。
(異世界に来てから、佐久間も変わったな)
以前はこんなに過保護で距離感の近い人間ではなかった。多少の怪我は気にしないタイプだったし、頭を撫でるどころか岸尾の肩を叩いてきたことすらない。急に異世界に連れてこられたものだから、ストレスで不安定になってしまっているのだろう。
そもそもの原因は自分だし、佐久間の支えにならなくては、と受け入れてはいるが、記憶にある限り他人との身体的接触を避けて生きてきた岸尾にとって事あるごとに触られるのは刺激が強すぎた。さすがに数か月も一緒にいるうちに恐怖心は薄れてきたが、それでも近くで見つめられたり触られるたびに妙にドキドキしてしまう。
さっきもこちらから手を振り払うことはなかったかな、でもなあ、と考えたところでスコーピオンウルフの唸り声が聞こえ、岸尾は持っていたクロスボウに慌てて矢をつがえた。佐久間の威圧に怯まないのはそれなりに強いモンスターの証だ。うかうかしていると、今世も早々に終わってしまう。
どこだ、と左右を見回した瞬間、背後でがさりと音がした。
「グルルルルァ!」
「そこか!」
岸尾がクロスボウを構えて振り向く――より、スコーピオンウルフが飛び掛かってくる方が早かった。地面に押し倒され、胸を踏まれて息が詰まる。逆光の中、大きな毒針が黒々と振り上げられるのが見えた。
「先輩ッ!」
佐久間の声と共に、毒針のついた尻尾が弾け飛んだ。ガアッという叫び声を残し、蹴り飛ばされたスコーピオンウルフが岸尾の上から消える。
岸尾が体を起こした時には、すでにモンスターは森の中へと敗走した後だった。
「大丈夫ですか、先輩?」
ひゅん、と剣を振って血糊を飛ばした佐久間が振り向く。手慣れた動きで鞘に剣を戻すと、それが当たり前だという顔をして岸尾に手を差し出してくる。
「……ごめん。ありがとう」
佐久間に引っ張られるように立ちあがり、岸尾は全身についた土を払った。悔しいが、格好いい。モンスターを追い払ったことも、それを何とも思っていないような涼しい顔をしているのも、全部。
シロガシ鳥とかけっこをし、ようやくその尾羽を抜いた時には、空は蜂蜜のような色に変わってきていた。
「今日のところはこんなもんですかね」
「そうだね」
当然のことながら、街から遠く離れるほど、そして夜になるほど強いモンスターが出てくる。「そんな危ないことはできない」と佐久間が主張するので、二人はまだ日帰りでしか街の外に出たことがなかった。
来た道を戻っていると、頭上からギャアギャアとけたたましい鳴き声が聞こえてきた。空を見上げると、V字に隊列を組んだ竜が飛んでいる。鳥のように竜にも「渡り」をするものがいて、初夏にテルラの北方にある山に来て卵を生み、秋口になるとまた南方の国へと飛んでいくらしい。
「こういうの見ると、異世界ー! って感じしますよね」
そうだね、と答えながら、飛び去っていく竜を見つめる。大きな翼を広げ、蜂蜜色の空にきらきらと黒い鱗を輝かせる様子はいつまでも眺めていたいほど美しい。見た目だけではない。刃物を通さない鱗、あらゆる怪我と病気に効くと言われる逆鱗、魔力の塊であり装飾品として珍重される角と爪、全てがロマンの塊である。
「いつか、近くで見てみたいよな」
竜というものは気性が荒く獰猛で、大変危険な生き物だった。しかし、だからこそその素材には高値が付く。一獲千金の夢を見て死んでいく冒険者たちは後を絶たないらしい。
「そうですね」
「え?」
予想外の言葉に、岸尾は思わず隣にいる佐久間を見上げた。「あんな危険な生き物に近づいたら駄目です!」と言い出すかと思っていたのに。
ふふ、と笑った佐久間が、拳でそっと岸尾の頬に触れてきた。
「そんな表情見せられたら、駄目とは言えませんよ」
「ええ……」
一体どんな顔をしていたと言うんだ。反対側の頬を触るが自分では分からない。
「待っててくださいね。ドラゴンにも負けないくらい、もっと強くなりますから」
「あ、うん……」
別に佐久間に連れて行ってもらう必要なんかない、と反発感めいたプライドが頭をもたげるが、睨もうとした佐久間の顔が慈愛に満ちた微笑みを浮かべていてそれどころではなくなる。代わりに頬が熱くなり、黄金色の夕陽の中にこの頬の赤みも隠れていてくれと岸尾は願った。
「……ありがとう」
「せっかく異世界に来たんですから、前の世界ではできなかったこと、たくさんしましょうよ!」
「そうだな」
頷いた岸尾は、夕焼け空の中、黒い点となった竜の群れにまた目をやった。
以前だったら、絶対に目にするはずのなかった景色。その景色を共有する相手が隣にいて、それが佐久間だということ。
なんだかそれが、無性に嬉しかった。
(異世界に来てから、佐久間も変わったな)
以前はこんなに過保護で距離感の近い人間ではなかった。多少の怪我は気にしないタイプだったし、頭を撫でるどころか岸尾の肩を叩いてきたことすらない。急に異世界に連れてこられたものだから、ストレスで不安定になってしまっているのだろう。
そもそもの原因は自分だし、佐久間の支えにならなくては、と受け入れてはいるが、記憶にある限り他人との身体的接触を避けて生きてきた岸尾にとって事あるごとに触られるのは刺激が強すぎた。さすがに数か月も一緒にいるうちに恐怖心は薄れてきたが、それでも近くで見つめられたり触られるたびに妙にドキドキしてしまう。
さっきもこちらから手を振り払うことはなかったかな、でもなあ、と考えたところでスコーピオンウルフの唸り声が聞こえ、岸尾は持っていたクロスボウに慌てて矢をつがえた。佐久間の威圧に怯まないのはそれなりに強いモンスターの証だ。うかうかしていると、今世も早々に終わってしまう。
どこだ、と左右を見回した瞬間、背後でがさりと音がした。
「グルルルルァ!」
「そこか!」
岸尾がクロスボウを構えて振り向く――より、スコーピオンウルフが飛び掛かってくる方が早かった。地面に押し倒され、胸を踏まれて息が詰まる。逆光の中、大きな毒針が黒々と振り上げられるのが見えた。
「先輩ッ!」
佐久間の声と共に、毒針のついた尻尾が弾け飛んだ。ガアッという叫び声を残し、蹴り飛ばされたスコーピオンウルフが岸尾の上から消える。
岸尾が体を起こした時には、すでにモンスターは森の中へと敗走した後だった。
「大丈夫ですか、先輩?」
ひゅん、と剣を振って血糊を飛ばした佐久間が振り向く。手慣れた動きで鞘に剣を戻すと、それが当たり前だという顔をして岸尾に手を差し出してくる。
「……ごめん。ありがとう」
佐久間に引っ張られるように立ちあがり、岸尾は全身についた土を払った。悔しいが、格好いい。モンスターを追い払ったことも、それを何とも思っていないような涼しい顔をしているのも、全部。
シロガシ鳥とかけっこをし、ようやくその尾羽を抜いた時には、空は蜂蜜のような色に変わってきていた。
「今日のところはこんなもんですかね」
「そうだね」
当然のことながら、街から遠く離れるほど、そして夜になるほど強いモンスターが出てくる。「そんな危ないことはできない」と佐久間が主張するので、二人はまだ日帰りでしか街の外に出たことがなかった。
来た道を戻っていると、頭上からギャアギャアとけたたましい鳴き声が聞こえてきた。空を見上げると、V字に隊列を組んだ竜が飛んでいる。鳥のように竜にも「渡り」をするものがいて、初夏にテルラの北方にある山に来て卵を生み、秋口になるとまた南方の国へと飛んでいくらしい。
「こういうの見ると、異世界ー! って感じしますよね」
そうだね、と答えながら、飛び去っていく竜を見つめる。大きな翼を広げ、蜂蜜色の空にきらきらと黒い鱗を輝かせる様子はいつまでも眺めていたいほど美しい。見た目だけではない。刃物を通さない鱗、あらゆる怪我と病気に効くと言われる逆鱗、魔力の塊であり装飾品として珍重される角と爪、全てがロマンの塊である。
「いつか、近くで見てみたいよな」
竜というものは気性が荒く獰猛で、大変危険な生き物だった。しかし、だからこそその素材には高値が付く。一獲千金の夢を見て死んでいく冒険者たちは後を絶たないらしい。
「そうですね」
「え?」
予想外の言葉に、岸尾は思わず隣にいる佐久間を見上げた。「あんな危険な生き物に近づいたら駄目です!」と言い出すかと思っていたのに。
ふふ、と笑った佐久間が、拳でそっと岸尾の頬に触れてきた。
「そんな表情見せられたら、駄目とは言えませんよ」
「ええ……」
一体どんな顔をしていたと言うんだ。反対側の頬を触るが自分では分からない。
「待っててくださいね。ドラゴンにも負けないくらい、もっと強くなりますから」
「あ、うん……」
別に佐久間に連れて行ってもらう必要なんかない、と反発感めいたプライドが頭をもたげるが、睨もうとした佐久間の顔が慈愛に満ちた微笑みを浮かべていてそれどころではなくなる。代わりに頬が熱くなり、黄金色の夕陽の中にこの頬の赤みも隠れていてくれと岸尾は願った。
「……ありがとう」
「せっかく異世界に来たんですから、前の世界ではできなかったこと、たくさんしましょうよ!」
「そうだな」
頷いた岸尾は、夕焼け空の中、黒い点となった竜の群れにまた目をやった。
以前だったら、絶対に目にするはずのなかった景色。その景色を共有する相手が隣にいて、それが佐久間だということ。
なんだかそれが、無性に嬉しかった。
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