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先輩のそういう優しいところも好きですけどだからって怪我するのは見過ごせませんよもう本当に嫌なんですから先輩が冷たくなっていくのを見るだけだっ
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異世界に来て早数か月。岸尾が着ているのは半袖のシャツだが、野原を歩いているだけで汗が軽く滲んでくる。あのとき咲いていた紫の花は赤を通り越して黒く熟し、岸尾の脚が触れるたびにぱちんぱちんと爆ぜて種を飛ばしていく。
二人が最初に目を覚ました草原の奥には泉があった。その近くに生えるヒシモモの赤い実が『ドワーフラビット』の好物である。
罠に近づいていくと、ぴいぴいという声とガサガサと獣の暴れる音が聞こえてきた。
「お、かかってるかかってる」
名前の通り四角い実をつけるヒシモモの藪の向こうを覗くと、狙い通り茶色い『ドワーフラビット』がトラバサミにかかって暴れている。前の世界にも同名の動物がいたがそれとは完全な別種で、大きさは一メートル程度、重さは十キロ超えが普通というビッグサイズのウサちゃんだ。『ドワーフラビット』のドワーフは「ドワーフの作る鎧のように強靭な毛皮を持っている」の意であり、体の大きさは関係ないらしい。詐欺である。
「ツノウサギ」の別名のとおり、ドワーフラビットの頭にはくるりと丸まった角が生える。罠にかかったウサギの角が大振りなのを見て、よしよしと岸尾はほくそ笑んだ。タイミングを見て飛び出し、ウサギを保定する。
「佐久間くーん!」
「はいっ!」
名前を呼ぶと、ヒュン、と空気を切り裂く音とともにドワーフラビットの角が落ちる。足で罠を外し、挟まっていたウサギの脚にポーションをかけて手を放すと、逃げていくドワーフラビットの蹴りが岸尾の顎に炸裂した。
「あうっ」
「だ、大丈夫ですか先輩!」
ゴロゴロと転がり、木にぶつかって止まったところにショートソードを納めた佐久間が駆け寄ってくる。綿のような服に革製のプレートを着た佐久間も、もう立派なファンタジー世界の住人である。
「だいじょうぶ……」
何とか答えるものの、視界がくらくらしてすぐには起き上がれない。
「せ、先輩、せんぱいっ!」
「あー……ちょっと待ってって……」
なんとか上体を起こすと、泣きそうな顔の佐久間がべたべたと頭を撫でまわしてくる。
「もう! だから角だけ取ってリリースするのはやめましょうって言ったんです! 殺してから取ったほうが絶対いいですって」
「かわいそうじゃないか、食べないのに殺すのは。それに角はまた伸びてくるんだから、こうしておけばまた取れるし」
ドワーフラビットは雑食性のせいか、非常に肉が臭いのだ。一度挑戦してみたが、どう調理しても飲みこめなかった。「むう」と不満げな顔をしつついつまでも頭を撫でてくる佐久間の手は大きく包み込むようで、触れられた部分の痛みが溶けていってしまう。なんだか妙に嬉しいような、こそばゆい気持ちになってきた岸尾は、そっと肘で佐久間の腕をどかした。
「じゃあせめて、魔法で眠らせましょうよ!」
「魔石は高いだろ、無駄に使いたくない」
岸尾や佐久間のような魔法が使えない者のために、この世界には「魔石」というものがあった。小さな石の中に魔法を込めたもので、所定の呪文を唱えたり、相手に投げつけたりすることで誰でも魔法を使えるのだ。岸尾たちが最初から読み書きや会話に困らなかったのも、商店の多くが翻訳の魔石を設置しているかららしい。
「無駄じゃありません! 先輩が怪我したりするよりずっといいです! 今はちょっと蹴りくれただけだから良かったですけど、もしあいつが本気で襲い掛かって来てたらどうするんですか!」
「わ、わかったよ。気をつけるから」
「なんですかそれ……」
そんなの解決方法じゃないです、と不満そうに顔を近づけてくる佐久間から目をそらし、岸尾は立ち上がった。まだ少しくらくらする。ころりと草の上に落ちたままの角に手を伸ばすと、それよりも早く佐久間が角を拾い上げ、自分のリュックの中に入れてしまった。
「ちょ……荷物持ちは俺がやるって」
「角は重いから、僕が持ちます」
重いと言ってもさほどのものではない。それでは荷物持ちの意味がないような気がするのだが、と思いながら手を引っ込めると、「それじゃ、次はシロガシ鳥の尾羽ですね」とどこか拗ねたように佐久間が歩き出す。
「……そうだね」
二人が最初に目を覚ました草原の奥には泉があった。その近くに生えるヒシモモの赤い実が『ドワーフラビット』の好物である。
罠に近づいていくと、ぴいぴいという声とガサガサと獣の暴れる音が聞こえてきた。
「お、かかってるかかってる」
名前の通り四角い実をつけるヒシモモの藪の向こうを覗くと、狙い通り茶色い『ドワーフラビット』がトラバサミにかかって暴れている。前の世界にも同名の動物がいたがそれとは完全な別種で、大きさは一メートル程度、重さは十キロ超えが普通というビッグサイズのウサちゃんだ。『ドワーフラビット』のドワーフは「ドワーフの作る鎧のように強靭な毛皮を持っている」の意であり、体の大きさは関係ないらしい。詐欺である。
「ツノウサギ」の別名のとおり、ドワーフラビットの頭にはくるりと丸まった角が生える。罠にかかったウサギの角が大振りなのを見て、よしよしと岸尾はほくそ笑んだ。タイミングを見て飛び出し、ウサギを保定する。
「佐久間くーん!」
「はいっ!」
名前を呼ぶと、ヒュン、と空気を切り裂く音とともにドワーフラビットの角が落ちる。足で罠を外し、挟まっていたウサギの脚にポーションをかけて手を放すと、逃げていくドワーフラビットの蹴りが岸尾の顎に炸裂した。
「あうっ」
「だ、大丈夫ですか先輩!」
ゴロゴロと転がり、木にぶつかって止まったところにショートソードを納めた佐久間が駆け寄ってくる。綿のような服に革製のプレートを着た佐久間も、もう立派なファンタジー世界の住人である。
「だいじょうぶ……」
何とか答えるものの、視界がくらくらしてすぐには起き上がれない。
「せ、先輩、せんぱいっ!」
「あー……ちょっと待ってって……」
なんとか上体を起こすと、泣きそうな顔の佐久間がべたべたと頭を撫でまわしてくる。
「もう! だから角だけ取ってリリースするのはやめましょうって言ったんです! 殺してから取ったほうが絶対いいですって」
「かわいそうじゃないか、食べないのに殺すのは。それに角はまた伸びてくるんだから、こうしておけばまた取れるし」
ドワーフラビットは雑食性のせいか、非常に肉が臭いのだ。一度挑戦してみたが、どう調理しても飲みこめなかった。「むう」と不満げな顔をしつついつまでも頭を撫でてくる佐久間の手は大きく包み込むようで、触れられた部分の痛みが溶けていってしまう。なんだか妙に嬉しいような、こそばゆい気持ちになってきた岸尾は、そっと肘で佐久間の腕をどかした。
「じゃあせめて、魔法で眠らせましょうよ!」
「魔石は高いだろ、無駄に使いたくない」
岸尾や佐久間のような魔法が使えない者のために、この世界には「魔石」というものがあった。小さな石の中に魔法を込めたもので、所定の呪文を唱えたり、相手に投げつけたりすることで誰でも魔法を使えるのだ。岸尾たちが最初から読み書きや会話に困らなかったのも、商店の多くが翻訳の魔石を設置しているかららしい。
「無駄じゃありません! 先輩が怪我したりするよりずっといいです! 今はちょっと蹴りくれただけだから良かったですけど、もしあいつが本気で襲い掛かって来てたらどうするんですか!」
「わ、わかったよ。気をつけるから」
「なんですかそれ……」
そんなの解決方法じゃないです、と不満そうに顔を近づけてくる佐久間から目をそらし、岸尾は立ち上がった。まだ少しくらくらする。ころりと草の上に落ちたままの角に手を伸ばすと、それよりも早く佐久間が角を拾い上げ、自分のリュックの中に入れてしまった。
「ちょ……荷物持ちは俺がやるって」
「角は重いから、僕が持ちます」
重いと言ってもさほどのものではない。それでは荷物持ちの意味がないような気がするのだが、と思いながら手を引っ込めると、「それじゃ、次はシロガシ鳥の尾羽ですね」とどこか拗ねたように佐久間が歩き出す。
「……そうだね」
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