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朝食

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 翌朝コーディエが目を開けると、まだダイモンの大きな背中はそこにあった。

(ああ、昨日……そうだっけ)

 思った以上に飲んでいたのか、それとも久しぶりの情事のせいか、いつものように起きてすぐに活動する気になれない。いぎたないダイモンの寝息を聞いているうちに、すぐにあたりが白み始める。随分と日の出が早くなったものだ。
 ダイモンの背中には、仄暗い中でも分かるほどの大きな傷跡がある。なんとなくコーディエがその上を指先でなぞると、ダイモンがモゾモゾと体を動かした。

「んだよ、くすぐってぇな……」
「んー?」

 赤く引きつれた傷跡は生々しい。初めて見た時コーディエは一瞬動きが止まったほどだったが、今はそれすらもなんだか格好良く感じる。
 むずがるように動くダイモンをつつきまわしていると、「ああもう!」とダイモンの手がコーディエを追い払った。

「やめろって、グノシオン!」
「え?」

 聞き慣れない名前にコーディエが手を止めると、ダイモンも自分のミスに気付いたのか跳ねるように起き上がった。その顔は明らかに色を失っている。

「っ、コーディー……いや、そういうつもりじゃ……す、すまん……」
「……誰だ、グノシオンって」

 嫌な予感がしたが、聞かずにはいられなかった。もしかしたら故郷に残してきた兄弟とか、ペットとかかもしれないし。

「あー……相棒だったやつ、だな。一緒に村を出て……旅してた」
「一緒に乳繰り合ってた、だろ」

 口から出た言葉は思ったよりも冷たかった。

「いやその」
「昨日は連れがいたなんて一言も言わなかったな、ダイモン」

 あんなに想像の中で輝いていたはずの景色が、途端に色褪せたように思えた。贋作の絵画に感動してしまったような腹立たしさがある。きっと砂漠で一夜川を見たときも、結婚の証人になった時も、隣にグノシオンとやらがいたに違いない。

「それは……」

睨みつけると、ベッドから降りたダイモンは、裸のまま目を泳がせた。

「なんだ、後ろめたいことでもあるのか」
「そうじゃないけど……ただ……昔の相手の話なんか聞きたくないだろ」
「そいつの名で突然呼ばれる方が嫌なんだが」
「いや、それはその通りだな……悪かった。ただ、似てたから、つい……」
「ああそう。似てるんだ」

 だから間違えても仕方ないっていうのか。コーディエはそう言いながら自分もベッドから降り、下に落ちていたローブを蹴り上げた。

(もしかして、昨晩部屋を暗いままにして私の顔を見ないようにしていたのは……自分のため、だったのか?)

 そう考えればあの頑なとも言えた態度にも納得がいく。コーディエのことを思いやるような顔をして、実際に別の相手のことを考えていたのはダイモンの方だったなんて。むしゃくしゃした気分のまま顔を洗い、羽虫でも潰すように手を叩く。いつもより急いだ様子で飛んできた本の前に座り、ペンを手に持つ。部屋の中はすっかり明るくなっていた。

「おい、コーディー、朝食……」
「いらない」

 答えてから、インクがないことに気づき、コーディエは舌打ちをした。座ったばかりのところを立ち上がり、外出の用意をはじめる。
 杖を袖に入れ、ポーチを準備していると、ダイモンがチラチラと見てくる気配を感じた。無視していると、おずおずとした声が聞こえてくる。

「……どこか行くのか?」
「昨日誰かさんのせいでインク瓶が落ちたからな。あれがないと仕事が始まらない」

 お前が勝手に落としたんだろ、と普段のダイモンなら言ってくるところだったが、今日は違った。「申し訳なかった」とおとなしいダイモンに、コーディエの胸はちくりと痛む。

(まあ、ダイモンは悪くない……か)

 昨晩のことは――少なくとも表面上は、コーディエだって他の相手のことを考えているふりをしていた。ならば、その裏でダイモンが誰のことをコーディエと重ね合わせていたとしても咎めるいわれはない。互いに誰かの代わりだった、それだけだ。

「……バルクに行く。一緒に来るか?」

 バルクとはブロンデスの首都、かつてコーディエが暮らしていた都市の名前だ。えっ、と振り向いたダイモンは、早くも好奇心を抑えられない顔をしていた。

「たまには、外で朝食を摂るのもいいだろう」
「お……おう!」

 寄ってきたダイモンの手を掴んで転移魔法を発動させると、次の瞬間には職人街近くのカフェ通りだ。ダイモンが選んだ店に入り、朝食を頼む。

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