マルコシウスと滋ヶ崎

にっきょ

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マルコシウス、浮く

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「バルバロイ、いつまで惰眠をむさぼっている気ですか?」
「んあ?」

 心地よく二度寝をしていた滋ヶ崎が目を開けると、マルコシウスが枕元に座っていた。パジャマから着替えたらしく、昨日着ていた白い詰め襟のような服になっている。

「なん……うるせえな……」
「朝食の時間はとうに過ぎていますよ」
「お前の朝食の時間なんか知らないんだわ」

 体を起こすと、部屋の中はすっかり明るくなっていた。

「早く準備なさい、怠惰なバルバロイ。堕落した生活は堕落した精神をもたらします」
「うるせえな……俺が堕落してるのは俺の勝手だろ、腹減ったならそう言えや」

 起き上がりながら、そういえば昨日出した昼食も夕食も、マルコシウスにしてはあまり文句をつけてこなかったな、と気づく。もしかしたら食事は気に入ったのかもしれない。
 縁側に出て、窓の下を覗く。昨晩に比べたら下に見える民家は近くなっているようだ。面白げに桃の木を見上げている人も見える。この分だと明日には地面についているだろう。

「やれやれ……デカくなるのは一瞬だったのになんで小さくなるのには時間かかるんだよ」

 冷蔵庫を開け、電気が通っていないことに気づいて嘆息する。水道もダメだったがガスはついた。プロパン万歳。
 ベーコンエッグとロールパンを出してやると、「ん」とマルコシウスは顔をしかめた。

「これはなんの卵です、バルバロイ」
「は? 普通に鶏だけど」
「バルバロイは鳥の卵を食べるのですか。野蛮ですね」
「なんだ、食べれねえのか」
「食べれないのではなく食べないのです。鳥は神聖な生き物ですから」
「さいで」

 最初宣教師とか言っていたし、宗教上の何かだろう。詳しく聞くのも億劫になってきた滋ヶ崎はマルコシウスの皿から自分の皿にベーコンエッグを移動させた。

「鳥じゃない肉はいいのか? ここで食べるのは豚とか牛、あと羊とかだけど」
「問題ありません」

 痛まないようにと思ってベーコンは使い切ってしまった。仕方がないのでウインナーでも、と思ったが安物なので鶏肉入りだった。

(めんどくせえな……)
 電気が切れているのであまり冷蔵庫を開け閉めしたくない。6Pチーズとヨーグルトを掴んで扉を閉めたところで、ぐらり、と家が揺れた。軽い浮遊感が続く。

「うわわ」
「おっとっと」

 桃の木が小さくなってきているのだろう。縁側から外を覗くと、また少し高度が下がっているようだ。高層マンションくらいまでは来ただろうか。

「おーいい感じで降りてきてんな」

 滋ヶ崎がそう言った瞬間、ミシリと――聞き覚えのある――嫌な音が桃の木から聞こえてきて家が揺れた。

「ちょ、うわ、おい!」

 バキバキバキ、という音とともに家が傾いでいく。木が小さくなってきたせいで家の重みに耐えられなくなってきたのだろう。

「うわあぁぁ!」

 バランスを崩し、ゴロゴロと転がってきたマルコシウスが滋ヶ崎にぶつかった。ふわりといい匂いのようなものが鼻腔をくすぐる。
 そのまま2人で家の外に落ちそうになるのを、咄嗟に右手で縁側、左手でマルコシウスの腕を掴んで滋ヶ崎は阻止した。
 食器棚やちゃぶ台が滑り、がしゃんがしゃんと音を立てて壁にぶつかっている。何が起こっているのかどごん、ばがんという大きな音も家の奥から聞こえてきた。

「た、助けて! 助けて康弘! 落ちちゃいます!」
「お前自分に都合のいいときだけ人の名前呼ぶのやめろよ!」

 斜めになった家にぶら下がりながら叫ぶ。桃の木は大分小さくなったとはいえど、地面はまだはるか下だ。マルコシウスは成人男性にしては随分と軽い方のようだが、だからといって片手で支え続けられるほど滋ヶ崎は力があるわけではない。
 だが、滋ヶ崎より桃の木に限界が来る方が早かった。
 バキャ! と悲鳴のような音が下から聞こえ、ついに家が落下を始めた。もちろんそこにぶら下がっている二人も一緒だ。

「わあああああああ!」
「ぎゃああああああああああ!」

 桃の葉が、枝が、顔にぶつかる。迫ってくる地面を見て滋ヶ崎が目をつぶると、下からマルコシウスの声が響いた。

「『浮け浮けフワフワ!』」

 がくり、と落下スピードが減衰した。まるで風船のように体が軽くなったような感覚だ。
 ふわり、ふわりと秋の柔らかな日差しの中を降りていく。さわさわと秋の風が滋ヶ崎の頬を撫でた。
 やがて足下にそっと触れた固い感触に目を開けると、大きくなりすぎた桃の木の根本、滋ヶ崎の家の庭に二人は立っていた。横を見ると、中がぐちゃぐちゃになった家も概ね元と同じ位置に降りてきている。

「た、助かったぁ」

 ぺたん、と地面に腰を下ろし、滋ヶ崎はまた少し小さくなった桃の木を見上げた。上の方の枝が盛大に折れている。

「どうです? 凄いでしょう? これであなたも光鷲教に入信する気に……」

 鼻高々を絵に描いたような様子で腰に手を当てたマルコシウスの体が、ぐらりと揺れた。そのままばたりと庭に倒れる。

「え、ちょ、ちょっ………おい! マルコ! おい!」
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