そばにいる人、いたい人

にっきょ

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「最低なんだ、俺は」
「ええっと」

 渡された情報の多さに戸惑いながら、樹は一つ一つを脳内で整理した。

「そっち側……隣、行ってもいい?」

 拒否されたらどうしよう、と思ったが、淳哉は「ん」と自分の体を窓際に寄せた。頂点——一番観覧車が月に近づく中、樹は淳哉の隣に身を寄せた。

「つまり、それは、要するに……ジュンは、僕のことがすごく好き、ってことでいいの?」
「違っ……ただ俺が最低で、イツキに執着してるだけってことだよ。他に俺のこと分かってくれる奴がいないからって勝手に惚れて、自分の手元に囲っておこうとしたんだよ」

 樹は、頑なに振り向こうとしない淳哉の左手を取った。冷たい手を両手で包み、それから甲に軽く口づける。隣の淳哉の体が強張るのが分かった。

「僕は、ジュンがどんなつもりであれ……嬉しかったよ、全部。先輩といた時に助けに来てくれたことも、ずっと僕が自分で決断できるように支えてくれたことも」

 触られたのも、というのだけ少し小さな声になる。

「それから今日ここにだって、ジュンと来たかったんだ。絶叫マシンに乗りに来たわけじゃない。それじゃあいけないかな?」
「いけなくはない……けど」

 とろとろと、地面が近づいてきている。同じスピードのはずなのに、上りより下りの方が早い気がした。
 ようやく窓から顔を離した淳哉が、ゆらりと樹の方を向いた。睨むように横を見る眼鏡の奥の瞳が、少し濡れている。

「でも、樹は、もう一人で考えて決められるようになったし。わざわざ俺みたいなのと一緒にいる必要はもうないだろ」
「なんで」
「なんで、って……嫌じゃないか? 普通に考えて」
「なら普通じゃなくていい」

 逸れていきそうになる淳哉の視線を追い、樹は顔を近づけた。

「僕は、ジュンがあの時来てくれてすごく嬉しかった。それに、自分から写真と情報を出したってことは『自分が嫌われないこと』より『僕を守ること』を優先してくれたってことじゃないか」
「……でも」
「僕はそう信じてる」

 握りこんだ淳哉の左手は、すっかり熱くなっていた。観覧車は、すでに園の外に見えるビルよりも低い位置まで来ている。

「好きです。これからも、ジュンと一緒にいたいし……これからは、僕もジュンの支えになりたい」

 逃げ場を探すように左右に振れた淳哉の目が、ようやく樹を見た。闇の中で黒曜石のように輝く、この世で一番大切な光。

「……俺、も……イツキのこと……」

 すき、と消え入りそうな声が聞こえた瞬間、樹は淳哉に唇を押し付けていた。

「つっ」

 勢いあまって背後の窓に淳哉の頭がぶつかる。硬質の音に慌てて顔を離すと、いつものように眉根を寄せた——不機嫌そうな、その実、嬉しくて仕方がないという表情がそこにあった。

「ごめ……ふふ」
「まったく、人が……」

 呆れたような声に続いて、くく、と笑い声が聞こえる。
 ライトの巻かれた木々の上をかすめるようにして、観覧車が元の位置に戻る。係員の女性がゴンドラの留め金を開けた。

「おかえりなさいませ!」

 観覧車に乗る前と同じ、でも少し違う景色に樹は飛び降りた。後からのそのそと淳哉がついてくる。

「ねえジュン」

 振り向くと、樹が思った以上に淳哉の顔が近くにあった。ふへっ、と思わず変な声が出る。

「今日さ、僕——帰りたくない」
「すき焼き、は」

 瞬きをした後背後の観覧車に目を向け、ここにきてなお抵抗するように何やら呟く淳哉の手を取る。暗くて見えないが、きっとその顔は赤くなっているに違いない。

「それは明日でいい。いや……明日が、いい」

 返事の代わりに、強く握り返された。

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