そばにいる人、いたい人

にっきょ

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 アトラクションに乗る人の悲鳴、はしゃぎ回る子どもの笑い声、BGMに大道芸人の声――遊園地の中は、様々な音で溢れていた。広がり、ぶつかり合った響きが初春の青空に拡散して消えていく。
 その中を疾走するジェットコースターから降り立った淳哉は、早くも冷蔵庫の中に放置しすぎたほうれん草のようにしおれていた。

「ジュ、ジュン⁉ 大丈夫?」
「うう」

 よろよろとした足取りの淳哉を近くのベンチに座らせ、樹は目に入ったワゴン式の売店に走った。水を買って戻ると、蓋を開けて淳哉に渡す。

「ごめん……」

 水を一口飲んだ淳哉は、小さく呟いて樹に寄りかかってきた。傾いて零れそうになるペットボトルを受け取り、蓋をする。

「ぼ、僕こそごめん……なんか、すっごく遊園地好きなのかと思ってた」

 久しぶりになる淳哉からの接触と、自分の思い違いに動揺しながら樹も首を振る。
 須野原から遊園地のチケットをもらったから一緒に行こう、と持ちかけたときの淳哉の反応は大分食い気味だったし、朝だって寝ぼけ眼でトーストを囓る樹の部屋に迎えに来るくらいの気合の入れようだったので、てっきり相当遊園地を愛している人種なのだろうと思ったのだ。だから、一番にジェットコースターに誘ってしまった。

 まさか、一回乗っただけでこんなに生気を失うほど、絶叫マシンが苦手だったなんて。俯く淳哉を覗き込むと、相当辛いのかいつもより凶悪な顔をしている。

「イツキ……あのさ、俺に構わず好きなの乗ってきていいから」
「え? や、やだよ」
「いいよ、俺ここにいるから。昼頃になって、お腹すいたら戻ってきてくれれば」
「やだって言ってるじゃん!」

 思わず子供のように樹が声を上げると、淳哉の眉間のしわが深くなった。

「でも……来たことなかったから、あれも乗りたい、これも乗りたいって言ってただろ」
「言ったけどさ」

 確かに、淳哉を待たせながら準備をしている間や、遊園地に来るまでの電車内で樹はずっとそんな話をしていた。どうやって回ろうとか、期間限定の桜クレープと一番人気のチョコクレープとどっちがいいかとか。だが、それは淳哉も遊園地を樹と同じように楽しみにしていると思ったからだ。

「僕は、遊園地をジュンと楽しみたいの」

 水を淳哉に押し付けると、樹はリュックから入り口でもらったばかりの園内パンフレットを取りだした。アトラクション一覧を見ながら、二人で楽しめそうなものを洗い出していく。

「さっきのがダメってことは、バンジージャンプとか空中ブランコ、空飛ぶじゅうたん系も無理ってことだよね」
「正気の沙汰じゃない」
「苦手なのはスピード? 落下? 空中自転車とか観覧車は行ける?」
「何だろう。あ、高いだけなら平気」
「ゴーカート、メリーゴーランド」
「乗れる、けど?」
「お化け屋敷は」
「それは……ちょっと、行きたい」

 頭を上げた淳哉に「じゃあ、次はお化け屋敷!」と樹はパンフレットを畳んで立ちあがった。

「僕もなんか買ってくるからさ、飲み終わったら行こう」

 さっき水を買った売店に向かい、今度は熱いコーヒーを注文する。こぼさないようにそろそろと戻り、樹は淳哉の横にまた腰を下ろした。膝の上に置いたコーヒーが冷めるのをじっくりと待ちながら、園内を見るともなく眺める。

 きゃあ、と不意に聞こえてきた声に顔を上げると、さっき乗ったジェットコースターが金属製のレールの上を走り去ったところだった。乗っているときはそんなに感じなかったが、外から見ると仮設の足場のような骨組みは頼りなさげに見えなくもない。横を見ると同じ方向を見ていた淳哉と目が合う。

「楽しいね」
「……まだ来たばっかりなんだが?」

 だが呆れたようにそういう淳哉も、口元は緩んでいた。
 廃病院をコンセプトとしたお化け屋敷は作り物だと分かっていても怖くて、途中から樹は淳哉の背中に張り付いていた。その後に行った空中自転車では簡単なベルトをつけただけで空中に送り出されてしまい、ジェットコースターよりもよほどスリルのある体験を味わう羽目になった。恥ずかしげに淳哉がメリーゴーランドに乗ったところもちゃんと写真に撮ったし、クレープは結局二人で違う味を頼んで分け合うことにした。

 シューティング、トロッコ、コーヒーカップ……二人で乗れそうなものを制覇していくうちに、辺りは暗くなってきていた。まだまだ遊び足りないのに、もっとこの時間を楽しみたいのに、と樹が思った瞬間、ぱらり、と園内が明るくなった。イルミネーションが点いたのだ。
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