そばにいる人、いたい人

にっきょ

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「あー、面白かったぁ!」

 ダーツバーの扉を開け、狭い雑居ビルの階段を降りる。白い息を吐き出した樹は、後から階段を降りてくる須野原とその友人たちを見上げた。

「いやー、樹くんセンスあるよ、次は俺よりうまくなってるって絶対」
「素直にアドバイス聞く子は上達速いよね」
「えへへ、ビギナーズラックですよ」

べた褒めされて恥ずかしいことこの上ない。謙遜すると、「またまたぁ~」と笑い声が上がる。

 季節は十二月に入っていた。「今度友人を紹介してあげる」。その言葉通り、今日須野原は樹をダーツバーに連れてきて、彼の友人に「仲のいい後輩」と紹介してくれていた。学生起業した青年、株取引で会社員よりも稼いでいるという人、芸能活動と学生生活を両立させる同年代……話には聞いたことがあるが、本当に存在するとは思っていなかった人たちとの会話は、樹が今まで知らなかった世界のことばかりだった。ついつい話に聞き入ってしまったのとはじめてのダーツが楽しかったのとで、終電を逃してしまった樹はこれまたはじめてのオールを経験していた。

 中には「就活で困ったらうちに来なよ」と名刺をくれた人もいて、なんだかすごい人たちとお知り合いになってしまったなあ、と樹はぼんやりと考えていた。

(これが「付き合う相手を変える」ってことなのかなあ)

 樹の世界が、今晩だけで大きく広がった気がした。確かにこれは……淳哉とでは体験できなかったかもしれない。

「これからどうする?」
「サウナとかどうです? 近くにおすすめあるんですよ」
「あ、いいねー」

 わらわらと店のすぐ横にたまって協議した結果、どうやらこれからサウナに行くことが決まったようだ。それも行ってみたいなあ、でも財布の中身が心配だななどと樹が考えていると、さっと須野原が手を挙げた。

「あっ、すいません俺たち今日一限からあるんで、ここで失礼しますね」
「えー残念、それじゃあまたね」
「はい、またよろしくお願いします!」

 引き留めることなくあっさりと別れるのも、なんだか大人な感じがした。樹もぺこりとお辞儀をすると、手招きする須野原と共に駅へと向かう。

「あの、須野原先輩……? 今日、一限ない……ですよね?」

 始発はもう動き出した時間とはいえ、冬の陽は遅い。暗がりの中に消えていく集団から十分な距離を取ったことを確かめ、樹は須野原に素朴な疑問をぶつけた。

「うん、ないよ」

 樹を見下ろした須野原は、徹夜明けだというのにくたびれたところもなく、ふわりと蕩けるように笑った。見惚れていると、コートから出ていた手を恋人繋ぎにされる。

「樹とね、二人になりたかったから」
「……っ」

 頭の中が真っ白になる。人肌の温もりを握り返すことすらできず、樹は目線を下に向けた。手を引かれるまま須野原の隣を歩いていると、「ねえ」と優しい声が降ってきた。

「二十六日って空いてる? 当日じゃなくて申し訳ないんだけど……クリスマスだから会いたいなって」
「二十六?」
「そう。二十四と二十五はお客さん多いから、どうしてもバイト休めなくて。樹とは時間を気にせずゆっくり会いたいから、二十六でどうかなって」
「だ、大丈夫!」

 大学の冬休みは二十四日からだったはずだ。学校がなければ基本的に用事はない樹は大きく頷いた。

「よかった。じゃあ今度どこ行こうか」
「あっ、ゆ……遊園地とか!」
「ベタだなあ」

 呆れたような須野原の声に、樹は自分の発言を取り消したくなった。一日中遊べる、しかも二人で行きたい場所、となると反射的に出てきたのがそれだったのだ。わたわたとしながら見上げると、吹き出しそうな須野原と視線が合った。

「いいよ。じゃあ遊園地行こ」
「あっ、いや、えと」
「大丈夫。何回も行ったことがある場所でも、樹となら楽しいから」

 多分フォローのつもりだったのだろう須野原の言葉は、ちくりと樹の胸を刺した。また変なことを言ってしまった、と後悔しながら歩いているうちに駅につく。何社もの路線が乗り入れているターミナル駅だ。樹たちと同じく徹夜明けらしいくたびれた人と、これから出社するらしきしおれた人たちが行き交っている。
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