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隠し事

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 明日に備えて早く寝たほうがいいのは分かっていたが、なんだかそんな気分にはなれなかった。明月の出してくれた葛湯に口をつけると、冷え切った体が内側からもゆっくりと溶かされていく。すぐ横で煌々と炉火に照らされる美人を見ると、嬉しいような切ないような気持ちで、とにかく胸がいっぱいになってくる。

「……今でも信じられないな、良夜が……僕と、結婚してくれるなんて」
「俺もです」

 全身がふわふわして、なんだか夢の中のようだ。明日の朝、目が覚めたらまだ宮中にいるのではないかという気がして仕方ない。
 あるいは――明月の、気の迷いなのではないか、と。

「あっ、あの……今更なんですけど、本当に、良かったんですか、その……俺、なんかで」

 自分でも気づかないうちに心の奥に溜まっていた疑念が、ぽろりと良夜の口から落ちていった。こんなに美しくて、知識もあって、しかも人嫌いの明月が、竜王に啖呵を切ってまでなぜ良夜と結婚しようなどと思ったのか。後悔する羽目になったりしないのか。

「何を言っているんだ、僕は良夜が良かったんだよ。そうじゃなきゃここまでしない」
「でも、自分で言うのもあれですけど、俺のどこがいいんですか? 俺は……ずっと嘘をついてましたし、あなたのことを脅したりもしましたよね?」

 王の側室という身分こそあったが、元は小さな村の村長の息子でしかない。性格は言ったとおりだし、この美しい人の心を捉える何か秀でた部分があるようにも思えなかった。逃げるように葛湯を啜ると、「そうだなあ」と明月の耳が揺れるのが視界の端に映った。

「分からない……な、それは、僕にも」
「えっ」
「一目惚れなのはね、そうなんだ。運ばれてきたのを見て、何て儚げな人なんだろうと思って。守ってあげたいと思ったんだ」

 湯気の立つ湯呑の中を、愛おしそうに明月は覗いた。

「何だろうなあ……何か隠しているのは分かったけど、だからこそ力になりたかったし、初めて笑顔を見たときは本当に嬉しくなったんだ。熱心に薬師の勉強をしている様子を見てますます手放したくなくなったし、それで僕を脅してきたときは感動すらしたよね」

 考え込むそぶりを見せながら湯呑を口につける。唇についた葛湯を指先で拭い、「ああそうか」と明月は顔を上げた。

「分からないからこそ、僕は良夜といたいんだろうな」
「分からない、から?」

「そう」と明月は頷いた。

「僕はね、良夜。君のことが全然分からないんだ。君はいつも知らない面ばかり僕に見せて来るし、そのどれもが僕には魅力的で……だから、もっと知りたくなるんだ。きっと理解しきることはできないんだろうけど、でも、できる限り良夜に近づきたいんだ」
「そんなこと言われても……もう、隠していることなんて、ないと思いますけど」

 良夜が首を傾げると、そうかな、と明月は空になった湯呑を置いた。

「たとえば」

 伸びてきた指先が、良夜の鼻に触れる。そのままするりと顎を撫でられ、胸元へと降りていく。突然近づいてきた明月の顔にどぎまぎしていると、その唇が良夜の耳介に触れた。

「僕は……良夜がどこを触ったら気持ちよくなるのか、どんな風に喘ぐのか……まだ、知らないけど」
「あ、あの」

 突然の接近とその言葉の内容に、良夜の全身が緊張する。胸元にあった明月の手がさらに下へと降り、良夜の下腹部に触れた。

「僕に、教えてくれないかな」
「え、えっと……」

 全身を火照らせながら、佑は明月の服の裾を握りこんだ。明月の許へ行くと決まって、当然ながらこういうこともあるだろうと想像はしていた。だが、心の準備ができていないところに突然飛び出してこられるとどう対処していいか分からなくなってしまう。どうも、明月のことを理解しきれていないのは良夜も同じようだ。

「お……お式は……明日、ですよ」

 混乱する心とは違って、体の方は素直なものだ。明月の手が良夜の背中や尻を撫でる度に、ぞわぞわとした感覚が背筋を走り、下腹部に熱が溜まっていく。
 そうだね、と頷いた明月は、良夜の耳朶に軽く耳を立てた。あっ、と小さな声が漏れる。

「でも……そんなに、我慢できない」

 良夜の太腿に、熱く硬い塊が押し付けられる。良夜のものもまた兆していて、明月の手が布越しにそこを撫でていく。
 泣きそうになりながら顔を上げると、艷やかに濡れた、しかしその奥には脇の炉火よりも遥かに強い炎を内包した明月の瞳があった。吸い込まれてしまいそうだ、と思いながら見つめ返す。
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