竜王の妃は兎の薬師に嫁ぎたい

にっきょ

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まつ

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 死ななければ、きっとここから出られない。
 ならば、死んでしまえば――正確に言えば、死んだことにすればいい。

 麻酔薬で佑を仮死状態のようにしてしまい、その間に明月が「佑は死んだ」と診断する。貴人の遺体はすぐに埋葬されるわけではないから、その後佑が棺に入れられたところですり替えるか、逃げ出すかすればいい。死んだことになっていれば、今度こそ連れ戻されることはないはずだ――言葉通り翌日に薬を届けに来た明月にそう計画を説明すると、「稚拙な上に杜撰だ」と明月はそれを断じた。

「じゃあ、他に何か案でもあるんですか! 正面から逃げ出せってんですか、見たでしょう、ここの警備の厳重さを。あれ明月さんのせいですからね」
「ない。ないけれど……」

 思わず佑が声を荒げてなじると、ぺたりと耳を伏せた明月は首を振った。

「それに、その計画は……危険すぎる。数日は眠っていることになるし、そうなるときちんと目が覚めるか、目が覚めても無事かどうか保証ができない」
「……反対するなら、それでもいいです」

 佑は胸元から、小さな紙包みを取り出した。中にある胡麻のような種を見せる。

「明月さんが処方してくれないなら、俺はこの種を自分で飲みます」

 奪い取ろうとする明月の手が伸びてくる前に、種をまた胸元に戻す。

「それは……やめろ。やめなさい」

 宙ぶらりんになった手を彷徨わせながら、明月は目を泳がせた。

「落ち着いて。待っていればきっと好機もあるだろうから、今そんなに――」
「じゃあそれはいつなんですか! 本当に来るんですか? 俺はいつまでここに軟禁されていればいいんですか!」
「分からない、けど、でも君をそんな危険な目に遭わせるわけには」
「そんなの待ってられません!」

 佑は叫び、強く目を瞑った。そうしなければ、涙が零れてきてしまいそうだった。自分はこんなに泣き虫な人間ではないはずなのに。

「……もう嫌なんです。あなたに会えないのも、こうやって、終わりの見えない日々の中、何もせず時を過ごすのも」
「……良夜」

 頬に触れた、明月の手を握りしめる。

「だから、だから……お願いです、明月さん。失敗したとしても、あなたの手で死ねるなら本望です」

 大きく息を吸い、覚悟を決めて目を開ける。思ったより近くにあった明月の顔は歪んでいて、熱く煮えたぎっているような頭とは裏腹に佑の心は冷たく締め付けられた。その奥にある優越感に戸惑っていると、明月が佑の手を握り返してきた。

「僕は……随分と、罪深いことをしてしまったみたいだね。君をこんなに苦しませるなんて……」

 もう片方の手が、佑の背中に巻き付く。抱き寄せる力に逆らわず、佑は明月の胸にしなだれかかった。

「……分かったよ、良夜」

 落ち着いた声とは裏腹に、佑に伝わってくる明月の心音は早鐘のように打っている。

「少しだけ、時間を貰ってもいいかな。数日も眠らせる薬は……経験がないから」
「……はい!」

 頷いた佑が見上げると、その唇に明月の唇が重なった。

「ん……」

 少しざらりとした舌先が、佑の口内を優しく愛撫する。頭が蕩けていくような感覚に呆けていると、やがて顔を離した明月が耳元で小さく囁いた。

「大丈夫、絶対に成功させるよ」

 佑というよりも自分に言い聞かせているようなその言葉に、佑は小さく頷いた。
 そして、待つことしばらく。佑のもとに松の枝と薬が届けられたのは、しんしんと雪の降る年明けのことだった。

(……ついに、来た)

 疑われるといけないから、と明月とはあれから一切の連絡を取っていなかった。久しぶりの連絡なのに、松に結びつけられた文には「寝る前にお飲みください」としか書かれておらず、それがまた明月らしいと言えばらしかった。
 就寝前、こたつに入った佑が松の葉を撫でまわしていると、行火を持ってきた半崎が小さく噴き出した。

「殿下、そんなに松をいじめてはなりませんよ。……お手紙に何か嬉しいことでも書かれていましたか?」
「そう見えますか?」
「ええ。少しお元気になられたようで、半崎は嬉しゅうございます」

 それでは、と去って行こうとする半崎を佑は呼び止めた。

「はい、何でございましょうか」
「半崎さん、あの……今まで、ありがとうございました」
「……どうなされました、佑殿下」
「いえ、なんとなく……ただ、それだけです」
「……はあ」

 釈然としない顔のまま去って行く半崎の足音が聞こえなくなってから、佑は湯呑に入った水を手に取った。明月から届いた薬を開けると、絡みつくような匂いが広がった。
 薬包紙の端が震える。自分の手が震えているのだと気づくまでに少しかかった。

(……これを、飲んだら)

 二度と目が覚めないかもしれない。あるいは、目が覚めたとしても無事ではいられないかもしれない。
 どうなるにしても、もう元には戻れない。

(ここにきて、何を弱気になっているんだ、俺は)

 佑は大きく息を吸った。自分が言い出したことではないか。明月は佑の気持ちに応えてくれたのだ、なら、それを信じるしかない。
 水を口に含み、粉を口の中に入れる。むせかえりそうな苦さだったが、佑にとってそれは甘い砂糖菓子よりも更に美味だった。
 上を向き、一気に飲み下すその瞬間。誰が何と言おうとも――佑は、今までで一番幸せだった。
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