竜王の妃は兎の薬師に嫁ぎたい

にっきょ

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側室の役目

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 やがて竜王はため息をつき、ぐるると喉を鳴らした。

「……お前は、ここに来た時からずっとそうだな、佑」

 何のことだろうか。聞こえてきた声には物悲しい響きがあった。佑が伏せていた顔を上げると、野分は目を眇めて佑を眺めていた。

「小鹿のようにおどおどと怯えて、ただ縮こまって……そんなに儂が怖いか?」
「い、いえ滅相もございません」
「なあ佑、儂はお前を罰したいわけじゃない。ただ、何があったか知りたいだけだ。それでも教えてはくれんのか?」
「……」

 そう言われても、話せるわけがない。
 側室の身でありながら、他の人と想いあうようになりました、なんて。
 ぐるり、と視界が回った。突き飛ばされたのだ、と理解した時には、既に野分の体が佑の上にあった。

「へ、陛下……」

 両肩にかかった大きな手の力に、佑は眉を顰めた。野分の唸り声が大きくなる。

「答えぬか……なら、もう容赦はせん」

 言うなり、野分の手が引き裂くように佑の胸元を暴いた。帯も剥ぎ取られ、さっき着たばかりの衣がはだける。佑に跨りながら、同じように自分の着物も脱いでいく野分。筋肉のついた体が見え、恐ろしさに目を瞑る。
 硬くて熱いものが、佑の内腿に触れた。

「やっ……!」

 生々しい感触に悲鳴を上げると、「最初だけだ」と野分の低い声がした。

「我慢しろ。すぐによくなる」

 言葉と共に、熱の塊がさらに強く押し付けられる。
 怖い。けれども、これでいいのだと思い込もうとする。側室の――佑の役目は、竜王の子を産むことである。いずれ彼とは、こうしなくてはいけないのだ。
 萎えた佑の芯を、掬いあげるように竜王が握りこんだ。体中に怖気が走る。

「竜王様~!」

 不意に、半崎の素っ頓狂な大声が邸内に響き渡った。どすどすと足音が近づいてくる。

「竜王様、薬師のものが……」

 勢いよく障子が開け放たれる。裸の二人を見た半崎は「あらあ」とわざとらしく口元に手を当てた。

「これはこれは、私としたことが大変な失礼を……」
「……何だ、申せ」

 はだけていた衣を佑の上にかけ、剣呑な様子で野分が体を起こした。尻尾が不機嫌そうにゆらゆらと揺れている。

「申し訳ございません、蓮華の宮様のご容体について、薬師の明月が竜王様に申し上げたいことがあると」
「ふん、大したことではあるまい」
「それは、私めには――」

 半崎の弁明を遮るように大きくため息をつき、野分は立ち上がった。ひゅん、と振った尻尾の先で床に脱ぎ捨てていた衣を持ち上げ、袖を通す。

「……もうよい。興が冷めた」

 軽く前を合わせ、しどけない格好のまま歩き去って行く野分を呆然と眺める。やがて足音が聞こえなくなると、半崎がほっとしたように部屋の中に入ってきた。

「殿下、大丈夫ですか」
「は、はい……」

 押し倒されたときに捕まれた肩が少し痛いが、それだけだ。立ちあがると、すかさず半崎が乱れた服を着つけ直してくる。

「あの、睡蓮の宮様……華玉様って、どこかお悪いんですか?」

 ふと不安になって聞く。確かそろそろ出産の頃合いのはずだ。笑いながら、半崎は佑の胸元に帯を巻いた。

「まさかあ。ピンピンしていますよ」
「え、じゃあ……」
「本当に、大したことではないでしょうね」

 ふふ、と笑いながら帯締めを締め、半崎は佑の着付けを完成させた。

「もしご希望なら、後でこちらにも薬師を寄らせますが」
「あ、いえ……大丈夫、です」

 佑が首を振ると、「承知しました」と床に散らばった西瓜を拾い集め、半崎が部屋を出て行く。
また一人になった佑は、今更ながら激しい動悸に襲われてへなへなと床に座り込んだ。自分を落ち着けようと深呼吸をすると、飾られた桔梗の花が目に入った。

(明月さん……偶然、なのかな……?)

 本当は、今すぐにでも会いたかった。真意を問いただしたい。だが、それはできない。してはいけない。
 もう――明月とは別れたのだから。

「……っ」

 波のように押し寄せてきた感情で、また目の前が滲んだ。
 頬を伝う涙を拭う。
 もう、甘苦い匂いは、しなかった。
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