竜王の妃は兎の薬師に嫁ぎたい

にっきょ

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宮中に戻る

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 薄い絽を隔てたかのように、世界がぼんやりしていた。

(……なんで、俺、ここにいるんだろう)

 さっきまで、明月さんの薬を届けに回っていたはずなのに。もう宮中にはこないはずだったのに。
 虚ろなまま、小間使いに引き立てられるように板張りの縁側を歩く。勢いが衰えない雨に、中庭の庭木が煙っている。
 庭の花たちは大丈夫だろうか。ぼんやりと考えていると、どすどすと誰かが走ってくる音が聞こえた。

「た、佑殿下あぁ! よくぞ戻られました!」

 大声を上げて角から現れた半崎は、勢いを殺さぬまま佑に飛びついてきた。

「は、半崎さん」
「ああ、ああ、本当に申し訳ございませんでした、あの時半崎が祭りなど勧めたりしなければ、せめてお供について行っていましたらこんなことにはなりませんで、本当に、本当に……っ」

 佑を見上げた半崎の目がきらりと輝いたかと思うと、ぼろぼろと大粒の涙がこぼれ落ちていった。顔がくしゃりとなり、わあわあと声を上げて泣きはじめてしまう。

「俺……いえ、私も……申し訳ありません」

 後ろめたさを感じながら、頭を下げる。こんなに心配させていたなんて。

「いえ、いえっ、こうして無事なお顔を見せていただけただけで、半崎は、半崎はもう至上の喜びでございます、ああ、御髪まで短くされてしまって。さぞかし怖かったでしょう、お辛かったでしょう、もう心配ありませんからね」

 涙の止まらない半崎と共に、水芭蕉の宮へ戻る。熱い風呂で洗われ、綺麗な浅黄色の衣を着せられて部屋に戻ると、そこにはお膳が一つ準備されていた。

「ありあわせのもので恐縮なのですが……」
「いえ、充分です」

 多めの白米に、所狭しとお膳に並んだおかず。半崎なりに佑のことを考えてくれたのだろう。
 お膳の前に座り、手を合わせて箸を取る。冷めきった煮魚の少し濃い目の味付けは、人間向けにしてくれていたものなのだと今なら分かる。
 戻ってきてしまった、という実感が、ようやく佑の胸に湧いてきた。

「……っ」

 止める間もなく、ぼろぼろと涙が頬を伝っていく。口に入っていたご飯を何とか飲みこむと、代わりにそこから嗚咽が漏れだす。

「で、殿下!」
「ごめん、なさ……うう、っ」

 しゃくりあげる佑の横に、半崎が座った。

「……恐ろしい目に遭われたのですね。もう大丈夫ですから、安心して……」
「ち……ちがいます」

 佑が頭を振ると、半崎は困った顔をした。

「ごめっ……だいじょうぶ、ですっ……」

そうは言ったものの、涙が止まらず食事どころではない。しばらく佑を見ていた半崎は、やがて「もうお休みになられたらいかがですか」と提案してきた。

「……すい、ません」

 よろよろと立ち上がり、半崎が敷いてくれた布団に潜り込む。すぐに部屋の明かりが落とされ、半崎が去っていく足音がした。
 いつの間にか雨は止んだらしく、しんとした外から弱く月明かりが差していた。

(……明月さん、どうしてるかな)

 布団にくるまったまま、ぼんやりと浮き上がる欄間を眺める。家には帰っているだろうか。佑が帰ってこなくて心配しているのではないだろうか。
 もう会えないのだろうか。考えると息が苦しくなり、ほろりとまた涙が頬を伝っていく。宮中に呼ばれることもあるという話の通りならまた顔を合わせることもあるかもしれないが、それは同時に佑の正体を明月が知ってしまうということでもある。

(……本当は……すぐに身分を明かして、戻ってこなくちゃいけなかったんだ)

 そうすれば、こんなに辛い思いをすることもなかった。明月にだってきちんとお別れを言えただろうに。
 自分はやっぱり馬鹿だ。
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