後ろ向きな工房店主は、泣き虫新人君にベタ惚れです! - 幻影角燈の夜 -

にっきょ

文字の大きさ
上 下
48 / 53

48. 共に歩む

しおりを挟む
 クラコット村に近づくにつれ、ぴたぴた、ちろちろという小さな音が響き始めた。溶けた雪が木や家の屋根から垂れ、地面を流れる音だ。そろそろ山の上にも春が来る頃合いらしい。
 工房の裏手、住居側の玄関に降り立つ。ちょっとしんなりしたカイを樽から降ろしていると、開いた工房の窓から話し声が聞こえてきた。カイに目配せすると、「知らない」とばかりに首を振られる。不思議に思いながら扉を開けると、中ではレオンが腕を組み、紫の髪を高く括った妙齢の女性――レオンにくっついて移籍してきたアメリアを見下ろしていた。

「おう、おかえり」
「……レオンさん、今日店休日ですよ?」
「そうだよ!」

 レオンは村内に家があるので通いである。店休日にまで来る必要はない。ヴィクトールが首を傾げると、憤慨したようにレオンは肩をいからせた。

「だから俺は今日はサウナにでも行ってのんびり過ごそうと思ってたの! なのによお、アメリアが『ど~しても幻影花火が上手く弾けないんですぅ~練習したいので付き合ってくれませんかぁ~』っていうから見てやってたんだよ」

 幻影花火とは、衝撃を与えると中から花火などの小型幻影が飛び出すようにした、小石状の幻燈のことだ。魔石が割れるときに出る粒子に着想を得て開発したもので、子供のおもちゃのつもりでヴィクトールは売り出したのだが、最近はこれを食事の皿やケーキの上に乗せるのがやんごとなき人々の中で流行っているらしい。

「わ、私そんな言い方してませんよ!?」
「んだよ、大体一緒だろ」

 迷惑そうな雰囲気を装ってはいるが、口の端はニヤついている。本当はアメリアに頼られて嬉しいのだろう。

「ありがとうございます、レオンさん」
「ま、それなりにはなったから見てやってくれよ」

 アメリアと契約をした悪魔かのように凶悪な笑みを浮かべると、レオンは細い指の中に握られている透明の魔石にあごをしゃくった。少し強張った顔でアメリアが机の上に魔石を叩きつけると、パリンと高い音がして蝶々の幻影が工房中に溢れかえった。

「わっ、ちょ……!?」

 腕にびっしりくっつき、視界を覆うほどに飛び回る色とりどりの蝶々を振りほどこうと、反射的にカイが両手を振った。その手が勢いあまって作業机にぶつかり、もう一度悲鳴を上げる。

「アメリアちゃん、ちょっと……これ、蝶々の数多すぎない?」
「ほれ言っただろ、やっぱ気持ち悪いってこれは」
「ええ? いっぱいいたほうが綺麗で幸せな気持ちになりません?」
「いや、ものには限度ってものが……」

 ヴィクトールが言いかけたところで、一気に出力したせいだろう、出てきたときと同様に急激に蝶が光の粒になって消えていく。

「ほら、継続時間も短いし、これはもうちょっと蝶々の数絞ったほうがいいと思うな」
「そうですかねえ」

 アメリアが不服そうに頬を膨らませると、食堂に続く廊下側の扉が空いた。赤毛を長く編んだ眼鏡の少女、リタが顔を出す。この秋来たばかりの新顔だ。

「ゆうはーん! 夕飯ですよみなさん! あ、戻られてたんですね、店長、カイさん、おかえりなさいませ。レオンさんも食べていかれますよね? ってもう準備しちゃったんで食べていく以外の選択肢はないんですけど」
「そんならいただいていくとするかね。メニューは何だ?」
「今日はロジウムさんが大きなマスを釣ってきてくれたので、それをシンプルにグリルしてみました! ほくほくですよー」

 ダイニングに戻っていくリタに続き、ぞろぞろと皆移動を始める。ヴィクトールはあとに残り、工房の窓を閉めて戸締まりを確認して回った。窓や扉が施錠されていることを確認し、魔法錠を上からかける。
 最後に部屋の明かりを消し、廊下に出たヴィクトールは室内を振り返った。
 しん、と暗くなった工房内には、柔らかな人のさざめきが染み込んでいるようだった。壁のフックにかかるエプロンの数は6つになり、棚に入り切らない制作途中の角燈が空いた机の上に並んでいる。

「ヴィクトールさん!」

 振り向くと、カイのどんぐりのような目がヴィクトールを見上げていた。

「どうしたんです? ぼうっとして……」
「ん? んー」

 微笑みながらカイを見下ろしたヴィクトールは、少し考えた。この満ち足りたような、高揚するような、静かな決意のような気分をどう表現すればいいのだろうか。考え込んでいると、扉の間を金色の蝶がすり抜けてきた。ひらひらと飛んできた蝶はカイの左頬にとまり、ぱちりと光の粒になって消える。

「なんか……幸せだな、って」

 そんな単純な言葉でこの気持ちを表していいのだろうか。だが、他にちょうどいい言葉が見つからない。
 金の粒子がついたカイの痣を、手のひらで撫でる。言語化しきれなかった気持ちを伝えたくて、ヴィクトールはその上に背をかがめた。
 ゆっくりと、唇を重ねる。
 廊下には、雪解けの水音が静かに響いていた。



【終】

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

遊び人王子と捨てられ王子が通じ合うまで

地図
BL
ある島国の王宮で孤立していた王族の青年が、遊び人で有名な大国の王子の婚約者になる話です。言葉が通じない二人が徐々に心を通わせていきます。  カガニア国の十番目の王子アレムは、亡くなった母が庶民だったことにより王宮内で孤立している。更に異母兄からは日常的に暴行を受けていた。そんな折、ネイバリー国の第三王子ウィルエルと婚約するよう大臣から言いつけられる。ウィルエルは来るもの拒まずの遊び人で、手をつけられなくなる前に男と結婚させられようとしているらしい。  不安だらけでネイバリーへ来たアレムだったが、なんと通訳はさっさと帰国してしまった。ウィルエルはぐいぐい迫ってくるが、言葉がさっぱり分からない。とにかく迷惑にならないよう生活したい、でも結婚に持ち込まなければと奮闘するアレムと、アレムが見せる様々な一面に夢中になっていくウィルエル。結婚に反対する勢力や異母兄の悪意に晒されながら、二人が言葉と心の壁を乗り越えて結ばれるまでの話です。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

罰ゲームでクラス一の陰キャに告白して付き合う話

あきら
BL
攻め 二階堂怜央 陽キャ 高校2年生 受け 加藤仁成 陰キャ 高校2年生 クラス一の陽キャがクラス一の陰キャに告白して、最初断られたけどなんやかんやでOKされてなんやかんやで付き合うようになる話です。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

処理中です...