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43. ロゼワイン
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全身に草の葉をひっかけ、乱れた髪で戻ってきた二人を見て、ロジウムは「あらあら」と呆れたようにニヤついた。
「あ、いや、これはそういうあれじゃ……」
「はいはい、早く体流してきてね、夕飯はもうできてるから」
ヴィクトールが訂正する暇もなく台所に引っ込んでしまったロジウムに、カイと顔を見合わせて苦笑する。ただ、振り切れんばかりに尻尾が降られていたし、これ以上必死になって否定しても多分ロジウムのにやつきが深まるばかりだろう。
順番に体を洗い、食卓につく。すぐに大麦入りのスープとバターで焼いたマスが出てきた。大口を開けてぱくつき、相変わらず小気味いいまでの食べっぷりをカイは披露した。あっという間に皿を空にし、ロジウムにおかわりを要求するカイに笑みを向けたヴィクトールは、その後ろ、キャビネットの中にワインを放ったらかしにしていたことに気づいた。エックハルトが来た日以来、すっかり存在感をなくして背景と同化していたそれを思い出したのは、本当に偶然だった。
「カイ君、ロゼは好きかな」
ヴィクトールが右手を振ると、ゆるやかに飛んできた瓶がその手の中に収まり、テーブルの上には食器棚から出てきたグラスが仲良く並んでいた。ぽん、と飛んだコルクを左手で受け止め、薔薇色の液体をグラスに注ぐ。
「どうぞ」
軽く冷やしたグラスに、相変わらず白手袋を嵌めたカイが左手を伸ばす。かつて自らがブドウであったことを主張する甘い香りを楽しみながら少量を口に含むと、それに似合わぬ刺すような感覚が舌先に伝わる。長らく禁酒していたせいか、ヴィクトールは一杯を開けたところで体が火照ってくるのを感じた。
カイの方は平気なようで、サイダーと変わらぬ速度でワインを飲み干し、干し肉の薄切りをつまんでいる。干し肉を出したロジウムは、いつの間にか消えていた。
「ワインはちょっと苦手だったんですけど、これ、渋くなくていいですね!」
あまりにも率直な感想に、ヴィクトールは笑いながら空になった2つのグラスにワインを注いだ。
「これね、本当はエックハルトが来た時に出そうと思ってたものなんだ。でもすぐ帰ってしまったから渡しそびれてね」
口にしてから、どうも言う必要がないことを口走っているな、とヴィクトールは思った。何でも言えばいいというわけではないし、まだ酔うには早いだろう。それとも嬉しくて舞い上がっているのかもしれない。向かい側で明らかにむっとした表情をするカイの唇を今塞いだら、どんな反応をするだろうか。今度はさっきのような触れ合いではなく、もっと奥深くで繋がりたかった。
「だけど、忘れててよかったよ。今、カイ君とこうやって飲めるわけだからね」
現実味のないふわふわとした感覚は、本当に夢の中だからかもしれない。怒ればいいのか笑えばいいのか、微妙な顔つきをしたカイを見て、ヴィクトールは自分のグラスに瓶の先を傾けた。瓶の口から出た薔薇色の液体が、中途半端な量で終わりになる。これで最後だ。
グラスを持って、大きな食堂の机を回り込む。不思議そうなカイの視線に追われるのを感じながら「カイ」と小さく名前を呼ぶ。
「はい、えっと」
震える声を聞きながら、ヴィクトールはグラスの中身を呷った。椅子に座ったカイの上に屈みこむ。
「んぅっ……」
唇を重ね、合間に舌を差し込んだ。甘い香りの――だがその味は決して甘くない――液体を流し込むと、戸惑ったように舌を絡ませながら、カイの喉がごくりと動いた。
上口蓋をなぶり、健気に差し出される舌先を吸ってからヴィクトールは口を離した。カイの喉に垂れた水滴を追い、薄い皮膚を舐める。ぴくりと震えた首筋から、石鹼と陽だまりのような香りがした。
「あ、あの……臭くないですか?」
「いや、すごくいい匂いだ」
カイのうなじに鼻をつけながらヴィクトールは低く唸った。事実、カイの服を嗅いでは自分を慰めていたせいか、その香りだけでヴィクトールの股間は熱く滾っていた。今すぐにカイのシャツを脱がせ、テーブルに押し倒して全身から立ち上るもっと濃厚な芳香と自分のものとを混ぜてしまいたい。がっつきすぎだ、と泡沫のようになりかけた理性が微かに叫んでいた。
そっと肩に乗せられたカイの手首を取る。顔を離して見下ろした、上目遣いのカイの瞳はとろりとした甘い艶を帯びている。
左手の手袋の先端をつまみ、指先から引き抜く。ヴィクトールはその下から出てきた、赤く爛れた皮膚に唇を押し付けた。他の部分より皮膚が薄い分、カイの熱が強く伝わってきて愛おしい。カイの左頬、同じように皮膚が溶けたような痣の上にも同じようにキスをする。「ヴィクトールと客の親密そうなやり取りを見て動揺し、手元が滑った」という理由を聞いた今、ヴィクトールには余計にこの傷跡が何よりも美しい化粧に見えた。少なくともその瞬間は、カイがヴィクトールを恋い慕い、嫉妬に駆られていたという一生消えない証だ。
焦げ茶の長いまつ毛に彩られた瞳が、遠慮がちに伏せられる。その様子に、ヴィクトールの我慢は限界に達した。
「綺麗だよ、カイ」
唇を軽く重ね、「おいで」と手を引いた。走って部屋に飛び込みたい心を押さえ、ゆっくりと余裕ぶって階段を上がる。カイの部屋の前を通り過ぎ、一番奥にあるヴィクトールの自室へ。
部屋のノブを掴んだところで、ヴィクトールはカイを見下ろした。耳まで真っ赤にした表情は見えなかったが、繋がった手が強く握り返されたことに安堵する。
「あ、いや、これはそういうあれじゃ……」
「はいはい、早く体流してきてね、夕飯はもうできてるから」
ヴィクトールが訂正する暇もなく台所に引っ込んでしまったロジウムに、カイと顔を見合わせて苦笑する。ただ、振り切れんばかりに尻尾が降られていたし、これ以上必死になって否定しても多分ロジウムのにやつきが深まるばかりだろう。
順番に体を洗い、食卓につく。すぐに大麦入りのスープとバターで焼いたマスが出てきた。大口を開けてぱくつき、相変わらず小気味いいまでの食べっぷりをカイは披露した。あっという間に皿を空にし、ロジウムにおかわりを要求するカイに笑みを向けたヴィクトールは、その後ろ、キャビネットの中にワインを放ったらかしにしていたことに気づいた。エックハルトが来た日以来、すっかり存在感をなくして背景と同化していたそれを思い出したのは、本当に偶然だった。
「カイ君、ロゼは好きかな」
ヴィクトールが右手を振ると、ゆるやかに飛んできた瓶がその手の中に収まり、テーブルの上には食器棚から出てきたグラスが仲良く並んでいた。ぽん、と飛んだコルクを左手で受け止め、薔薇色の液体をグラスに注ぐ。
「どうぞ」
軽く冷やしたグラスに、相変わらず白手袋を嵌めたカイが左手を伸ばす。かつて自らがブドウであったことを主張する甘い香りを楽しみながら少量を口に含むと、それに似合わぬ刺すような感覚が舌先に伝わる。長らく禁酒していたせいか、ヴィクトールは一杯を開けたところで体が火照ってくるのを感じた。
カイの方は平気なようで、サイダーと変わらぬ速度でワインを飲み干し、干し肉の薄切りをつまんでいる。干し肉を出したロジウムは、いつの間にか消えていた。
「ワインはちょっと苦手だったんですけど、これ、渋くなくていいですね!」
あまりにも率直な感想に、ヴィクトールは笑いながら空になった2つのグラスにワインを注いだ。
「これね、本当はエックハルトが来た時に出そうと思ってたものなんだ。でもすぐ帰ってしまったから渡しそびれてね」
口にしてから、どうも言う必要がないことを口走っているな、とヴィクトールは思った。何でも言えばいいというわけではないし、まだ酔うには早いだろう。それとも嬉しくて舞い上がっているのかもしれない。向かい側で明らかにむっとした表情をするカイの唇を今塞いだら、どんな反応をするだろうか。今度はさっきのような触れ合いではなく、もっと奥深くで繋がりたかった。
「だけど、忘れててよかったよ。今、カイ君とこうやって飲めるわけだからね」
現実味のないふわふわとした感覚は、本当に夢の中だからかもしれない。怒ればいいのか笑えばいいのか、微妙な顔つきをしたカイを見て、ヴィクトールは自分のグラスに瓶の先を傾けた。瓶の口から出た薔薇色の液体が、中途半端な量で終わりになる。これで最後だ。
グラスを持って、大きな食堂の机を回り込む。不思議そうなカイの視線に追われるのを感じながら「カイ」と小さく名前を呼ぶ。
「はい、えっと」
震える声を聞きながら、ヴィクトールはグラスの中身を呷った。椅子に座ったカイの上に屈みこむ。
「んぅっ……」
唇を重ね、合間に舌を差し込んだ。甘い香りの――だがその味は決して甘くない――液体を流し込むと、戸惑ったように舌を絡ませながら、カイの喉がごくりと動いた。
上口蓋をなぶり、健気に差し出される舌先を吸ってからヴィクトールは口を離した。カイの喉に垂れた水滴を追い、薄い皮膚を舐める。ぴくりと震えた首筋から、石鹼と陽だまりのような香りがした。
「あ、あの……臭くないですか?」
「いや、すごくいい匂いだ」
カイのうなじに鼻をつけながらヴィクトールは低く唸った。事実、カイの服を嗅いでは自分を慰めていたせいか、その香りだけでヴィクトールの股間は熱く滾っていた。今すぐにカイのシャツを脱がせ、テーブルに押し倒して全身から立ち上るもっと濃厚な芳香と自分のものとを混ぜてしまいたい。がっつきすぎだ、と泡沫のようになりかけた理性が微かに叫んでいた。
そっと肩に乗せられたカイの手首を取る。顔を離して見下ろした、上目遣いのカイの瞳はとろりとした甘い艶を帯びている。
左手の手袋の先端をつまみ、指先から引き抜く。ヴィクトールはその下から出てきた、赤く爛れた皮膚に唇を押し付けた。他の部分より皮膚が薄い分、カイの熱が強く伝わってきて愛おしい。カイの左頬、同じように皮膚が溶けたような痣の上にも同じようにキスをする。「ヴィクトールと客の親密そうなやり取りを見て動揺し、手元が滑った」という理由を聞いた今、ヴィクトールには余計にこの傷跡が何よりも美しい化粧に見えた。少なくともその瞬間は、カイがヴィクトールを恋い慕い、嫉妬に駆られていたという一生消えない証だ。
焦げ茶の長いまつ毛に彩られた瞳が、遠慮がちに伏せられる。その様子に、ヴィクトールの我慢は限界に達した。
「綺麗だよ、カイ」
唇を軽く重ね、「おいで」と手を引いた。走って部屋に飛び込みたい心を押さえ、ゆっくりと余裕ぶって階段を上がる。カイの部屋の前を通り過ぎ、一番奥にあるヴィクトールの自室へ。
部屋のノブを掴んだところで、ヴィクトールはカイを見下ろした。耳まで真っ赤にした表情は見えなかったが、繋がった手が強く握り返されたことに安堵する。
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