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41. 勘違い
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カタン、パチンと作業の音だけが小さく響く中、先に沈黙を破ったのはカイの方だった。
「師匠の目、オレンジ色じゃないですか……」
「え、まあ、そうだけど」
少しむくれたような声に、エックハルトの顔を思い出す。彼の目は透きとおるようなオレンジだし、カイの描いたエミールは青灰色をしていた。だがそのあたりは誤差の範囲内というか、目の色だけ違う方が印象的だし、あえて変更したのかと思っていたのだ。
そのまままたお互い無言に戻る。ヴィクトールが出来上がったペンダントに魔力を込めると、対になった魔石が青灰色に輝いた。ヴィクトールの目と同じ色だ。
「……あの、カイ君」
「なんですか」
後ろで作業をするカイの方を見る。後ろからでは背中と少しはねた髪の毛くらいしかみえないが、それでも真っ赤になっている耳の先が見えた。
「これも勘違いだったら申し訳ないんだけど、もしかして、エミールのモデル、僕……だったりする?」
「……まあ」
「で、クリスティーネの方はカイ君?」
立ち上がり、カイの横に回り込みながら首を傾げると、ふいとカイが顔をそむけた。隣の椅子に座って更に覗き込むと、可能な限り首を横に回したカイが「うう」と呻いた。真っ赤になった顔には、早くも汗がにじんでいる。
否定しない、ということはそうなのだろう。途端にとんでもない羞恥心がヴィクトールを襲った。自分たちをモチーフに作った角燈を自信たっぷりで衆人環視の中披露しただなんて。それどころじゃない、複製とはいえ売る契約までしてしまった。なんてことだ。激しい動悸と共に全身の血が顔に集まってきたような気がした。
ロマンチックな内容もさることながら、一番嫌なのはエックハルト=エミールだと思って思いっきり美男子にしてしまったことだ。顔が似ていたら似ていたで恥ずかしいが、似ていなかったらそれはそれで自分を美化してしまったようでいたたまれない。
「だって、ヴィクトールさん『こんな感じでやりたいです』って見せたとき『いいね、これで行こう!』って言ったじゃないですか!」
「いや、それは、エックハルトとアルマがモチーフなんだなあって思ったからだし」
「そんなわけないじゃないですか! なんでそうなるんですか!」
「気づくわけないだろう! まさか自分が元になってるなんて考えないよ!」
「に、似てなくて悪かったですね!」
「そういう意味じゃない!」
「じゃあ……」
「ちょっと! 静かに!!」
店舗からロジウムの大声と、その直後にドアベルの音が聞こえ、二人は言葉を切った。はあはあと肩で息をしながら互いを睨みあう。
「……頭冷やしてきます」
机の上にエプロンを叩きつけ、カイが背を向けた。何も言えず、ヴィクトールはただ工房を出ていくカイを見送った。カイが開けた扉から入ってきた秋風が、火照った首筋を冷やしていく。
深呼吸をして、ヴィクトールはカイの作業机の上に突っ伏した。投げ捨てられていったエプロンを丸め、胸に抱き込む。
カイを怒らせたいわけでも、言い争いたいわけでもなかった。ただ、気づいていなかったとはいえ自分がナルシストじみた蛮行に及んでいたと突然知って狼狽えてしまったのだ。
(……聞けばよかったんだよな。一人で勝手に納得したりせずに)
気遣いのつもりで自己完結していた。相手が気にしていることにむやみに触れないのは大切かもしれないが、それ以上に「話さないと分からないことは多い」という当たり前のことをヴィクトールは痛感していた。互いの気持ちを聞かず、勝手な思い込みで動いていたからカイとすれ違っていたのに、まったくもって学習していない自分に呆れるしかない。
「何? こっちまで聞こえるんだから、むやみに騒がないで頂戴」
もう一度ドアベルの音がした後、ロジウムが工房に顔を突っ込んで文句を言ってきた。突っ伏したヴィクトールにギョッとしたように近づいてくる。
「ロジー、この角燈、僕とカイくんがモデルになっていたらしいんだけど……気づいてた?」
置いていかれた銀色の角燈をつつき、ヴィクトールは毛の長いコボルトを見た。
「え? ええまあ、何となくそうだろうとは思ってたけど。それがどうかしたの?」
「嘘だろ……何で言ってくれなかったんだよ」
「指摘したらからかってるみたいで恥ずかしいかなと思って。大胆なことするなあ、とは思ったけど」
そんな気遣いはいらない。ヴィクトールはカイのエプロンに顔を埋めた。
「もう外に出たくない……いい笑いものじゃないか」
「大丈夫よ、アンタたちの角燈は皆が見たかもしれないけど、アンタたち自身のことなんて誰も見ちゃいないわ」
「そうかな……」
からん、と再びドアベルが鳴った。いらっしゃいませ、と飛んでいくロジウムを見送ってから自分の席に戻り、のろのろとペアペンダントづくりを再開する。ペンダントの売れ行きがいいのは「結婚や婚約の際、対となる品物を証として身に着ける」という最近の流行によるものだということをヴィクトールは少し前に知ったばかりだった。指輪や腕輪にできないか、という相談もあったので、指輪と腕輪の試作品も数パターンずつ作成する。
ペンダントを作り終え、閉店時刻を過ぎてもカイは帰って来なかった。
「探してこようか?」
店の扉を閉め、早くも暗くなってきた空を窓から見上げる。振り向くと横でロジウムが黒い鼻をピクピクとさせていた。ロジウムの鋭敏な嗅覚を使えば、数時間前に出ていったばかりのカイを見つけるのは容易いだろう。
「いや……大体どこにいるか分かるし、僕が迎えに行ってくるよ」
ヴィクトールはそう言い、椅子の背にかけていたローブを羽織った。玄関を開け、コートハンガーにかかっていたマフラーを持って外に出る。玄関わきに置かれた大樽を見て少し考え、結局歩いていくことにした。
「師匠の目、オレンジ色じゃないですか……」
「え、まあ、そうだけど」
少しむくれたような声に、エックハルトの顔を思い出す。彼の目は透きとおるようなオレンジだし、カイの描いたエミールは青灰色をしていた。だがそのあたりは誤差の範囲内というか、目の色だけ違う方が印象的だし、あえて変更したのかと思っていたのだ。
そのまままたお互い無言に戻る。ヴィクトールが出来上がったペンダントに魔力を込めると、対になった魔石が青灰色に輝いた。ヴィクトールの目と同じ色だ。
「……あの、カイ君」
「なんですか」
後ろで作業をするカイの方を見る。後ろからでは背中と少しはねた髪の毛くらいしかみえないが、それでも真っ赤になっている耳の先が見えた。
「これも勘違いだったら申し訳ないんだけど、もしかして、エミールのモデル、僕……だったりする?」
「……まあ」
「で、クリスティーネの方はカイ君?」
立ち上がり、カイの横に回り込みながら首を傾げると、ふいとカイが顔をそむけた。隣の椅子に座って更に覗き込むと、可能な限り首を横に回したカイが「うう」と呻いた。真っ赤になった顔には、早くも汗がにじんでいる。
否定しない、ということはそうなのだろう。途端にとんでもない羞恥心がヴィクトールを襲った。自分たちをモチーフに作った角燈を自信たっぷりで衆人環視の中披露しただなんて。それどころじゃない、複製とはいえ売る契約までしてしまった。なんてことだ。激しい動悸と共に全身の血が顔に集まってきたような気がした。
ロマンチックな内容もさることながら、一番嫌なのはエックハルト=エミールだと思って思いっきり美男子にしてしまったことだ。顔が似ていたら似ていたで恥ずかしいが、似ていなかったらそれはそれで自分を美化してしまったようでいたたまれない。
「だって、ヴィクトールさん『こんな感じでやりたいです』って見せたとき『いいね、これで行こう!』って言ったじゃないですか!」
「いや、それは、エックハルトとアルマがモチーフなんだなあって思ったからだし」
「そんなわけないじゃないですか! なんでそうなるんですか!」
「気づくわけないだろう! まさか自分が元になってるなんて考えないよ!」
「に、似てなくて悪かったですね!」
「そういう意味じゃない!」
「じゃあ……」
「ちょっと! 静かに!!」
店舗からロジウムの大声と、その直後にドアベルの音が聞こえ、二人は言葉を切った。はあはあと肩で息をしながら互いを睨みあう。
「……頭冷やしてきます」
机の上にエプロンを叩きつけ、カイが背を向けた。何も言えず、ヴィクトールはただ工房を出ていくカイを見送った。カイが開けた扉から入ってきた秋風が、火照った首筋を冷やしていく。
深呼吸をして、ヴィクトールはカイの作業机の上に突っ伏した。投げ捨てられていったエプロンを丸め、胸に抱き込む。
カイを怒らせたいわけでも、言い争いたいわけでもなかった。ただ、気づいていなかったとはいえ自分がナルシストじみた蛮行に及んでいたと突然知って狼狽えてしまったのだ。
(……聞けばよかったんだよな。一人で勝手に納得したりせずに)
気遣いのつもりで自己完結していた。相手が気にしていることにむやみに触れないのは大切かもしれないが、それ以上に「話さないと分からないことは多い」という当たり前のことをヴィクトールは痛感していた。互いの気持ちを聞かず、勝手な思い込みで動いていたからカイとすれ違っていたのに、まったくもって学習していない自分に呆れるしかない。
「何? こっちまで聞こえるんだから、むやみに騒がないで頂戴」
もう一度ドアベルの音がした後、ロジウムが工房に顔を突っ込んで文句を言ってきた。突っ伏したヴィクトールにギョッとしたように近づいてくる。
「ロジー、この角燈、僕とカイくんがモデルになっていたらしいんだけど……気づいてた?」
置いていかれた銀色の角燈をつつき、ヴィクトールは毛の長いコボルトを見た。
「え? ええまあ、何となくそうだろうとは思ってたけど。それがどうかしたの?」
「嘘だろ……何で言ってくれなかったんだよ」
「指摘したらからかってるみたいで恥ずかしいかなと思って。大胆なことするなあ、とは思ったけど」
そんな気遣いはいらない。ヴィクトールはカイのエプロンに顔を埋めた。
「もう外に出たくない……いい笑いものじゃないか」
「大丈夫よ、アンタたちの角燈は皆が見たかもしれないけど、アンタたち自身のことなんて誰も見ちゃいないわ」
「そうかな……」
からん、と再びドアベルが鳴った。いらっしゃいませ、と飛んでいくロジウムを見送ってから自分の席に戻り、のろのろとペアペンダントづくりを再開する。ペンダントの売れ行きがいいのは「結婚や婚約の際、対となる品物を証として身に着ける」という最近の流行によるものだということをヴィクトールは少し前に知ったばかりだった。指輪や腕輪にできないか、という相談もあったので、指輪と腕輪の試作品も数パターンずつ作成する。
ペンダントを作り終え、閉店時刻を過ぎてもカイは帰って来なかった。
「探してこようか?」
店の扉を閉め、早くも暗くなってきた空を窓から見上げる。振り向くと横でロジウムが黒い鼻をピクピクとさせていた。ロジウムの鋭敏な嗅覚を使えば、数時間前に出ていったばかりのカイを見つけるのは容易いだろう。
「いや……大体どこにいるか分かるし、僕が迎えに行ってくるよ」
ヴィクトールはそう言い、椅子の背にかけていたローブを羽織った。玄関を開け、コートハンガーにかかっていたマフラーを持って外に出る。玄関わきに置かれた大樽を見て少し考え、結局歩いていくことにした。
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