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33. 夏祭り最終日
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夏祭りの最終日、コンテストの日はすぐに来た。
「ついに……今日ですね」
朝、ヴィクトールと共に工房から散歩に出たカイは、緊張した面持ちで左右を見回した。まだ開く前の屋台を、町中に飾られた色とりどりの幻影角燈が照らしている。現在役場であるところの古城は花と布で飾り付けられ、祭りの中心となる広場の仮設舞台を背後から彩っていた。そう、まさに工房前が祭りのメイン会場なのだ。
「あー、もう今から緊張してきました」
「僕らの幻影の披露は夕方だよ?」
笑いながら、広場をぐるりと見て回る。舞台の回りに、出品する角燈を並べて置くテーブルが並んでいた。ここでまずランプ部分のデザインが見られ、その後舞台で順番に幻影を披露するのだ。
(減ったな)
昔、まだヴィクトールが子供の頃、幻影角燈は冠婚葬祭に「あって当然」のものだった。世に角燈工房も多く、到底1日で「披露会」が終わる量ではなかった。予選会もあったし、各工房の幻影の披露だけで3日間かかっていた記憶がある。
それが今では、丸一日かければ見終わってしまうほどの出品数だ。兵力増強の国策により魔法使いが増えた結果、イベントの演出など戦闘以外に自分の道を見つけた魔法使いも増えたせいである。もちろん店舗装飾や教材、個人用などとしてはまだ幻影角燈の需要があるが、それも以前ほどではない。
(……工房がなくなっていくのも、時代の流れかな)
ふと頭に浮かんだ弱気な考えを、慌てて頭の隅に押しやる。今はそんなことを考えている場合ではないし、最古の工房を継ぐ主として、自分の代で畳むということだけはしたくなかった。
ロジウムには否定したが、カイがこのまま工房を継いでくれたらいいのに、とヴィクトールだって思っている。二十四代目当主、カイ・ゼーア。いい響きではないだろうか。とはいえ、ヴィクトールにはまだそこまでカイに重荷を背負わせる勇気はなかった。
祭りの装飾がされた町を眺めながら、いつもより長めに歩く。湖の岸にも吊られた角燈が輝いており、その下では二世花が散りかけていた。取れた花弁が水面に白く浮かび、風に吹き寄せられている。
「綺麗ですね」
「うん」
雪のように散らばる花弁を見て、カイが手を胸の前で合わせた。その両手には、爛れた左手を隠すように白手袋が嵌められている。カイ自身が怪我について言うことはなかったが、手袋と顔に残る痣を見るたびにヴィクトールは悔恨の念に囚われていた。外見にかかわることなのだし、気にならないはずがない。火傷をしたのが自分だったらよかったのに、とどれほど思ったことか。
朝もやの中、早くもどこかから出てきた観光客たちで混みあってきた村の中を通り、工房へと戻る。朝食を食べ終わったころ、ぱんぱんと空砲の音がした。夏祭りのフィナーレを彩る、コンテストの開催を告げる音だ。
角燈を持って、3人で店の外に出る。同業者であろうローブ姿の、あるいはエプロン姿の人々の間を縫って進もうとすると、そのうちの1人がヴィクトールに手を振ってきた。名前は思い出せないものの、見覚えがあるので手を振り返す。確か祖母の弟子で、今は首都の方に店を構えている人だ。その女性の隣にいたローブ姿の青年もつられたようにヴィクトールの方を向き、驚いたように隣の師匠らしきおじいさんをつつく。
「ゼーアが」「本当だったんだ」「隣の子は新人? 見たことないね」「でもあそこはもう……」あっという間に小さなざわめきが伝播していく。世界で一番歴史のある工房という看板は、それだけで人を有名にするのだ。好奇心を内包しながら向けられる視線に、小さくロジウムがうなり声をあげた。とたんに囁き声が小さくなっていく。
「ヴィ、ヴィクトールさん……?」
不安そうに見上げてくるカイに微笑み、ヴィクトールは手袋越しに左手を握った。
「大丈夫だよ、カイ君」
そう口にするヴィクトール自身も、なにがどう大丈夫なのかは分からない。だが、2人でできるだけのことはしてきたという妙な自信があった。毎晩話し合い、髪の毛のそよぎや花の揺らぎ、光の一粒にすら魂を込めたのだ。
自分でも単純だと思う。だが、カイが横にいると思うと、どこからか勇気が出てくる。カイにいいところを見せたいし、喜ばせたい。彼が誇れる相棒でありたいのだ。おそらく、カイがいなかったら今頃ヴィクトールは緊張とプレッシャーで部屋から出ることすらできなかっただろう。
行こう、とカイの手を引き、舞台横のテーブルに角燈を置く。すでに左右には他の工房の角燈が飾られていた。
(少なくとも、見劣りはしていない……はず)
隣のヨウメイ工房の作品を嘗め回すように見ていると、目の前の日がふっと翳った。目を上げると、レオンが机を挟んで前に立っている。
「ついに本番だな。うちの工房で見てったことは役に立ったかい?」
「あっ……はい! ありがとうございます!」
それまで少し強張っていたカイの表情が、ぱっと明るくなる。それに微かな不満を覚えるが、ヴィクトール自身レオンに声を掛けられたことでほっとしていた。伸びてきたごつい手が、ヴィクトールとカイ両方の頭を撫でまわす。
「ヴィクトールもよくやったな。楽しみにしてるぜ」
だからもう子供じゃないんだけど、と思いながらされるがままになる。
「ええ、期待していてください」
「言うじゃねえか」
最後に額を小突かれ、レオンの指が離れた。隣でカイが左右を見回し、山のような体の上にある山賊のような面を見上げる。
「レオンさんのところの……アトリエ水無月さんの角燈は、どこにあるんですか?」
「ああ、俺のところのはあそこだ。最後のエキシビションで披露するから、良かったら見てくれよ」
茨のタトゥーが入った指先を追うと、舞台の真横、一番目立つ場所に炭色の幻影角燈が置かれていた。
「ついに……今日ですね」
朝、ヴィクトールと共に工房から散歩に出たカイは、緊張した面持ちで左右を見回した。まだ開く前の屋台を、町中に飾られた色とりどりの幻影角燈が照らしている。現在役場であるところの古城は花と布で飾り付けられ、祭りの中心となる広場の仮設舞台を背後から彩っていた。そう、まさに工房前が祭りのメイン会場なのだ。
「あー、もう今から緊張してきました」
「僕らの幻影の披露は夕方だよ?」
笑いながら、広場をぐるりと見て回る。舞台の回りに、出品する角燈を並べて置くテーブルが並んでいた。ここでまずランプ部分のデザインが見られ、その後舞台で順番に幻影を披露するのだ。
(減ったな)
昔、まだヴィクトールが子供の頃、幻影角燈は冠婚葬祭に「あって当然」のものだった。世に角燈工房も多く、到底1日で「披露会」が終わる量ではなかった。予選会もあったし、各工房の幻影の披露だけで3日間かかっていた記憶がある。
それが今では、丸一日かければ見終わってしまうほどの出品数だ。兵力増強の国策により魔法使いが増えた結果、イベントの演出など戦闘以外に自分の道を見つけた魔法使いも増えたせいである。もちろん店舗装飾や教材、個人用などとしてはまだ幻影角燈の需要があるが、それも以前ほどではない。
(……工房がなくなっていくのも、時代の流れかな)
ふと頭に浮かんだ弱気な考えを、慌てて頭の隅に押しやる。今はそんなことを考えている場合ではないし、最古の工房を継ぐ主として、自分の代で畳むということだけはしたくなかった。
ロジウムには否定したが、カイがこのまま工房を継いでくれたらいいのに、とヴィクトールだって思っている。二十四代目当主、カイ・ゼーア。いい響きではないだろうか。とはいえ、ヴィクトールにはまだそこまでカイに重荷を背負わせる勇気はなかった。
祭りの装飾がされた町を眺めながら、いつもより長めに歩く。湖の岸にも吊られた角燈が輝いており、その下では二世花が散りかけていた。取れた花弁が水面に白く浮かび、風に吹き寄せられている。
「綺麗ですね」
「うん」
雪のように散らばる花弁を見て、カイが手を胸の前で合わせた。その両手には、爛れた左手を隠すように白手袋が嵌められている。カイ自身が怪我について言うことはなかったが、手袋と顔に残る痣を見るたびにヴィクトールは悔恨の念に囚われていた。外見にかかわることなのだし、気にならないはずがない。火傷をしたのが自分だったらよかったのに、とどれほど思ったことか。
朝もやの中、早くもどこかから出てきた観光客たちで混みあってきた村の中を通り、工房へと戻る。朝食を食べ終わったころ、ぱんぱんと空砲の音がした。夏祭りのフィナーレを彩る、コンテストの開催を告げる音だ。
角燈を持って、3人で店の外に出る。同業者であろうローブ姿の、あるいはエプロン姿の人々の間を縫って進もうとすると、そのうちの1人がヴィクトールに手を振ってきた。名前は思い出せないものの、見覚えがあるので手を振り返す。確か祖母の弟子で、今は首都の方に店を構えている人だ。その女性の隣にいたローブ姿の青年もつられたようにヴィクトールの方を向き、驚いたように隣の師匠らしきおじいさんをつつく。
「ゼーアが」「本当だったんだ」「隣の子は新人? 見たことないね」「でもあそこはもう……」あっという間に小さなざわめきが伝播していく。世界で一番歴史のある工房という看板は、それだけで人を有名にするのだ。好奇心を内包しながら向けられる視線に、小さくロジウムがうなり声をあげた。とたんに囁き声が小さくなっていく。
「ヴィ、ヴィクトールさん……?」
不安そうに見上げてくるカイに微笑み、ヴィクトールは手袋越しに左手を握った。
「大丈夫だよ、カイ君」
そう口にするヴィクトール自身も、なにがどう大丈夫なのかは分からない。だが、2人でできるだけのことはしてきたという妙な自信があった。毎晩話し合い、髪の毛のそよぎや花の揺らぎ、光の一粒にすら魂を込めたのだ。
自分でも単純だと思う。だが、カイが横にいると思うと、どこからか勇気が出てくる。カイにいいところを見せたいし、喜ばせたい。彼が誇れる相棒でありたいのだ。おそらく、カイがいなかったら今頃ヴィクトールは緊張とプレッシャーで部屋から出ることすらできなかっただろう。
行こう、とカイの手を引き、舞台横のテーブルに角燈を置く。すでに左右には他の工房の角燈が飾られていた。
(少なくとも、見劣りはしていない……はず)
隣のヨウメイ工房の作品を嘗め回すように見ていると、目の前の日がふっと翳った。目を上げると、レオンが机を挟んで前に立っている。
「ついに本番だな。うちの工房で見てったことは役に立ったかい?」
「あっ……はい! ありがとうございます!」
それまで少し強張っていたカイの表情が、ぱっと明るくなる。それに微かな不満を覚えるが、ヴィクトール自身レオンに声を掛けられたことでほっとしていた。伸びてきたごつい手が、ヴィクトールとカイ両方の頭を撫でまわす。
「ヴィクトールもよくやったな。楽しみにしてるぜ」
だからもう子供じゃないんだけど、と思いながらされるがままになる。
「ええ、期待していてください」
「言うじゃねえか」
最後に額を小突かれ、レオンの指が離れた。隣でカイが左右を見回し、山のような体の上にある山賊のような面を見上げる。
「レオンさんのところの……アトリエ水無月さんの角燈は、どこにあるんですか?」
「ああ、俺のところのはあそこだ。最後のエキシビションで披露するから、良かったら見てくれよ」
茨のタトゥーが入った指先を追うと、舞台の真横、一番目立つ場所に炭色の幻影角燈が置かれていた。
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