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25. コンテストに向けて
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角燈作りに慣れてきた、と言っても、カイが1人で角燈全部を作れるようになる日はまだ遠い。外側のランプ部分や内側の魔力幻影部分をいくつかの工程に分け、カイと分業することになった。主にカイがメインを、それ以外をヴィクトールが担当する形だ。ゼーア工房では伝統的に――そして現在はヴィクトールしかいないので仕方なしに――全ての工程を1人の職人が行っていたが、他の工房では各工程を分業したり外注したりすることは珍しくない。ヴィクトールとしても実は初めての試みで、カイと1つのものを作り上げるという思いつきにわくわくしていた。
工房に帰ってロジウムにそのことを報告した時のカイは、これまでの不満げな様子が嘘のような満面の笑みだった。徹夜に耐えられないヴィクトールがその日の夕方に目を覚ますと、工房では角燈を作業机にずらりと並べ、何やら一生懸命にスケッチをしているカイがいた。
「何描いてるの?」
「わっ!」
後ろからヴィクトールが覗き込もうとすると、ものすごい勢いでカイはスケッチブックを机に伏せた。風圧で前髪がふわりと持ち上がる。
「はっ……恥ずかしいので、そのっ……み、見ないでください!」
「ええー、っと……」
「出来上がったら見せますから!」
「……そう、じゃあ楽しみにしてるね」
(それは、本当に困るんだけど……)
外装部分や背景を作る身として、そして工房責任者としてテーマや方向性については早い段階から知っておきたかった。完成してから見せられたのでは大幅な修正は不可能になるし、イメージと違っていた場合でもランプの作り直しができない。
だが、楽しそうにやる気を見せているカイの気持ちに水を差してしまうかもしれない、と考えると、それ以上ヴィクトールは何も言えなかった。
「それにしても、このパメラって人の作品、凄いですね! ヴィクトールさんのおばあさん、ですよね?」
「……うん」
並んでいる角燈は、今まで祖母と母がコンテストに出して、そして入賞してきた作品だ。倉庫にしまっていたのをロジウムに出してもらったのだろう。勉強熱心でいいことである。
「こう……透け感? って言うんですか? 光の表現? 絶対に現実じゃあり得ない光り方してるんですけど、それがキレイで、本当に幻みたいっていうか!」
「そうだね、祖母は……光の表現が得意だったから」
水面にたゆたう光、午後の窓辺から差し込むきらめき。祖母の手にかかれば、その何ということのない景色が現実よりも煌びやかで特別なものになった。ヴィクトールが追い求めているものの、まだそこには到達できていない領域。最近は、自分には一生かかっても無理なのではないかと思い始めているが、そのあたりには目を向けないようにしている。
カイが祖母の作品を気に入ってくれて嬉しい。だが、カイの目線が、賞賛が、そちらに向いているということにヴィクトールの胸の奥がくすぶった。
スケッチブックを抱えたカイが居心地悪そうにちらちらと見てくるので、寝ていた間の様子を聞きに店舗の方に出る。ちょうど客を見送ったロジウムが尻尾を振っているところだった。
「……どんな感じ? 何が売れたかな」
「やっぱり観光に来た人にはクラコット村の景色と二世花モチーフが売れるわね。湖の景色が3つ出てる。あとはオルゴール付けてたのと、ペアペンダントが8つ」
ペアペンダントとは、対になるペンダント同士をくっつけると回路がつながり、小さな幻影が出るようにした商品だ。身につけるのにいささか勇気を必要とするアクセサリーだと制作者であるヴィクトールは思っているのだが、値段の手頃さもあってかクラコット村に旅行に来るようなカップルには割と人気があり、工房でも売れ筋商品に入っている。
「そっか、ありがとう。作り足しておくね」
ペンダントくらいならカイに作らせてみてもいいだろうか。考えながら減った商品を数えていると、ふすんとヴィクトールの横でロジウムが鼻を鳴らした。
「ところでヴィー、何だって突然コンテストに出ることにしたのよ。今までアタシがどんなに参加しろって言っても『嫌だ』しか言わなかったくせに」
「あ、う、ごめん……」
「謝ってほしいわけじゃないんだけど」
振り返ってロジウムを見たヴィクトールは、まっすぐ見つめてくる黒い眼差しに耐えられず、指先を合わせて目を伏せた。
ヴィクトール一人なら絶対にコンテストなんて出ない。だが、カイとなら挑戦してみたいと思ったのだ。カイがいなくなってしまう前に、何か二人だけの思い出が欲しいという浅ましい気持ちもある。
「……っ、と……その……カイ君の、勉強になるかなって、思って」
もそもそと建前を絞り出すと、呆れたようにロジウムが腕を組んだ。
「あーっそ。まあヴィーがやる気になったんならそれでいいけど」
「や、やるからには全力を尽くすから! ただ、その……もし、ええと……」
この工房の名前に傷をつけることになってしまったら。指先を弄りながら言い淀んでいると、ロジウムはにやりと牙をむき出して笑った。
「今からそんなこと気にしたってしょうがないわよ。アンタが当代なんだから自信持ちなさい。リリーなら『とりあえずやってみよう!』って言ってるわ。大体ね、リリーに比べたらみんな有象無象なんだから大丈夫よ」
「そう……だね」
「それにしても、ヴィーが合作するなんてはじめてよね。楽しみじゃない。完成待ってるから」
それがロジウムの本心からの言葉なのか、それともヴィクトールをこれ以上追い詰めてまた倒れられてはいけないと思っての建前なのか、ヴィクトールは判断できなかった。ただ小さく頷いたところで、ちりん、とドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」
入ってきたお客さんに尻尾を振るロジウムを尻目に、工房にそっと戻る。中ではカイがパメラの幻影をスケッチしていた。集中していて、ヴィクトールが戻ってきたことには気づいていないようだ。そっと自分の作業机の椅子を引き、カイの邪魔にならないように腰を下ろす。
自分の魔描筆に手を伸ばし、空中に湖の様子を下書きしていく。抜けるような空、そよぐ水辺の草、そして、太陽を反射して輝く水面とその上のヨット。時折壁に立てかけた自分のスケッチや過去に作った幻影を見ながら、色を重ね、深みを出していく。
カイと滑ったあの日の湖は、これよりずっと美しかった、と思いながら。
工房に帰ってロジウムにそのことを報告した時のカイは、これまでの不満げな様子が嘘のような満面の笑みだった。徹夜に耐えられないヴィクトールがその日の夕方に目を覚ますと、工房では角燈を作業机にずらりと並べ、何やら一生懸命にスケッチをしているカイがいた。
「何描いてるの?」
「わっ!」
後ろからヴィクトールが覗き込もうとすると、ものすごい勢いでカイはスケッチブックを机に伏せた。風圧で前髪がふわりと持ち上がる。
「はっ……恥ずかしいので、そのっ……み、見ないでください!」
「ええー、っと……」
「出来上がったら見せますから!」
「……そう、じゃあ楽しみにしてるね」
(それは、本当に困るんだけど……)
外装部分や背景を作る身として、そして工房責任者としてテーマや方向性については早い段階から知っておきたかった。完成してから見せられたのでは大幅な修正は不可能になるし、イメージと違っていた場合でもランプの作り直しができない。
だが、楽しそうにやる気を見せているカイの気持ちに水を差してしまうかもしれない、と考えると、それ以上ヴィクトールは何も言えなかった。
「それにしても、このパメラって人の作品、凄いですね! ヴィクトールさんのおばあさん、ですよね?」
「……うん」
並んでいる角燈は、今まで祖母と母がコンテストに出して、そして入賞してきた作品だ。倉庫にしまっていたのをロジウムに出してもらったのだろう。勉強熱心でいいことである。
「こう……透け感? って言うんですか? 光の表現? 絶対に現実じゃあり得ない光り方してるんですけど、それがキレイで、本当に幻みたいっていうか!」
「そうだね、祖母は……光の表現が得意だったから」
水面にたゆたう光、午後の窓辺から差し込むきらめき。祖母の手にかかれば、その何ということのない景色が現実よりも煌びやかで特別なものになった。ヴィクトールが追い求めているものの、まだそこには到達できていない領域。最近は、自分には一生かかっても無理なのではないかと思い始めているが、そのあたりには目を向けないようにしている。
カイが祖母の作品を気に入ってくれて嬉しい。だが、カイの目線が、賞賛が、そちらに向いているということにヴィクトールの胸の奥がくすぶった。
スケッチブックを抱えたカイが居心地悪そうにちらちらと見てくるので、寝ていた間の様子を聞きに店舗の方に出る。ちょうど客を見送ったロジウムが尻尾を振っているところだった。
「……どんな感じ? 何が売れたかな」
「やっぱり観光に来た人にはクラコット村の景色と二世花モチーフが売れるわね。湖の景色が3つ出てる。あとはオルゴール付けてたのと、ペアペンダントが8つ」
ペアペンダントとは、対になるペンダント同士をくっつけると回路がつながり、小さな幻影が出るようにした商品だ。身につけるのにいささか勇気を必要とするアクセサリーだと制作者であるヴィクトールは思っているのだが、値段の手頃さもあってかクラコット村に旅行に来るようなカップルには割と人気があり、工房でも売れ筋商品に入っている。
「そっか、ありがとう。作り足しておくね」
ペンダントくらいならカイに作らせてみてもいいだろうか。考えながら減った商品を数えていると、ふすんとヴィクトールの横でロジウムが鼻を鳴らした。
「ところでヴィー、何だって突然コンテストに出ることにしたのよ。今までアタシがどんなに参加しろって言っても『嫌だ』しか言わなかったくせに」
「あ、う、ごめん……」
「謝ってほしいわけじゃないんだけど」
振り返ってロジウムを見たヴィクトールは、まっすぐ見つめてくる黒い眼差しに耐えられず、指先を合わせて目を伏せた。
ヴィクトール一人なら絶対にコンテストなんて出ない。だが、カイとなら挑戦してみたいと思ったのだ。カイがいなくなってしまう前に、何か二人だけの思い出が欲しいという浅ましい気持ちもある。
「……っ、と……その……カイ君の、勉強になるかなって、思って」
もそもそと建前を絞り出すと、呆れたようにロジウムが腕を組んだ。
「あーっそ。まあヴィーがやる気になったんならそれでいいけど」
「や、やるからには全力を尽くすから! ただ、その……もし、ええと……」
この工房の名前に傷をつけることになってしまったら。指先を弄りながら言い淀んでいると、ロジウムはにやりと牙をむき出して笑った。
「今からそんなこと気にしたってしょうがないわよ。アンタが当代なんだから自信持ちなさい。リリーなら『とりあえずやってみよう!』って言ってるわ。大体ね、リリーに比べたらみんな有象無象なんだから大丈夫よ」
「そう……だね」
「それにしても、ヴィーが合作するなんてはじめてよね。楽しみじゃない。完成待ってるから」
それがロジウムの本心からの言葉なのか、それともヴィクトールをこれ以上追い詰めてまた倒れられてはいけないと思っての建前なのか、ヴィクトールは判断できなかった。ただ小さく頷いたところで、ちりん、とドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」
入ってきたお客さんに尻尾を振るロジウムを尻目に、工房にそっと戻る。中ではカイがパメラの幻影をスケッチしていた。集中していて、ヴィクトールが戻ってきたことには気づいていないようだ。そっと自分の作業机の椅子を引き、カイの邪魔にならないように腰を下ろす。
自分の魔描筆に手を伸ばし、空中に湖の様子を下書きしていく。抜けるような空、そよぐ水辺の草、そして、太陽を反射して輝く水面とその上のヨット。時折壁に立てかけた自分のスケッチや過去に作った幻影を見ながら、色を重ね、深みを出していく。
カイと滑ったあの日の湖は、これよりずっと美しかった、と思いながら。
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