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22. 二世花の採取(昼)

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 次の日の午後、ヴィクトールはカイと再び湖に出かけた。

「ヴィクトールさん、す、すいません……あの、疲れてませんか……?」
「大丈夫」

 水の上を滑りながら、小さく低い声でヴィクトールは答えた。正直あまり大丈夫ではない。他の地方より涼しいし、ローブには冷気魔法がかけられているとはいえ、夏の気温と日差しはその中にいるだけで体力を容赦なく奪っていく。だが、目的地まではもう少しだった。
 前回熱を出したことを覚えているのだろう、心配そうな顔のカイを見下ろし、ヴィクトールはしなやかな体を少し抱き寄せた。まだカイの左手は曲げ伸ばしすると痛いようだったし、右手には採取瓶やパンの入った鞄を抱えているので、ヴィクトールはダンスでも踊るようにカイの腰に手を回して湖上をエスコートしていた。カイはまだ一人で滑れないから、これは仕方がないんだ、と必死で自分自身に言い訳をする。
 前回は湖の真ん中を対岸のラクレル村へと突っ切ったが、今回は右岸に沿うようにして湖の端を滑る。湖の中からそびえ立つ「熊の牙」山の山肌を見ながら湖を四分の一周ほど進んだところで、ヴィクトールは突き出た岬の後ろに回り込んだ。その奥にある、小さな入り江で水上歩行を解く。

「わぁ……」

山の尾根に囲まれた小さな平地を見て、カイが感嘆のため息を漏らした。白く儚げな、必ず二輪の花をつける――そこには、一面に二世花が咲いていた。

「綺麗……摘んじゃうの、勿体ないですね」
「そうだね」

 ふふ、と笑いながらヴィクトールはよろよろと日陰になった岩場に腰を下ろした。できれば横になりたかったが、それは自重して横の岩肌に身をもたせかけるだけにする。
 二人は、ここに咲く二世花の採取に来ていた。『魅了チャーム角燈』の要である、「おまじない」の薬を作るためだ。
 この小さな入江は、ヴィクトールが毎年二世花を摘みに来る場所だった。二世花は湖の回りならどこにでも生えているのだが、この時期村に近い場所には愛を語り合う観光客が多い。花の採取は夜に行わなければならず、大胆で直接的な手段で互いの愛情を表現し合う人たちがそこここにいたりして非常に居心地が悪いのだ。彼ら彼女らにとっては開放的な気分になれる旅先かもしれないが、ヴィクトールにとっては日常である。誰もいないところはないか、と探し回ったところで見つけたのがこの場所だった。
 崖に囲まれているため湖側からしか行けず、どちらの村からも離れているので個人でボートを所有しているか魔法使いでもないと来ることができない場所だ。岬に隠れているため、湖上を通る船からも見えない。自分だけの秘密の花園のようで、ヴィクトールはここにカイを連れてこれたのが嬉しかった。

「やっと連れてきてもらえて嬉しいです」
「やっと?」

 なんのことだろう。ヴィクトールが首を傾げると、むくれたようなカイと目が合った。

「昔、『自分しか知らない秘密の入り江がある』って言ってたじゃないですか」
「……?」

 記憶にない。ヴィクトールが黙り込んでいると、カイは疑われたとでも思ったのか、ムキになって言い募ってきた。

「まだ一緒に住んでた頃、俺が『クラコット村に行ってみたい』って言ったら『じゃあ来た時は案内してあげるね』って言ってたじゃないですか!」
「そう、だっけ……ごめん、覚えてない」

 その頃まだ駆け出しの魔導師だったエックハルトが家を空ける時、小さなカイとアルマの面倒を見るのはヴィクトールの役目だった。子守りや家事などを引き受ける代わりに貸し部屋の家賃はエックハルトが負担してくれていたのだ。エックハルトは「知らない人に子守を頼むより君のほうが安心だから」と言っていたが、それがヴィクトールを経済的に支援する口実だろうとは当時から感づいていた。まあエックハルトが家を空ける理由の半分は女だったし、お互い持ちつ持たれつだったとは思う。

(ううん……どうだったっけ)

 目を閉じて、当時のことを思い出す。勉強を見たり、寝る前に本を読んであげたりしたことはうっすら覚えているが、日常会話の内容などよほどでない限り記憶に残ってはいない。

(そういえば、あの頃からカイは真面目だったっけ……)

 小さいころからたいてい何をやらせてもそつなくこなしたアルマに対し、カイはできるようになるまで何度も挑戦を繰り返すタイプだった。その不器用さに親近感を感じ、あの頃から少しカイを贔屓していたような気はする。
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