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15. 王子様と従僕
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練習用にカイが作った角燈を見せ、遅めの昼食を一緒に食べたところでエックハルトとアルマは辞去の意を示した。
「もう行くのかい?」
ヴィクトールは首を傾げた。2人が帰ってしまうのは一向に構わなかったのだが、いつもより時間が早いのが気になった。今までエックハルトが来たときは夕飯まで食べていくのがいつものことで、泊まっていくことも珍しくなかったからだ。
「うん、二世花が咲いているんだろう? せっかくだから見て帰りたいなと思って」
「ふっふー、来世まで約束しちゃいますよ!」
「……そうか、行ってらっしゃい」
今すぐ湖のほとりの花が全部吹き飛べばいいのに、とやっかみながら、どこかふわふわした2人と玄関へ向かう。
一瞬だけ、自分とカイが来世を誓う姿を想像したのは秘密である。
「それにしても……珍しいな、君がわざわざ『付き合ってる』って紹介するなんて」
少し先、店舗のショーウインドーを指差しながら何やらアルマに説明しているカイを見ながら、ヴィクトールはエックハルトに小さく呟いた。持ち前の美貌と才覚から、エックハルトに寄ってくる男女は掃いて捨てるほどいた。エックハルトの方も容赦なく彼らをとっかえひっかえしていたし、そんな相手をいちいちヴィクトールに紹介することもなかった。「他人を自分の領域に入れるのは嫌」だそうで、家に連れてきたことすらない。
「んー。そうだね、なんか……ヴィクターに、言っておきたいと思ったんだ。今回は」
「本気なんだな」
「そうかも?」
箒を持ったエックハルトが首を傾げると、さらりと金髪が初夏の太陽を反射した。天使のような笑みで頷くと少し背伸びをし、花弁のような唇をヴィクトールの耳元に寄せてくる。
「アルマとね、結婚したいと思ってる。……まだ本人には言ってないけど」
「気が早いな。うまくいくよう祈ってるよ」
そのまま別れのキスをし、湖の方に向かうエックハルトとアルマを見送る。背後から見ても、2人の周りだけ雰囲気が華やかなのが見て取れるようだ。
「いやー、アルマがエックハルトと付き合うとはねえ……」
リビングに戻ったロジウムは、世の中分からないものねえ、としみじみと呟いた。
「初対面のときから『あのひとは王子さまにちがいないわ!』って言っているのを日夜聞かされてきた俺としては『ようやくかぁ』って感じですけどね」
「そうだったの? 全然気づかなかったわー」
王子さまか。気品があって美しいエックハルトにはぴったりの表現かもしれない、とヴィクトールは思った。自分はさしずめ、気が利かない従僕といった雰囲気だっただろう。
「まああれだ、アルマは僕に殴りかかってこないからいいね」
「それは……たしかに」
「なに、殴られたことあるの?」
不思議そうに首を傾げるロジウムに、ヴィクトールは肩を竦めた。
「昔一緒に住んでた頃にね。エックハルトに振られた女の子に本命と勘違いされて、思いっきりやられたことがあるんだ」
「ちゃんとやり返した?」
「するわけないだろ」
「情けないわねー」
ふん、と鼻を鳴らすロジウムに苦笑いしていると、「ヴィクトールさんは情けなくないです!」とカイのフォローが飛んできた。
「『子供までいたなんて聞いてない!』って激怒した女に俺が攫われそうになって、それをヴィクトールさんが助けてくれたんです! すごく格好良かったんですから!」
「格好……よかったかなあ」
正しくは「カイをかばってヴィクトールが一方的にやられている間に、アルマが家の半分とヴィクトールごと女を魔法で吹き飛ばした」なのだが、どうも美化されているような気もする。
「へえ、ヴィーでもたまにはやるもんなのね」
「たまには……」
首を振ったロジウムは、時間があいたし天気もいいし、今日はシャンプーしようかな、と耳の裏をかいて浴室に向かっていった。何となく釈然としない顔でそれを見送ったカイの焦げ茶の目が、遠慮がちにヴィクトールを見上げた。
「あの、ヴィクトール……さん? その……」
「ん? なに?」
「いえ……」
首を傾げると、どこか泣きそうな顔でカイは机の上を見た。そこにはカイが練習のために作った角燈が置いてあって、金色と紅茶色の――エックハルトとアルマの髪色に似た――コップほどの大きさの猫の幻影がぴょこぴょこと跳ねている。外側のランプ部分はヴィクトールが用意してやったものだったが、幻影の作成と入力は全てカイが行ったものだ。簡単なものくらいなら自分で作れるようになったのだ。
角燈の電源を切って持ち上げると、「これ、工房に置いてきますね」とカイは部屋を出ていった。小さく扉が開閉する音がして、そして静かになる。あっという間に一人リビングに取り残されてしまったヴィクトールは、エックハルトと今晩一緒に飲もうと買っていたワインがキャビネットに置かれたままであることに気が付いた。しまった、お土産に渡してあげればよかった、と思うが後の祭りである。
ヴィクトール自身は、倒れて以来めっきり酒に弱くなってしまっていた。そう言えばそのせいでお酒を出したことはなかったし、カイにあげようかなと考えながらキャビネットのワインを手に取る。少し考えて、またキャビネットに戻した。
カイには、しばらく1人になる時間が必要だと思ったからだ。
「もう行くのかい?」
ヴィクトールは首を傾げた。2人が帰ってしまうのは一向に構わなかったのだが、いつもより時間が早いのが気になった。今までエックハルトが来たときは夕飯まで食べていくのがいつものことで、泊まっていくことも珍しくなかったからだ。
「うん、二世花が咲いているんだろう? せっかくだから見て帰りたいなと思って」
「ふっふー、来世まで約束しちゃいますよ!」
「……そうか、行ってらっしゃい」
今すぐ湖のほとりの花が全部吹き飛べばいいのに、とやっかみながら、どこかふわふわした2人と玄関へ向かう。
一瞬だけ、自分とカイが来世を誓う姿を想像したのは秘密である。
「それにしても……珍しいな、君がわざわざ『付き合ってる』って紹介するなんて」
少し先、店舗のショーウインドーを指差しながら何やらアルマに説明しているカイを見ながら、ヴィクトールはエックハルトに小さく呟いた。持ち前の美貌と才覚から、エックハルトに寄ってくる男女は掃いて捨てるほどいた。エックハルトの方も容赦なく彼らをとっかえひっかえしていたし、そんな相手をいちいちヴィクトールに紹介することもなかった。「他人を自分の領域に入れるのは嫌」だそうで、家に連れてきたことすらない。
「んー。そうだね、なんか……ヴィクターに、言っておきたいと思ったんだ。今回は」
「本気なんだな」
「そうかも?」
箒を持ったエックハルトが首を傾げると、さらりと金髪が初夏の太陽を反射した。天使のような笑みで頷くと少し背伸びをし、花弁のような唇をヴィクトールの耳元に寄せてくる。
「アルマとね、結婚したいと思ってる。……まだ本人には言ってないけど」
「気が早いな。うまくいくよう祈ってるよ」
そのまま別れのキスをし、湖の方に向かうエックハルトとアルマを見送る。背後から見ても、2人の周りだけ雰囲気が華やかなのが見て取れるようだ。
「いやー、アルマがエックハルトと付き合うとはねえ……」
リビングに戻ったロジウムは、世の中分からないものねえ、としみじみと呟いた。
「初対面のときから『あのひとは王子さまにちがいないわ!』って言っているのを日夜聞かされてきた俺としては『ようやくかぁ』って感じですけどね」
「そうだったの? 全然気づかなかったわー」
王子さまか。気品があって美しいエックハルトにはぴったりの表現かもしれない、とヴィクトールは思った。自分はさしずめ、気が利かない従僕といった雰囲気だっただろう。
「まああれだ、アルマは僕に殴りかかってこないからいいね」
「それは……たしかに」
「なに、殴られたことあるの?」
不思議そうに首を傾げるロジウムに、ヴィクトールは肩を竦めた。
「昔一緒に住んでた頃にね。エックハルトに振られた女の子に本命と勘違いされて、思いっきりやられたことがあるんだ」
「ちゃんとやり返した?」
「するわけないだろ」
「情けないわねー」
ふん、と鼻を鳴らすロジウムに苦笑いしていると、「ヴィクトールさんは情けなくないです!」とカイのフォローが飛んできた。
「『子供までいたなんて聞いてない!』って激怒した女に俺が攫われそうになって、それをヴィクトールさんが助けてくれたんです! すごく格好良かったんですから!」
「格好……よかったかなあ」
正しくは「カイをかばってヴィクトールが一方的にやられている間に、アルマが家の半分とヴィクトールごと女を魔法で吹き飛ばした」なのだが、どうも美化されているような気もする。
「へえ、ヴィーでもたまにはやるもんなのね」
「たまには……」
首を振ったロジウムは、時間があいたし天気もいいし、今日はシャンプーしようかな、と耳の裏をかいて浴室に向かっていった。何となく釈然としない顔でそれを見送ったカイの焦げ茶の目が、遠慮がちにヴィクトールを見上げた。
「あの、ヴィクトール……さん? その……」
「ん? なに?」
「いえ……」
首を傾げると、どこか泣きそうな顔でカイは机の上を見た。そこにはカイが練習のために作った角燈が置いてあって、金色と紅茶色の――エックハルトとアルマの髪色に似た――コップほどの大きさの猫の幻影がぴょこぴょこと跳ねている。外側のランプ部分はヴィクトールが用意してやったものだったが、幻影の作成と入力は全てカイが行ったものだ。簡単なものくらいなら自分で作れるようになったのだ。
角燈の電源を切って持ち上げると、「これ、工房に置いてきますね」とカイは部屋を出ていった。小さく扉が開閉する音がして、そして静かになる。あっという間に一人リビングに取り残されてしまったヴィクトールは、エックハルトと今晩一緒に飲もうと買っていたワインがキャビネットに置かれたままであることに気が付いた。しまった、お土産に渡してあげればよかった、と思うが後の祭りである。
ヴィクトール自身は、倒れて以来めっきり酒に弱くなってしまっていた。そう言えばそのせいでお酒を出したことはなかったし、カイにあげようかなと考えながらキャビネットのワインを手に取る。少し考えて、またキャビネットに戻した。
カイには、しばらく1人になる時間が必要だと思ったからだ。
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