後ろ向きな工房店主は、泣き虫新人君にベタ惚れです! - 幻影角燈の夜 -

にっきょ

文字の大きさ
上 下
15 / 53

15. 王子様と従僕

しおりを挟む
 練習用にカイが作った角燈を見せ、遅めの昼食を一緒に食べたところでエックハルトとアルマは辞去の意を示した。

「もう行くのかい?」

 ヴィクトールは首を傾げた。2人が帰ってしまうのは一向に構わなかったのだが、いつもより時間が早いのが気になった。今までエックハルトが来たときは夕飯まで食べていくのがいつものことで、泊まっていくことも珍しくなかったからだ。

「うん、二世花が咲いているんだろう? せっかくだから見て帰りたいなと思って」
「ふっふー、来世まで約束しちゃいますよ!」
「……そうか、行ってらっしゃい」

 今すぐ湖のほとりの花が全部吹き飛べばいいのに、とやっかみながら、どこかふわふわした2人と玄関へ向かう。
 一瞬だけ、自分とカイが来世を誓う姿を想像したのは秘密である。

「それにしても……珍しいな、君がわざわざ『付き合ってる』って紹介するなんて」

 少し先、店舗のショーウインドーを指差しながら何やらアルマに説明しているカイを見ながら、ヴィクトールはエックハルトに小さく呟いた。持ち前の美貌と才覚から、エックハルトに寄ってくる男女は掃いて捨てるほどいた。エックハルトの方も容赦なく彼らをとっかえひっかえしていたし、そんな相手をいちいちヴィクトールに紹介することもなかった。「他人を自分の領域に入れるのは嫌」だそうで、家に連れてきたことすらない。

「んー。そうだね、なんか……ヴィクターに、言っておきたいと思ったんだ。今回は」
「本気なんだな」
「そうかも?」

 箒を持ったエックハルトが首を傾げると、さらりと金髪が初夏の太陽を反射した。天使のような笑みで頷くと少し背伸びをし、花弁のような唇をヴィクトールの耳元に寄せてくる。

「アルマとね、結婚したいと思ってる。……まだ本人には言ってないけど」
「気が早いな。うまくいくよう祈ってるよ」

 そのまま別れのキスをし、湖の方に向かうエックハルトとアルマを見送る。背後から見ても、2人の周りだけ雰囲気が華やかなのが見て取れるようだ。

「いやー、アルマがエックハルトと付き合うとはねえ……」

 リビングに戻ったロジウムは、世の中分からないものねえ、としみじみと呟いた。

「初対面のときから『あのひとは王子さまにちがいないわ!』って言っているのを日夜聞かされてきた俺としては『ようやくかぁ』って感じですけどね」
「そうだったの? 全然気づかなかったわー」

 王子さまか。気品があって美しいエックハルトにはぴったりの表現かもしれない、とヴィクトールは思った。自分はさしずめ、気が利かない従僕といった雰囲気だっただろう。

「まああれだ、アルマは僕に殴りかかってこないからいいね」
「それは……たしかに」
「なに、殴られたことあるの?」

 不思議そうに首を傾げるロジウムに、ヴィクトールは肩を竦めた。

「昔一緒に住んでた頃にね。エックハルトに振られた女の子に本命と勘違いされて、思いっきりやられたことがあるんだ」
「ちゃんとやり返した?」
「するわけないだろ」
「情けないわねー」

 ふん、と鼻を鳴らすロジウムに苦笑いしていると、「ヴィクトールさんは情けなくないです!」とカイのフォローが飛んできた。

「『子供までいたなんて聞いてない!』って激怒した女に俺が攫われそうになって、それをヴィクトールさんが助けてくれたんです! すごく格好良かったんですから!」
「格好……よかったかなあ」

 正しくは「カイをかばってヴィクトールが一方的にやられている間に、アルマが家の半分とヴィクトールごと女を魔法で吹き飛ばした」なのだが、どうも美化されているような気もする。

「へえ、ヴィーでもたまにはやるもんなのね」
「たまには……」

 首を振ったロジウムは、時間があいたし天気もいいし、今日はシャンプーしようかな、と耳の裏をかいて浴室に向かっていった。何となく釈然としない顔でそれを見送ったカイの焦げ茶の目が、遠慮がちにヴィクトールを見上げた。

「あの、ヴィクトール……さん? その……」
「ん? なに?」
「いえ……」

 首を傾げると、どこか泣きそうな顔でカイは机の上を見た。そこにはカイが練習のために作った角燈が置いてあって、金色と紅茶色の――エックハルトとアルマの髪色に似た――コップほどの大きさの猫の幻影がぴょこぴょこと跳ねている。外側のランプ部分はヴィクトールが用意してやったものだったが、幻影の作成と入力は全てカイが行ったものだ。簡単なものくらいなら自分で作れるようになったのだ。
 角燈の電源を切って持ち上げると、「これ、工房に置いてきますね」とカイは部屋を出ていった。小さく扉が開閉する音がして、そして静かになる。あっという間に一人リビングに取り残されてしまったヴィクトールは、エックハルトと今晩一緒に飲もうと買っていたワインがキャビネットに置かれたままであることに気が付いた。しまった、お土産に渡してあげればよかった、と思うが後の祭りである。

 ヴィクトール自身は、倒れて以来めっきり酒に弱くなってしまっていた。そう言えばそのせいでお酒を出したことはなかったし、カイにあげようかなと考えながらキャビネットのワインを手に取る。少し考えて、またキャビネットに戻した。
 カイには、しばらく1人になる時間が必要だと思ったからだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

【完結】神様はそれを無視できない

遊佐ミチル
BL
痩せぎすで片目眼帯。週三程度で働くのがせいっぱいの佐伯尚(29)は、誰が見ても人生詰んでいる青年だ。当然、恋人がいたことは無く、その手の経験も無い。 長年恨んできた相手に復讐することが唯一の生きがいだった。 住んでいたアパートの退去期限となる日を復讐決行日と決め、あと十日に迫ったある日、昨夜の記憶が無い状態で目覚める。 足は血だらけ。喉はカラカラ。コンビニのATMに出向くと爪に火を灯すように溜めてきた貯金はなぜか三桁。これでは復讐の武器購入や交通費だってままならない。 途方に暮れていると、昨夜尚を介抱したという浴衣姿の男が現れて、尚はこの男に江東区の月島にある橋の付近っで酔い潰れていて男に自宅に連れ帰ってもらい、キスまでねだったらしい。嘘だと言い張ると、男はその証拠をバッチリ録音していて、消して欲しいなら、尚の不幸を買い取らせろと言い始める。 男の名は時雨。 職業:不幸買い取りセンターという質屋の店主。 見た目:頭のおかしいイケメン。 彼曰く本物の神様らしい……。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

処理中です...