後ろ向きな工房店主は、泣き虫新人君にベタ惚れです! - 幻影角燈の夜 -

にっきょ

文字の大きさ
上 下
4 / 53

4. 犬と棒

しおりを挟む
「ねえロジー、ロジーは落ち込んだ時、どうしてもらったら嬉しい?」

 何か手掛かりがないかともふもふの巨犬に聞いてみると、ロジウムは「えっ急に何よ」と怪訝そうな顔をした。

「いや、その、あー」

 ヴィクトールが無意味に指先をいじっていると、ロジウムは腰に手を当てて上を向いた。黒く濡れた鼻がぴくぴくと動く。

「そうね、アタシは棒を投げてもらったら嬉しいわ」
「棒?」
「まず公園行くでしょ? で、いい感じの棒を探すじゃない? そうしたらそれを投げてもらって、拾う! また投げてもらう! 拾う! 繰り返しているうちに嫌なことなんて全部忘れるわ」
「ああ、うん……ありがとう」

 聞く相手を間違えた。
 ヴィクトールが投げた棒を走って拾ってくるカイを想像するとかわいいが、「とってこい」で喜ぶのは多分犬だけだ。それにどうせなら違う棒で遊んでほしい。
 店じまいをしに入り口に向かうふわふわの尻尾を見るともなしに見ていると、不意にポーン、とヴィクトールの腰に下げた小さな水晶球から音がした。離れたところの相手と会話できる通信球という魔道具で、これもヴィクトールが制作したものである。

「こんにちは、ゼーア工房のヴィクトールが承ります」

 言いながらぱちん、と水晶球を軽くはじくと、ヴィクトールの目の前にエックハルトの映像が現れる。

「なんだエックハルトか。どうしたんだ?」
「ヴィクトール、ちょっと話したいことがあるんだけど、今いいかな?」
「あ、うん、もう店じまいするところだし」

 店じまいと言っても入り口を閉め、軽く掃除をするくらいだ。売上の計算なども全部ロジウムがやってくれるし、任せておいて大丈夫だろう。ありがとう、と言ったエックハルトは、ふわふわと春のような笑みを浮かべる。

「あのさ、ヴィクター。弟子を取る気はないかな?」
「ないよ」

 即答する。エックハルトの紹介といえども受ける気はなかった。ただでさえ注文が激減したところにヴィクトールが倒れたので、職人に皆辞めてもらうほど工房の状況は悪化していた。最近落ち着いてきたとはいえ、まだ人を増やせるほどの余裕はない。ロジウムが工房にいるのは、彼女が「アタシは工房を守るってリリーと約束したの!」と言い張り、賃金の代わりにミルクとパンを与えるということで話がついたからである。

 ううん、と困ったように頬に手を当て、金髪の美丈夫は首を傾げた。この仕草に幾人の人が堕ちてきたのだろう、とヴィクトールは思った。一緒に住んでいたせいで彼の共犯や本命と間違われ、迷惑したのは一度や二度ではない。

「そうだよね……いやね、カイが『魔道具師になりたいからヴィクトールさんのところで修行したい』って言ってきたんだけど……ごめん、こっちから言っておくから」
「えま、え、え? 何?」

 信じられない言葉が聞こえた気がして、ヴィクトールは我が耳を疑った。理解が追いつかず聞き返すが、それに構わず振り向いたエックハルトは「カイー」と画面外にいるであろうカイを呼んでいる。「はーい」と遠くにちらりとベスト姿が映る。

「カイ、やっぱりヴィクターは無理だって。他の魔道具師紹介してあげるから……」
「待って!?」

 ヴィクトールが叫ぶと、「ん?」と画面の向こうのエックハルトがオレンジの目をヴィクトールに向けた。

「いや、っちょ……えっと……うん、カイ君は……カイ君は特別。いいよ。僕が教えられることがどれくらいあるか分からないけど……」

 しどろもどろになりながらヴィクトールがなんとか言葉を絞り出すと、カイの顔が大写しでエックハルトの前に割り込んできた。

「えっ、本当ですか!?」
「う、うん」

 自分が弟子を取れるほどの人間なのか、賃金は払えるのか、不安が微かに心中をかすめたがなんとしてでもこの機会を逃すわけにはいかない。後のことは後で考えればいいのだ。

「ありがとうございます! 掃除も帳簿付けも仕入れも、なんでもやりますから! よろしくお願いします!」

 ぐいぐいと顔を近づけてくるカイは、空間を突き破ってヴィクトールの前に飛び出してきそうだった。のけぞりながら答えると、大きく輝くカイの目が見えた。

「あ、じゃあ、そういうことでいいかな」

 細い手に押しやられ、焦げ茶色のカイの目が画面外へと移動していく。代わりに呆れたようなエックハルトの顔が映し出された。

「引っ越しはいつがいいとかある?」
「いや、こっちはいつでも構わない。職人用の空き部屋なら沢山あるから、そこに来るといい」
「わかった、じゃあ決まったらまた連絡するよ」
「ん、じゃ」

 再度通信球を弾くと、エックハルトの姿がかき消える。

「う、あっ、うあぁ……」

 一拍置いて、ヴィクトールは奇声を上げた。
 信じられなかった。夢? いや、夢じゃない。工房の椅子に座ったまま、自分の体を抱きしめる。そうでもしないと心臓が飛び出てきてしまいそうだった。全身の震えが止まらない。

(カイ、カイが来る……!? この工房に……!?)

 嬉しい、でも何故?
 突然襲ってきた大きすぎる感情たちを宥めきれず、吐き気を催して口を押さえる。視界がくらくらした。
 幸せすぎて怖い。明日あたり寿命が来そうだ。

「ヴィー!」
「ああロジー、ぼ、僕はもう、駄目かもしれない……」

 駆け寄ってきたロジウムに支えられ、息も絶え絶えにヴィクトールは呟いたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】神様はそれを無視できない

遊佐ミチル
BL
痩せぎすで片目眼帯。週三程度で働くのがせいっぱいの佐伯尚(29)は、誰が見ても人生詰んでいる青年だ。当然、恋人がいたことは無く、その手の経験も無い。 長年恨んできた相手に復讐することが唯一の生きがいだった。 住んでいたアパートの退去期限となる日を復讐決行日と決め、あと十日に迫ったある日、昨夜の記憶が無い状態で目覚める。 足は血だらけ。喉はカラカラ。コンビニのATMに出向くと爪に火を灯すように溜めてきた貯金はなぜか三桁。これでは復讐の武器購入や交通費だってままならない。 途方に暮れていると、昨夜尚を介抱したという浴衣姿の男が現れて、尚はこの男に江東区の月島にある橋の付近っで酔い潰れていて男に自宅に連れ帰ってもらい、キスまでねだったらしい。嘘だと言い張ると、男はその証拠をバッチリ録音していて、消して欲しいなら、尚の不幸を買い取らせろと言い始める。 男の名は時雨。 職業:不幸買い取りセンターという質屋の店主。 見た目:頭のおかしいイケメン。 彼曰く本物の神様らしい……。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

処理中です...