かつみさんは、ねこがすき

にっきょ

文字の大きさ
上 下
24 / 29

おはようと、言える世界

しおりを挟む
 ピッ、ピッという小さな音が聞こえた。それから、しゅうしゅうという蒸気が噴き出すような音も。

(……うるさい)

 とりあえずアラームを止めようと、枕元に置いてあるはずのスマホを探す。ない。
 それどころか、一緒に寝ているはずのクロもルドもいないし、いつものシーツに比べてなんだか手触りがつるつるしている気がする。

(ううん……?)

 違和感に目を開けると、明るいけれどものっぺりとした天井が広がっていた。薄緑色のカーテンがベッドの周りに吊るされ、脇には小さなテレビのような機械がある。機械からは何本もコードが伸びていて、そのうちのいくらかは克己の体に繋がっていた。アラームのような音の出所はそのモニターらしい。

(病院? なんで?)

 克己の記憶は、コウに家に連れ帰ってもらい、一緒に寝たところで途切れている。それがなぜこんなところにいるのだろう。それにあの時は視力も失っていたはずだ。

(夢……だった、のか? なにが? どこから? コウさんは?)

 持ち上げた腕は手首の下あたりまで黒く、そこから点滴のチューブが伸びている。混乱していると、がたりと扉の開く音がした。続いてカーテンが引き開けられる。
 久しぶりに見る母の顔が、そこにあった。

「克己!」

 名前を呼ばれ、さらに混乱が深まる。ニューヨークにいるはずの母が、なんでこんなところにいるんだ。

「え、母さん、なんで」

 喋った声は思ったより掠れているうえにくぐもっていて、克己はそこでようやく自分の口に酸素マスクがついていることに気づいた。ずっと加湿器のような音を立てていたのはこれだったらしい。

「ああ、やっと起きた! よかったわー」
「うん……?」

 状況について行けずにいると、「あ、先生に連絡してくるから」と母の顔が引っ込む。

「えっと……ごめん、何が……どうなって、僕はここにいるの?」

 戻ってきてパイプ椅子を広げる母に、改めて質問をぶつける。それもそうか、と母は何となく克己に似た顔で腕を組んだ。

「いや、克己が倒れたって聞いたから急いで帰国したのよ。連絡しても繋がらないし、管理会社に鍵開けてもらったら部屋の中で虫の息になってたから救急車呼んで、でそのまま入院してる」
「……ああ、なるほど……?」

 言われてみれば、突然の失明にどうにもならないと思い、親に連絡をしたような記憶はうっすらある。ということはあれから数日は経っているのだろう。

「いやー本当にびっくりしたわ、驚きすぎて危うく死体が五つになるところだったわよ」
「……五つ?」
「あなたとー、煌汰君でしょ、それから私とお父さんと管理会社の人」
「あっ、え、うん……?」

 その発見時、もしや二人は全裸ではなかったか。だが、今はそこにコウの名前が出てきたことの方が重要だった。

「あの、コ……猫村さんは、そのっ」
「ああごめん、びっくりしたって悪い意味じゃないわよ、あなたにもそういう相手がいて親としては安心したし、何より――」
「そ、そうじゃなくて! ぶ、無事なの?」

 克己が叫ぶと、「ああ」と母は頷いた。

「それなら大丈夫よ、さっき売店で――」

 そこでまた、病室の戸の開く音がした。反射的に目を動かすと、先ほど母が開けたカーテンの隙間から、今一番会いたい顔が見えていた。

「あ……」
「克己さん!」

 入院着を着たコウが、手に持っていたビニール袋を放り投げて駆け寄ってくる。

「よかった! やっと起きてくれた! ねえ、俺のこと見えるの?」
「コウさんこそ……よかった……」

 もう見ることができないと思っていた顔がぼやけていく。もっとしっかり見たいのに。

「だから、大丈夫って言ったろ」

 コウに手を握られそうになり、克己は慌てて指先を引っ込めた。追いかけてきたコウの手が、克己の肘を掴む。

「ちょっと!」
「ほら、見て克己さん」

 するりと克己の指先まで撫でたコウが手を開く。
 何も、変わっていない。
 赤くもなっていないし、蕁麻疹が出る様子もない。
「え……?」

 克己が目を見開くと、得意げに笑ったコウは克己の手のひらを自分の頬に当てた。やはり何も変化はない。

「どういうこと、なの……?」

 指先は相変わらず黒いままなのに。何が起こっているかついて行けず克己が呟くと、コウは焦げ茶色の目を細めた。

「克己さんと俺が、ずっと一緒にいられるってこと」

 ちゅ、と手の甲に軽くキスを落とされ、モニターの心拍数が跳ね上がる。背後で小さく噴き出す声が聞こえて、克己は母がそこにいることを思い出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜

水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。 そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー ------------------------------- 松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳 カフェ・ルーシェのオーナー 横家大輝(よこやだいき) 27歳 サッカー選手 吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳 ファッションデザイナー ------------------------------- 2024.12.21~

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

処理中です...