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きみと、ふれあう
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ぐす、と克己が鼻を鳴らすと、ぽんぽんと背中を叩かれた。
「克己さんは、俺みたいに自分のことだけじゃなくて、他人のことまでよく考えてたっていう、ただそれだけのことだろ。誰も傷つけたくないって思って、そうやってずっと我慢して、頑張ってきたんじゃないか、つまらないなんてことないだろ」
「でも……僕は……」
「俺が一生懸命になれたのは、克己さんに会えたからだ。自暴自棄になりかけてた俺のことを必要としてくれて、前を向こうって思わせてくれたから……あんな別れ方だけは、絶対に嫌だったんだ」
つまらない人間にそこまでするわけないだろ、という言葉が、冷たい水のように克己の心を潤して、そして満たしていく。
「克己さんがそういう優しい人だから俺は好きになったし、支えたいと思っ……いや、違うな」
ふふ、と笑ったコウの声は、どこか嬉しそうだった。
「克己さんが俺にだけ甘えてワガママ言ってくれるような、そういう特別な関係になりたいと思ったんだ」
「……コウさん」
心がいっぱいになって、溢れてきた涙が克己の頬を伝っていく。
「あの、僕は……だから、今まで何もしてこなかったから、好きとか、恋とか、よくわかんないんだ、けど」
今更こんなことを言われてもコウは困るかもしれない、そう思いながら、克己はずっと自分の中に埋まっていた気持ちを、ゆっくりと言葉にしていった。
それでも、伝えたかった。
「コウさんとは、もっと一緒にいたかったって思うんだ。一緒に旅行したり、食事行ったり……コウさんのおすすめのカフェだってもっと教えて欲しかった。前見てたドラマだって途中のままだし……っ……もっと、色々」
ぐす、と鼻をすする。水族館だって博物館だって、あの場で約束すればよかった。コウの家が気になるなら、サイフォンを口実にすればよかった。
全部、全部もう遅いのだ。
何を犠牲にしてもいいと克己が思っても、今更できることは何もない。
「キっ……キスしてくれたのだって、本当は凄く嬉しかったんだ。自分には、ずっと許されないことだと思ってたから」
「そうなの?」
聞き返されて恥ずかしくなり、うん、とぬいぐるみに顔を押し付けて頷く。
「逃げちゃったのは、怒ってたんじゃなくて、びっくりして怖くなっちゃったからで……してくれたこと自体は、その……全然、嫌とかじゃなくて」
「じゃあ、もう一回してもいい?」
「……えっ?」
想定していなかった言葉だったので、克己が意味を理解するまでに少し時間がかかった。
「だ、駄目だよ……この前分かっただろ、そんなことしたらコウさんが……」
「大丈夫、今日はそんなに痛くないって言ったろ」
「いや、そんなわけ……」
「克己さん」
コウの声は、今までに聞いたことのない響きをしていた。顔が見れたらいいのに、と思いながら克己が目をその方向に向けると、伸びてきた指先が目尻に残った涙を拭っていった。慣れない感触に、びくりと体が震える。
「俺は……そりゃ、死にたいわけじゃないし痛いのも苦しいのも嫌だけど、でも、それ以上に、克己さんとこのまま終わりたくない」
「で……でも……」
「お願いだよ、克己さん。このまま克己さんと触れ合えないまま終わりたくないんだ」
「それは……僕もそうだけど……」
克己が弱々しく否定の言葉を発した瞬間、頬に柔らかいものが触れた。
「っ!」
「ほら、平気だろ?」
そう言われても、今の克己にはコウの様子は見えない。確かに前回のように血を吐いたりはしていなさそうだが。
克己が答えられずにいると、そっとぬいぐるみが外された。顔を仰向けにされて、今度は唇に温かいものが柔らかく振れた。
駄目だと思うのに、抗えない。
「手袋、外してもいい?」
「……見ない方が、いいと思う」
指先を引っ張られ、手袋が脱げる。コウが小さく息を呑むのが聞こえた。
「気持ち悪いだろ」
「いいや」
自分はもう慣れてしまったが、毒で黒く変色した体は見た目のいいものではないはずだ。
コウの表情が見えないせいで、どういう心情で言葉が発されているのか、まるで分からない。
突然左手の指先に熱いものが触れ、慣れない感触に克己は体をビクつかせた。
「ごめん、痛かった?」
心配そうなコウの声に、触ったのがコウの指先であることに気づく。
「ううん。ただ……ちょっと、慣れてなくて」
痛いのはむしろ、コウの方だろう。再度触れてきた熱い感触を、克己は指先でなぞった。
硬くざらついた感触の皮膚は、少しだけ湿っていて克己の肌とぴったりくっつく。そこから伝わってくるのは、痺れるほどの体温だ。
これが、生きているもの、なのか。
初めて触れる生々しさは少し怖かったが、同時にそれだけではない胸の高鳴りを克己は感じていた。
両手の指を絡め、大きな手を握り返す。
「触られてる感触は分かるの?」
「うん」
克己が頷くと、「そっか」という声と共にベッドがたわみ、布団がどかされた。上にコウが乗ってきたのだろう。ふうふうと苦しげな息遣いが聞こえてくる。
「ねえ、克己さんのこと、全部……見たい。いいかな」
「……ほ、本当に……平気、なの? 毒も、だけど、見た目も……」
「心配性だな、俺の言葉が信じられないの?」
「そういうことでは……なくて」
克己のワイシャツのボタンに手がかかった。戸惑っているうちにすべて外され、するりと腕を抜かれる。
「……綺麗だよ、克己さん」
「ありがとう……」
ぼろぼろとまた溢れてきた涙を、指先で拭われる。
「もう、そんなに泣かないでよ」
「う、嬉し涙だもん」
もっと早くに素直になればよかった。コウの顔が、体が、見えなくなってしまう前に。克己がまだ元気に動けていた間に。
汗で濡れた手で、首を撫でられる。コウの指先は鎖骨に触れ、それから胸元へと降りていった。
「やぁん」
そこにある突起を軽く弾かれ、ぞくりと体が震える。
「克己さんは、俺みたいに自分のことだけじゃなくて、他人のことまでよく考えてたっていう、ただそれだけのことだろ。誰も傷つけたくないって思って、そうやってずっと我慢して、頑張ってきたんじゃないか、つまらないなんてことないだろ」
「でも……僕は……」
「俺が一生懸命になれたのは、克己さんに会えたからだ。自暴自棄になりかけてた俺のことを必要としてくれて、前を向こうって思わせてくれたから……あんな別れ方だけは、絶対に嫌だったんだ」
つまらない人間にそこまでするわけないだろ、という言葉が、冷たい水のように克己の心を潤して、そして満たしていく。
「克己さんがそういう優しい人だから俺は好きになったし、支えたいと思っ……いや、違うな」
ふふ、と笑ったコウの声は、どこか嬉しそうだった。
「克己さんが俺にだけ甘えてワガママ言ってくれるような、そういう特別な関係になりたいと思ったんだ」
「……コウさん」
心がいっぱいになって、溢れてきた涙が克己の頬を伝っていく。
「あの、僕は……だから、今まで何もしてこなかったから、好きとか、恋とか、よくわかんないんだ、けど」
今更こんなことを言われてもコウは困るかもしれない、そう思いながら、克己はずっと自分の中に埋まっていた気持ちを、ゆっくりと言葉にしていった。
それでも、伝えたかった。
「コウさんとは、もっと一緒にいたかったって思うんだ。一緒に旅行したり、食事行ったり……コウさんのおすすめのカフェだってもっと教えて欲しかった。前見てたドラマだって途中のままだし……っ……もっと、色々」
ぐす、と鼻をすする。水族館だって博物館だって、あの場で約束すればよかった。コウの家が気になるなら、サイフォンを口実にすればよかった。
全部、全部もう遅いのだ。
何を犠牲にしてもいいと克己が思っても、今更できることは何もない。
「キっ……キスしてくれたのだって、本当は凄く嬉しかったんだ。自分には、ずっと許されないことだと思ってたから」
「そうなの?」
聞き返されて恥ずかしくなり、うん、とぬいぐるみに顔を押し付けて頷く。
「逃げちゃったのは、怒ってたんじゃなくて、びっくりして怖くなっちゃったからで……してくれたこと自体は、その……全然、嫌とかじゃなくて」
「じゃあ、もう一回してもいい?」
「……えっ?」
想定していなかった言葉だったので、克己が意味を理解するまでに少し時間がかかった。
「だ、駄目だよ……この前分かっただろ、そんなことしたらコウさんが……」
「大丈夫、今日はそんなに痛くないって言ったろ」
「いや、そんなわけ……」
「克己さん」
コウの声は、今までに聞いたことのない響きをしていた。顔が見れたらいいのに、と思いながら克己が目をその方向に向けると、伸びてきた指先が目尻に残った涙を拭っていった。慣れない感触に、びくりと体が震える。
「俺は……そりゃ、死にたいわけじゃないし痛いのも苦しいのも嫌だけど、でも、それ以上に、克己さんとこのまま終わりたくない」
「で……でも……」
「お願いだよ、克己さん。このまま克己さんと触れ合えないまま終わりたくないんだ」
「それは……僕もそうだけど……」
克己が弱々しく否定の言葉を発した瞬間、頬に柔らかいものが触れた。
「っ!」
「ほら、平気だろ?」
そう言われても、今の克己にはコウの様子は見えない。確かに前回のように血を吐いたりはしていなさそうだが。
克己が答えられずにいると、そっとぬいぐるみが外された。顔を仰向けにされて、今度は唇に温かいものが柔らかく振れた。
駄目だと思うのに、抗えない。
「手袋、外してもいい?」
「……見ない方が、いいと思う」
指先を引っ張られ、手袋が脱げる。コウが小さく息を呑むのが聞こえた。
「気持ち悪いだろ」
「いいや」
自分はもう慣れてしまったが、毒で黒く変色した体は見た目のいいものではないはずだ。
コウの表情が見えないせいで、どういう心情で言葉が発されているのか、まるで分からない。
突然左手の指先に熱いものが触れ、慣れない感触に克己は体をビクつかせた。
「ごめん、痛かった?」
心配そうなコウの声に、触ったのがコウの指先であることに気づく。
「ううん。ただ……ちょっと、慣れてなくて」
痛いのはむしろ、コウの方だろう。再度触れてきた熱い感触を、克己は指先でなぞった。
硬くざらついた感触の皮膚は、少しだけ湿っていて克己の肌とぴったりくっつく。そこから伝わってくるのは、痺れるほどの体温だ。
これが、生きているもの、なのか。
初めて触れる生々しさは少し怖かったが、同時にそれだけではない胸の高鳴りを克己は感じていた。
両手の指を絡め、大きな手を握り返す。
「触られてる感触は分かるの?」
「うん」
克己が頷くと、「そっか」という声と共にベッドがたわみ、布団がどかされた。上にコウが乗ってきたのだろう。ふうふうと苦しげな息遣いが聞こえてくる。
「ねえ、克己さんのこと、全部……見たい。いいかな」
「……ほ、本当に……平気、なの? 毒も、だけど、見た目も……」
「心配性だな、俺の言葉が信じられないの?」
「そういうことでは……なくて」
克己のワイシャツのボタンに手がかかった。戸惑っているうちにすべて外され、するりと腕を抜かれる。
「……綺麗だよ、克己さん」
「ありがとう……」
ぼろぼろとまた溢れてきた涙を、指先で拭われる。
「もう、そんなに泣かないでよ」
「う、嬉し涙だもん」
もっと早くに素直になればよかった。コウの顔が、体が、見えなくなってしまう前に。克己がまだ元気に動けていた間に。
汗で濡れた手で、首を撫でられる。コウの指先は鎖骨に触れ、それから胸元へと降りていった。
「やぁん」
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