かつみさんは、ねこがすき

にっきょ

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おやすみなさいは、言いたくない

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 ベッドに腰を下ろした克己は、クロと膝を抱えて丸くなった。その上に頭から毛布を被り、目元だけを出して体を覆う。

「何見る?」
「なんか、笑えるの」
「コメディ?」とコウはリモコンを操作した。
「克己さん猫好きだし、なんか……あ、こんなのどう?」

 提示された画面には、ふてぶてしそうな猫のアニメが表示されていた。見るからに子供向けのドタバタ劇だったが、今みたいな時はその方がいい。

「ん……うん、それがいい」

 克己が頷くと同時に、ぐう、とお腹が鳴る。

「……もしかして、夕飯食べてないの? 映画の前に何か買ってこようか?」
「う、だ、だいじょぶ」

 動転して食事のことなんてすっかり忘れていた。コウに指摘されてはじめて空腹に気づいた克己は、毛布の中で体を小さくした。

「それより今は……そばに、いてほしい」

 呟くと、「わかった」とコウは映画を再生する。

「克己さん、眠くなったら俺のこと気にせず寝てくれていいから。しんどかったら寄りかかってくれてもいいし」
「ん……」

 しんどくはない。だが、繭のような格好のまま、克己はコウに寄りかかった。期待したとおりに伸びてきた手が、毛布越しに克己の頭を撫でた。また少しだけ、先の見える恐怖が薄れていく。
 不思議な人だ、と思う。隣にいてくれるだけで、もうこの世に怖いものなんかない気がしてくる。まだ会うのは三回目だが、ずっと昔からこうしてくれていたような気さえしてしまう。
 無言で映画を眺める。テレビの中では、大きくて丸っこい茶トラの猫が、人を下僕としか思わない傍若無人な生活をしていた。
 自分が面白いと思ったところで寄りかかったコウの肩が時折揺れて、それが堪らなく嬉しい。
 一時間ほどして、エンドロールが流れる。その頃には、克己の心はすっかり落ち着きを取り戻していた。

「コウさん、今更だけど……今日は、来てくれて、ありがとう」

 映画に夢中になるうちに、いつの間にか毛布の繭から手足の先が飛び出していた。足先を引っ込め、毛布を巻きなおす。

「ごめんね、毒持ちのくせにこういうの、良くないとは思ってるんだけど……ちょっと、今日だけ……」
「えー、『今日だけ』なんて、悲しいこと言うなよ」

 布団の繭の上から、ぎゅっ、とコウに抱き寄せられる。
「俺、克己さんにまた会えるの、ずっと待ってたんだよ? もう無理かなって思ってたけど……今日、辛いときに『会いたい』って思ってもらえる存在だって分かって、嬉しかったのに」

 囁かれる甘い言葉に、嬉しさと同時に、なぜか焦げ付くような苛立ちを克己は覚えた。その正体を見極める前に、半笑いの口からは尖った言葉が飛び出していた。

「それ、どうせ他の人にも同じことを言ってるんでしょう?」
「そんなことないって」

 コウの困った声に、何を言っているのだろう、と我に返る。当たり前だろう、そういう仕事なんだから。

「いや、あー……すいません」

 繭の中に顔も引っこめると、克己を抱くコウの力が強くなった。毛布の向こうから、ふわふわした声が聞こえる。

「そりゃあ……他の人にも、似たようなことは言うよ。でも……信じてもらえないとは思うけど、また会いたいと本当に思ったのは、克己さんだけだよ」
「それはどうも」

 きっと嘘だろう、と思う。だが、今だけはその言葉を信じたかった。
 毛布から目だけ出すと、悲しげに目を細めるコウが見える。

「その、だから、店通さずに呼んでくれても、全然……」
「いいよ、それは。変なこと言ってごめんね」

 自分好みの美形にそんなことをされたら、勘違いしてしまう。
克己は首を振り、毛布越しにリモコンを握った。少し気まずくなってしまった空気を振りほどくように、声のトーンを上げる。

「次の奴、見よっか」
「……そだね」

 今度はコウおすすめだという海外ドラマシリーズにする。さっきまでと同じように、克己はまたコウに寄りかかった。今度はその肩にコウの手が置かれ、その重みに克己の瞼が徐々に下がってくる。

(ずっと、こうしていられたらいいのに)

 明日が来なければ、克己の病気が進むことも、コウが帰ってしまうこともない。出てきたあくびを、ふぁ、とかみ殺す。

「あ、寝る?」

 立ちあがりそうになったコウに、更に体重をかける。

「……ねむくない」
「そっか」

 座りなおしたコウの肩に、頭を乗せなおす。全くストーリーを追えていないドラマの中では、いつの間にか主人公が髪を振り乱しながら全力で走っていて、それが克己には羨ましく見えた。

(……僕には、そんなに必死になれるものなんてないのに)

 そういう風に生きてきたから。
 どうせすぐ死んでしまうのだから、大切なものなんてない方が辛くなくていい。こんな体では、手に入れることも難しいし。
 ぼうっと眺めているうちに、聞こえてくる台詞が、段々音楽と同じものになっていく。読めていた字幕がただのちかちかした光の点滅になり、背景と混ざり合い、そして全部が柔らかい空気になって溶けあっていって、やがて克己は目を閉じた。
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