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美形、また来る
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やっぱり、来てもらってよかった。ふわふわとした気持ちで昔のことを思い出していると、不意に響いた電子音で思考が中断された。
「おい、時間だ」
コウの声に目を開けると、部屋の中はいつの間にか薄暗くなっている。
「え……? あれ?」
「ぐっすり寝てたぞ」
「そう、なんだ」
全く身に覚えがない。だが、確かに先ほどより体がすっきりした気がする。
鞄からスマホを出したコウは、手首をボリボリと掻きながらアラームを止めた。起き上がった克己が電気をつけると、コウの袖と手袋の間が赤くなってしまっているのが照らし出された。
「あっ」
克己が小さく声を上げると、「ああこれな」とコウは手首を回した。
「触るなっつうから何も触んなかったんだけど、なんか段々痒くなってきたんだよね。同じ空間にいるだけでも駄目なの?」
「あっ、肌が弱い人とかだと……あと、今は強めの時期っていうのもあるかも……」
昨日からずっと換気せず、狭い室内にいたのもいけなかった。誰かを呼ぶなら、一回部屋の水拭きもするべきだった。
「と、とにかくごめん! 洗ってもらえばよくなる……と思うから!」
流しにコウを連れて行き、水を出す。同時に部屋の窓を全開にし、換気扇も回す。
「お、本当だ。ピリピリしなくなったわ」
持ってきたタオルでコウが手首を拭くと、いくらか赤みが弱まったように見えた。
「びょ、病院……あ、でも今の時間閉まっちゃって……」
「この程度大丈夫でしょ」
おろおろする克己の不安を吹き飛ばすように、コウは平然としている。
「あ、そだ、延長する?」
「い、いや、いやいやいや大丈夫です」
慌てて首を振る。この状況で延長を頼めるほど克己の神経は図太くない。「あっそ」とつまらなそうな顔をしたコウは、タオルを入れた鞄を肩にかけた。
「あのさ、さっき克己さんが寝てる間に調べたんだけど、こういう……強毒期? ってのは数日続くんだって?」
「あ、うん、まあ」
「俺、明日予約入ってないんだけど」
「そうなんだ……」
何の話をしたいのか分からず、ただ頷く。それよりも自分の名前をさん付けで呼ばれたことの方への驚きが大きかった。ずっとタメ口だったのに。名前、覚えてくれてたんだ。
「良ければ明日も来るけど、どうする?」
そこまで言われてようやく、営業を掛けられていることに気づく。
「あっ、いや、それは」
「待機してるよりここにいる方がお金貰えるし、俺としては嬉しいんだけど」
「でも、毒……」
「洗えばいいんだろ? 次は長手袋持ってくるから」
そういうことではなく、店的に駄目と言われた気がするのだが。
「明日日曜だし、休みでしょ?」
「そう、だけど」
「なに、俺じゃ不満なの?」
「そんなことは」
凄まれた克己は、クロを両手で抱えて首を振った。
「同じ時間でいいよな」
「うん……?」
勢いに押されて頷くと、「それじゃ、こっちで予約入れとくから」とコウは靴を履いた。
「じゃ、また」
「あ、はい」
ドアが閉まる。
しばらく鋼鉄の扉を見つめた後、克己は部屋の中を振り返った。一時間前とほとんど変わらない景色だが、ただ一つ椅子だけが少しだけ動いている。
クロを抱いたまま、ベッドに倒れ込む。ぽふん、と体が跳ねた。
「明日も来るって。どうしようか、クロ」
黄金色の目にそうは問いかけたものの、言うほど困ってはいないのは自分が一番よく分かっていた。マスクの上から、猫のぬいぐるみに口を押し付ける。
そうしないと、なんだか笑い出してしまいそうだったからだ。
「おい、時間だ」
コウの声に目を開けると、部屋の中はいつの間にか薄暗くなっている。
「え……? あれ?」
「ぐっすり寝てたぞ」
「そう、なんだ」
全く身に覚えがない。だが、確かに先ほどより体がすっきりした気がする。
鞄からスマホを出したコウは、手首をボリボリと掻きながらアラームを止めた。起き上がった克己が電気をつけると、コウの袖と手袋の間が赤くなってしまっているのが照らし出された。
「あっ」
克己が小さく声を上げると、「ああこれな」とコウは手首を回した。
「触るなっつうから何も触んなかったんだけど、なんか段々痒くなってきたんだよね。同じ空間にいるだけでも駄目なの?」
「あっ、肌が弱い人とかだと……あと、今は強めの時期っていうのもあるかも……」
昨日からずっと換気せず、狭い室内にいたのもいけなかった。誰かを呼ぶなら、一回部屋の水拭きもするべきだった。
「と、とにかくごめん! 洗ってもらえばよくなる……と思うから!」
流しにコウを連れて行き、水を出す。同時に部屋の窓を全開にし、換気扇も回す。
「お、本当だ。ピリピリしなくなったわ」
持ってきたタオルでコウが手首を拭くと、いくらか赤みが弱まったように見えた。
「びょ、病院……あ、でも今の時間閉まっちゃって……」
「この程度大丈夫でしょ」
おろおろする克己の不安を吹き飛ばすように、コウは平然としている。
「あ、そだ、延長する?」
「い、いや、いやいやいや大丈夫です」
慌てて首を振る。この状況で延長を頼めるほど克己の神経は図太くない。「あっそ」とつまらなそうな顔をしたコウは、タオルを入れた鞄を肩にかけた。
「あのさ、さっき克己さんが寝てる間に調べたんだけど、こういう……強毒期? ってのは数日続くんだって?」
「あ、うん、まあ」
「俺、明日予約入ってないんだけど」
「そうなんだ……」
何の話をしたいのか分からず、ただ頷く。それよりも自分の名前をさん付けで呼ばれたことの方への驚きが大きかった。ずっとタメ口だったのに。名前、覚えてくれてたんだ。
「良ければ明日も来るけど、どうする?」
そこまで言われてようやく、営業を掛けられていることに気づく。
「あっ、いや、それは」
「待機してるよりここにいる方がお金貰えるし、俺としては嬉しいんだけど」
「でも、毒……」
「洗えばいいんだろ? 次は長手袋持ってくるから」
そういうことではなく、店的に駄目と言われた気がするのだが。
「明日日曜だし、休みでしょ?」
「そう、だけど」
「なに、俺じゃ不満なの?」
「そんなことは」
凄まれた克己は、クロを両手で抱えて首を振った。
「同じ時間でいいよな」
「うん……?」
勢いに押されて頷くと、「それじゃ、こっちで予約入れとくから」とコウは靴を履いた。
「じゃ、また」
「あ、はい」
ドアが閉まる。
しばらく鋼鉄の扉を見つめた後、克己は部屋の中を振り返った。一時間前とほとんど変わらない景色だが、ただ一つ椅子だけが少しだけ動いている。
クロを抱いたまま、ベッドに倒れ込む。ぽふん、と体が跳ねた。
「明日も来るって。どうしようか、クロ」
黄金色の目にそうは問いかけたものの、言うほど困ってはいないのは自分が一番よく分かっていた。マスクの上から、猫のぬいぐるみに口を押し付ける。
そうしないと、なんだか笑い出してしまいそうだったからだ。
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