かつみさんは、ねこがすき

にっきょ

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勇気を出して、呼んでみる

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 窓から差した光が、部屋の壁を鮮やかなオレンジ色に染める。ベッドにテーブル、作り付けの家具とテレビだけで一杯になったワンルームの部屋は、個性も趣もなく初夏の夕陽に照らされていた。

「うう……」

 ベッドの中で布団にくるまりながら雛芥子克己が見つめているのは、原色のちかちかする背景と己の肉体を誇示する男性の写真——ゲイ向けデリヘルのページだった。

(呼んだら来てくれるかな……いやでも違うような……でも他に何か、って言うと分からないし……)

 ボーイ紹介のページを開き、何回も見た顔ぶれをまた眺めてため息をつく。こんなことをしているうちにかれこれ一時間が過ぎようとしていた。二十五にもなった男が何をやっているのかと思いながら、一七〇センチの体を布団の中で丸め、長めの黒い癖毛を手櫛で引っ張る。
 鏡は遠くにあるので確認しようもないが、元来二重の瞼が腫れて一重になっている気がした。それ以外地味で良くも悪くも特徴のない顔が、今はマスクの下でむくんでいるのが分かる。
 雨の中、段ボール箱に入れられて捨てられてしまったような心持ちだった。気候は暑いほどなのだが、体の中がひどく寒い。

 ——克己は、「毒持ち」だ。

「産毒症」という病気がある。ヒトの体内で毒が作られるようになる病であり、罹患者は毒持ち、あるいはトキシックと呼ばれる。
 毒持ちの体内で作られた毒は皮膚や唾液などから分泌され、他人に触れるとただれや痛みなどを引き起こしてしまう。人によって毒性の強さや性質には差があるが、血や唾液などの体液を他人に飲ませた場合、死に至ることもある。

 病気の理由は体質だとかストレスだとか様々言われているが、どれも説の域を出ない。
 今のところ、この病気について明確に分かっていることは毒は他人だけでなくそれを作り出す本人の体も蝕んでいき、やがて当人すらも毒で死亡するということだけだ。
 だから克己がデリヘルを呼んだところで実際に性的なサービスを受けることはできないだろうし、お願いする気もない。

 ならなぜずっとそんなページを見て克己が悩んでいるかというと、単純に人恋しくてたまらないからだった。
 毒の産生量には波があるのだが、多いときはどうしても情緒不安定になってしまう。とにかく誰かにそばにいて欲しいのだが、毒持ちであることを理由に他人との接触を極力避けて生きてきたせいで、こんな時に呼べる友人どころか恋人もいない。ついでに言えば兄妹もいないし、両親はアメリカに移住してしまって今頃真夜中だ。

 そこで思いついたのがデリヘルだった。

 今すぐに家に人を呼びたい、しかも割と邪な気持ちで、というニーズに答えてくれそうな気がしたのだ。

「ねえクロ、どうしたらいいと思う?」

 縋るようにぬいぐるみの名前を呼ぶ。子供の頃親に買ってもらった黒猫のぬいぐるみは、克己にとって唯一ともいえる友人だ。肌に当たる毛並みはふわふわとして心地いいが、そこに温もりはない。

「……え、ええいっ!」

小さく気合を入れた克己は、「予約する」をもう一度つついた。その勢いのまま平均的であろうコースを選び、居住地などを指示のまま入力していく。誰を呼ぶかで少し迷ったが、こういう時くらい、と一番見た目が好みのボーイを指名した。

「はあ……」

 予約完了の画面を見た克己は、脱力しながらスマホをまた枕元に置いた。たった五分ばかりのことなのに、もう一日分の気力を使い切ったかのようにへとへとになっている。

(や……やってしまった)

 取り返しのつかないことをしてしまったのではないか、という気がして仕方がない。
 ふと、以前ウォーターサーバーのキャッチに捕まり、危うく契約させられそうになったときのことが思い浮かんだ。

(い、いや今回は、ちゃんと自分の意志で呼んでるし!)

 引き返せなくなる前にキャンセルしたほうが、いやここまでしておいて何を考えているんだと克己が葛藤しているうちに小一時間が過ぎ、玄関のチャイムが鳴った。

「あっ……あ」

 怖気づいている場合ではない。

 ベッドから立ち上がり、よたよたと玄関を目指す。横になっている時は分からなかったが、立つと足元がふらつく。
二回目のチャイムが鳴らされるのと、ようやく克己が玄関を開けるのとは同時だった。

「どうも、DBメンズから来ましたコウです」
「あ、はい……雛芥子克己、です」

 格好いい。第一印象は、それしかなかった。
 涼しげな眼もとに、細い眉。すらりとした鼻筋に薄い唇はまごうことなき美形だ。背だって克己より十センチ以上は高いだろう。年は二十程度と言ったところだ。

(修正されているだろう写真よりも本物の方がいいなんてこと、あるのか)

大変だ。好み——どころか、それ以上のものがお出ましになってしまった。玄関を開けた姿勢のまま、コウと名乗った男の顔をまじまじと眺める。
 存在するだけでキラキラと空気を輝かせるような顔面の中、一つだけ強いて言うなら写真よりも目つきだけが悪いような気がした。つんと硬そうな焦げ茶の髪、長袖のTシャツにジーンズというラフな格好が怖そうな印象をさらに強めてくる。

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